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34.計り知れぬ憎悪

 ココンが立ち上がる。

 見据える先は――[観測対象外]だ。


(……全身、傷だラけダ。流石の俺モ、スキルを運用するホドの気力はナイ……)


 左腕が切り裂かれ、脇腹には大きな切り傷が開いている。

 嗅覚もほとんど反応しないし、視界もボヤけている。

 スタスタ、と歩く。


「あ……相、ボウ……そのカラダで、来ルんジャない――ッ!」


[観測対象外]が必死に叫ぶ。

 その叫びは、せめてココンだけでも逃がそうという意思を持っている。

 のだが、それを聞き入れるほどココンは聞き分けの良い性格をしていなかった。


「……ゴホッガハッ――ッ」


 咳き込みながら、右拳を[観測対象外]の胸に当てる。


「俺の分マデ、頼ンダゾ――」


 そして告げる。[観測対象外]の〝名〟を。

 そして思い出させる。[観測対象外]の〝存在定義〟を。


「〝ヴェール〟――」


 ココンが完全に脱力させ、[観測対象外]――ヴェールの隣に倒れる。


「ア、相棒……相棒――――ッ!!」


 涙を流しながら、冷たくなったココンを抱く。

 生命が死滅するほど強い覇気(オーラ)が、ヴェールを包む。

 その中で、食い殺された蟲は憎悪を抱え、王へと至るのであった。


◆◆◆◆◆◆


「……な、なんじゃあこりゃ……?」


「バルド爺……。これ、逃げたほうがいいんじゃね?」


「そのようじゃの……指揮官たちに撤退命令を出しに行くわい――」


 バルドがスタコラサッサと逃げ出す。


「……これも、俺がやらんといけない感じ??」


 俺がそう困惑するのも、無理がない。

 なにせ――数十メートルの黒球が、宙に浮かんでいるからだ。

 しかもそこから放たれる威圧感は、カズサダの『死の気配(デスオーラ)』が霞(かす)むほどの大きさなのだ。

 全ての憎悪を圧縮したかのような――そんな威圧感だった。

 やがて黒球は割れ、中から人型の《《蟲》》が出てくる。


 中から出てくるのは――〝鎌持ち〟だった。


「やっと、思い出した」


 鎌持ちが、涙を流しながら告げる。


「オレの〝名〟はヴェール。〝黒(こく)蟲(ちゅう)騎(き)士(し)団(だん)〟の騎士長である」


 身長は、ニメートルを超える。

 全身の青い甲殻は、憎悪が混ざったかのように薄暗くなり、煌(きら)めいていた黄金の瞳は、怒りを宿したかのように赤が混ざり、橙色にも見える。


「ヴェール、か」


 ヴェール。

 フランス語で〝緑〟を意味する言葉だ。

 だけど奴的には、〝緑(ヴェール)〟とは全く違う意味合いになっていそうだ。

 俺はログさんに『鑑定』してと念じる。




 ヴェール

 ○種族:蟲魔族(インセクター)……死怨鎌虫(モータル・サイス)

 ○称号:〝覆い隠す繭(クヴェール・ココン)〟

 ○加護:蟲神の加護

 ○技術:『死の覇気(デス・フィアー)』

 ○魔法:『無属性魔法』『召喚魔法』『幻覚魔法』

 ○耐性:

 ・物理無効

 ・五大属性無効

 ・魔法耐性

[――妨害されました]

 ○能力(スキル):[――妨害されました]




 もう、この時点で弱気になってしまう。〝死〟だよ? 死……嫌過ぎる。

 ヴェールは力を定着させるためか、そのまま動かない。

 だが、周囲の被害はめちゃくちゃヤバい。


「ぐ……ゴボッ! ――血、血が……」


 兵士たちが血を吐き、倒れる。

 指揮官は、恐怖で気絶している。

 ギルドマスターですら、迂(う)闊(かつ)には動けない様子だ。


「リベル……リベルゥ!!」


 ヴェールは、俺を睨み続ける。


「外野は気にしないってか? あとは、俺のことが好きなのか……前者だろうな。だが、周りにも被害が出ている。人を傷つけた以上、お前は許さねぇぞ! ヴェール!」


「お前だけは……絶対に許さない」


 空が灰色に濁る。

 空からは感じることはないほどの、絶大な量のエネルギーによるものだ。


「お前が殺した――相棒の仇(かたき)を……いや、お前が存在することすら、許せない……! 覚悟しろ! 神樹!」


 ヴェールが叫ぶと、地面が黒く変色する。

 ……いや、それだけではない。黒くなった植物は腐り落ち、影が太陽と同じ向きに伸びている。

 そして、空気が淀(よど)んでいる。触れたら侵蝕される毒みたいだ。


「ココからは、オレの支配領域(テリトリー)だ……」


「――うぉッ!?」


 重力に引き寄せられるように、俺はヴェールのテリトリーに侵入する。

 いや、させられた。


「構えろ。リベル」


 ヴェールが、格闘技っぽい構えをする。

 ここからは、流石に真剣(マジ)でやらないといけないと直感した。


「ああ、そうだな。お前を倒せば、情報を得られる。ということは、お前の主も、目的も分かる。なら――!」


 膝をガンッ! と拳で殴る。


「満足するまで、俺で遊べよ。ヴェール!!」


 ヴェールの思念が、俺の頭へ流れ込む。

 その内容は、全て〝憎悪〟であった。


 憎悪と憎悪と、憎悪。

 憎悪に憎悪を重ね、憎悪を憎悪で塗り潰す。

 憎悪をより強い憎悪で砕き、底無しの憎悪で上書きする。


 その憎悪は、ゲシュタルト崩壊すら生ぬるい〝最上級の憎しみ(ヘイトレット)〟である。

 そうして、親友の血と、自分の涙で濡れた憎しみを背負う王による、復讐劇が始まるのであった。

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます!


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