17.アガストスの洗礼
俺は甘かった。角砂糖よりも、遥かに。
自分の力を過信していた。
――迷宮封国? そんなの全然大丈夫、なんとなくで行けるっしょ!
そんな、ド阿呆過ぎる考え――『行き当たりばったり』というものは、ちょっと考えれば通じないと分かるはずだ。なのに、それを確認しなかった。
その代償を、この身を以て知ることになったのだ。
◆◆◆◆◆◆
『よし! んじゃあ気を取り直して、再攻略だ!』
《それでは、根をもっと奥まで伸ばしましょう》
ログさんの言う通り、根をスルスルと迷宮の奥へ伸ばしていく。
頑丈な岩は特に無く、水中を泳ぐようにスムーズに進めた。
だが、その判断が甘いことを、俺はすぐに思い知った。
根を伸ばした瞬間――〝何か〟が、そこに存在していた。
反応する暇もない。
探知? 防御? 選択肢を思い浮かばせる時間すら無い。
伸ばした根が、喰いちぎられた。
『――ッ!?』
痛みはない。だが、確実に『死』があった。
再生はするが、それでも『死』だ。
このまま前進すると死ぬ、それくらい思うほど奇妙なオーラがあった。
ログさんの声は、こんなときでも変わらず冷静だった。
《損耗を確認。再生に移行します》
再生を実行している間、俺は思う。
――ああ、そうだ。ここは、俺を歓迎する場所じゃない。
今までが温かったんだ。
平和な生活で、ちょっと危険なところで無双して、最強になったとでも勘違いしてたんだ。
小説のような、都合の良い物語な訳無かったのだ。
――食いちぎられて、やっと敵の姿を確認する。
黒く、人間サイズのコウモリだった。
目は無く、あからさまに音を探知しているのが分かる。
でも、おかしい。
俺は音なんて立ててないはずだ。
それなのに、なんでこいつはこっちを向いたんだ?
「キイイィィィ!」
奇声を上げながらこっちに向かってくる。
『ぬおわあぁぁ!?』
まだ再生しきってないのに来るんじゃねぇ!!
くっ逃げるしか……。
《警告。音波蝙蝠に囲まれて逃げ場がありません》
『はあ!? マジで!? 見た感じ、一匹しかいないけど……?』
《スキル『魔力感知』で見れば反応がわかります》
ええ? でも反応が多すぎて、良く分からないと思うけど――ッ!?
その瞬間、一斉に殺意が俺に標準を合わせている――感覚がした。
『な……? な……! な……!?』
うまく思考できない。
蛇に睨まれた蛙のように、俺は動けずにいる。
本能で『魔力感知』と『鑑定』を発動すると……その殺意の正体が、やっと分かった。
鑑定結果:
・音波蝙蝠A
・樹木の寄生虫A
・音波蝙蝠B
・音波蝙蝠C
・樹木の寄生虫B
・音波蝙蝠D
・樹木の寄生虫C
・音波蝙蝠E
――エトセトラ――
種族も、姿も、何も覚えがない。
反応が多すぎて、頭が痛い。
正面から相手する気が出ない。
『あ……あ……』
こいつらと相対しているのは、俺の根だ。
たかが、体の一部だ。
なのに――とても恐ろしかった。
俺は、知らずに理解していたのだろう。
こいつら魔物は、俺を『侵入者』ではなく、『非捕食者』だとみなされていたのだ。自分等を害する存在だとすら思われていなかったのだ。
俺が、迷宮に侵入したときから、ずっと――
《――根を切断し、安全を確保します!》
――ログさんが何を言ったのかすら、頭に入らなかった。
根がコウモリたちによって食いちぎられ、俺の下へ引っ込む。
何が起こったのか理解する間もなく、俺の意識はヴァルデリン森林へと移行するのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
俺は考える。
――嗚呼、俺は何故負けたのか。
経験が足りなかった?
それもある。元々、この異世界にやって来てから日が浅すぎるからな。だが、それは生きていけば自然と蓄積するもの。今修行してもあまり……あれだと思っている。
情報収集を怠ったから?
これも、理由の一つだろう。情報を制する者こそ、戦いを制すると、古来から言われるほどだしな。……ほとんど持論だけど。
だが、この二つ以上に大切なものがあると、俺は思う。
大切なもの、それは――
『――そう! 戦闘アイキューだ!!』
え? 少しはビクビクしてるんじゃないかって?
フン! 俺は腐ってもゲーマーであり、創作者なんだぜ? 命のやり取りは未経験でも、自己分析はお手の物よ!
それに、いつまでも恐怖しっぱなしも嫌だしな。明るく行かなきゃ。
『それにしても、どうしてあいつらは俺の存在が分かったんだ?』
まあ多分、何かのスキルによるものなんだろうなー。
音なんか立ててなかったけど、なんかバレたし。
コウモリだから、超音波で視界を得る感じなのだろうか? それとも、俺と同じ『魔力感知』持ちなのだろうか?
《肯定。『音波感知』などの感知系で気づかれたと推測します》
音波感知、か。
やっぱりコウモリらしく、超音波で周囲を把握する感じなのか。
でもスキルっぽいから、俺も習得できそうだな。
『やっぱり? 感知系は厄介そうだな――まあ俺、『魔力感知』持ちだけどね』
かと言っても、戦い方を確立させないと勝てないな……。
やはり、経験! 経験は、全てを解決する! それに伴って、戦闘アイキューも賢くなってついてくるはずだ!
《何か、物凄く大雑把で――》
『そうと決まれば! 特訓だああぁぁぁ!!』
どいつを練習台にしてやろうか! ゴブか? オークか? ドラゴンかああぁぁ!?
どんな奴でもかかってこい! トライ・アンド・エラーで食らいついてやらぁああぁぁあ!!
《――一旦頭冷やしてください》
『あ、はい』
俺が深夜テンション並に叫んでた所に、ログさんの無機質で冷ややかな声が響く。
ログさんの声が、殺意を向けられた魔物以上――スーパープレッシャーだったもので、深夜テンションも一瞬で消し飛んでいくのだった。
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