幕間:侵攻準備
水の音が、静寂を支配する。
洞窟のように岩に囲まれた空間は、仄かに湿っていた。
加えて、魔力が豊富であった。
魔物にとっては、最高の住処だった。
その中、〝鎌持ち〟は『相棒』の報告を聞いていた。
〝鎌持ち〟が現地での偵察を担当しており、『相棒』は魔力感知による偵察を担当していた。
「――そレで、何か掴めタか?」
〝鎌持ち〟が問う。
「落ち着いテ聞けよ。……神樹が、生マれたソウダ」
嘘だろ――と、〝鎌持ち〟が動揺する。
岩壁を切るように鎌を押し付け、一瞬だけ目を金色に輝かせた。
(神樹は、千年に一体出ルカどうかダ。ツイ二百年前に出てきタばッカりなのニ、モウ生まれたのカ……!)
魔物で言う竜……それも『上位竜族』でさえ、五百年に一体生まれるかどうかなのだ。上位竜族は魔物の中では〝超〟が付くほど希少だが、神樹の前となるとその辺の石ころと等しくなる。
神くらいしか比較対象にしかならない程、発生頻度が低い存在なのだ。
最も古き個体は〝九千万年前〟。
最も新しき個体は二百年前だと言うのに、もう生まれた。それがどんなに異常なのかを、〝鎌持ち〟達は理解していたのだ。
「――相棒」
〝鎌持ち〟が、相棒をじっと見つめる。
そして、この議題の中で最も重要な事を聞く。
それは神樹ならば持っていて当然のものであり、無くてはならないもの――
「〝名〟は――持っているノカ」
『相棒』と呼ばれた者は一瞬悩む素振りを見せる。
そして額に一筋、汗を流しながら答える。
「――持ッて、いなイ」
〝鎌持ち〟は、頭を抱える。
神樹は、生まれた瞬間から《《必ず》》名を持つなのだ。それは彼の〝北極の王樹〟や、〝至天の大樹〟でさえも名前を持っているというのに……。
名を持たぬ神樹など、まさしく異常事態だった。
そして、もしもそんな存在が名を持ったならば――
恐ろしいことになると、〝鎌持ち〟は本能から悟っていた。
(神樹……ソレモ名無し……たかが名無しナノニ、名持ちノ神樹と同レベルのエネルギーを持ツ……カ)
『神樹』という同じ種族の括りではあるが、その性質は個々に異なる。
氷山に住まい、その絶対的優位な『氷』を操る〝北極の王樹〟。
世界の各地に根を張り、どこからでも眷属を顕現させる〝至天の大樹〟。
神樹などと宣いながら、暗黒物質や悪性細胞を従わせる〝瘴気の闇樹〟など多種多様なのだ。
(デアレバ、名無しノ神樹ハ如何様ナ能力を――)
〝鎌持ち〟が考えるも、『相棒』の一声で打ち切られた。
「オイ、[観測対象外]――まダ、報告は終わっテナイぞ」
「……ぬ? ああ、スマヌ。続けていいゾ」
〝鎌持ち〟の許可が降りたので、『相棒』は一拍置いて、報告を続けた。
「一ヶ月前の情報ダガ、神樹はレベル七十六だっタ。日ニチをおいテ再観測シタらレベルが変動してタかラ、近イ内に〝超越〟するト思ウ」
ナルホドと、〝鎌持ち〟は思った。
――《《マダ》》、レベルは超越ニ達しテいない段階か――と。
「ソレナラ、早メにスキルを見ルのが最善手、だな。敵を知らズに敗北するナド言語道断、アの方に合わセる顔が無いというモノよ」
「……ソの言葉ハ、ドコデ覚えたのだ?」
〝鎌持ち〟が発した、聞き慣れぬ言葉の出自を問う。
「言語道断トカのこトカ、さっき喰ロウた食糧の知恵を我ガ物にシタのダ。オカゲで、頭の回転も早クなったようだしな」
「……フム、オレも喰ロウてみるカ?」
「オ前は充分だろウ」
〝鎌持ち〟――[観測対象外]が答え、報告を終わらす。
「サテ――先の報告の結果を述ベル」
[観測対象外]が話を戻した途端、空気が重くなった。
「眷属タチに神樹と、ソの周辺にイる強者のスキル情報ヲ収集せヨ。報告がマトマリ次第、編成を終エて侵攻すル」
「リョウカイ」
――[観測対象外]達は、何処で生まれたのか分からない。
――[観測対象外]達は、なぜここへ来たのか分からない。
――[観測対象外]達は、自分が種族を知らない。
――[観測対象外]達は、闘うことしか知らない。
故にこそ、[観測対象外]達は侵略するのだ。王国も、森林も、深海も。
どんな者にも牙を向き、逆に牙を向かれても甲殻で弾き、その全てを喰らい尽くすべく、軍を率いて侵攻するのだった。
(――神樹……。ソンナ存在に、絶対王の崇高ナル目的を邪魔されテなるものカ)
[観測対象外]は決意する。
――我々は、歯車なのだ。我々は絶対王に忠実なる手足であり、何度でも再利用できる〝駒〟であればいい。命令さえ下されば、我々は目的の障害となるものを壊してやる。
――もしもどんなに打ち砕かれても、どんなに修復不能にされても、潤滑油さえ与えられれば、永遠に動けるのだから。
――我々は、絶対王以外に慈悲を掛けられたことがない。だからこそ、我々は絶対王に永遠の忠誠を誓い、永遠の駒となるのだ。
[観測対象外]達が生物にかける慈悲はない。自分たちにかけられた慈悲がないのだから。
慈悲があったのは絶対的な主と、その配下のみであった。故に、慈悲がなかった生物は、喰らい尽くすのだ。それが、国や迷宮であろうと。
[観測対象外]達を救うことは、どんな勇者、光を司る神でも困難――いや、不可能だろう。
しかし万が一でも、[観測対象外]たちを救う方法があるとすれば――
――その方法は、世界を一つ、壊すことになるだろう。
数多の死体を、作っても尚足りないほどに。
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