1.木です――やべぇ
視界が暗くなる中、俺は幻聴を耳にした。
確か、『聞き入れた。良いだろう』って言ってた。
水中に響くような、男の声だ。
威厳を感じさせても、どこか物悲しそうな声色であった。
――死んだという実感は、あんまりない。
その理由は主に、謎に癖になる浮遊感が、ずっと続いているからだ。
宇宙飛行士とかならあんまり気にならないかもだけど、生憎と俺は地上に生きる常人なので、空中浮遊など初体験なのだ。
――って、あれ?
急に、意識がくっきりし始めた。
七時間半グッスリ寝たお陰で、頭の霧が晴れたかのような清々しい感覚だ。
スッキリとした感覚を全身で感じつつ、俺は考える。
――確かに、俺は死んだはずだ。
なのに、水と飯を欲していた感覚が、綺麗サッパリと感じなくなった。
死んだから消えた、と言われたなら全然納得は出来る。だが、次の疑問はどう結論付ければ良いのだろうか。
『死んだこと』について考えているのだが、それ以前に何故、《《俺は意識がある》》のだろうか?
どうしてハッキリと物事を考えられるのだろうか。
どうして予想仮説を立てて思考できるのか。
死んでるのなら全部出来るはずないんじゃないのか?
……意識は、まだある。ていうことは、まだ生きている?
病院で寝ているのか? この浮遊感は一体何なんだ?
俺はどういう状態なんだ!?
体を動かそうとしても、微塵も動かない。
何かに押さえつけられてる感覚もなく、そのまま接着されたかのように動かない。
瞬間、水が流れるような、空気の揺れを感じる。ちょいと集中しないと、分かりやすく感じられない。現在進行系で感じている、浮遊感にも似て非なる感覚だ。
《――――》
頭の中に、誰かの声が響き渡る。
声色的に、高校生から二十代後半の女性の声? 流石に年下過ぎるとあれなんだが……って違う。それどころじゃない。
この声、ゲームの音声みたいだな。
女性っぽい声なのに、どこか機械的で無機質さを感じられる――
《――繰り返します。今まで生き延びようと努力してきた特典として――――》
何か言っているが、俺の脳内には完全に入り切らない。所々途切れてて聞こえないし、何より突然の出来事で混乱していたからだ。
まあ、女の好みがどうだか考えてる奴が思う事じゃないけど。
やがて、女性の声が聞こえなくなる。
一体なんのアナウンスだったのだろう、と考えていると――
突如、気体なのか液体なのか全く分からない何かの、流れが強くなる。
滝に打ちつけられているような強烈な流れで、俺の体が流されていく。
――え? ちょ!? 何が、何なん――
激流の圧力の暴力の中、俺が意識を手放すまでに考えられたことは、それだけだった。
◆◆◆◆◆◆
気が付いたら、目の前には見慣れぬ森が広がっていた。こう、上から見下ろせる感じで。
吹き抜ける心地良い風が全身に染み、空気が美味いということが全身で感じ取れる。
排気ガスに比べたら、この森の空気はガチで美味い。本当に、全身で――って、全身?
なんだ、この感じ?
空と一体化したような浮遊感が感じられる。色々と浮遊感を感じているが、これほど違和感のない浮遊感は初めてだ。
しかし、俺はこの三十五年の人生で、スカイダイビングなど一度も挑戦したことなんてない!
覚えているのは、職場で死んだこと。
それと、死後に種類別の浮遊感を沢山感じた事くらいだ。
……はあああ?
なんで生きてんの? 天国に来たってこと? いや、地獄の線も捨てきれないけど……。
限りなくなさそうなことまで考えて、考えて、考える。
そうして考えた先には――
――まさか、異世界?
俺が大好きだった、異世界ファンタジーに転生した。という仮説に至ったが、それはないだろうと切り捨てた。だって、転生したら上空に居た、な訳ないはずだからだ。
そのため、何が起こったのか全く分からないまま、俺はしばらく混乱する羽目になった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
しばらくして、やっと慣れてきた……と思う。
俺は、間違いなく死んだ。だけど、俺はこうして意識がある。
取り敢えず、ここがどこだか調べないとな。
そうして体を動かそうとするが、全く動かない。腕どころか、指すらも。
手足の感覚が感じないから、四肢が無いのかもしれない。
それに、首を動かしたいけど感覚がない。というか、首がないか?
だけど、風に揺れる音が聞こえているぞ?
……いや、これ耳じゃないな。頭のすぐ横でカサカサと音がしてる。
視線だけは動かせるので……ちょっと怖いが、恐る恐る下に落とした。
そこにあったのは――枝、幹、青々と茂る葉っぱ。
――!? これ、俺の体か!?
白と黄色の混ざった幹に、真緑の葉っぱ、これは間違いなく〝木〟な気がする。……掛けたわけじゃないよ?
ともかく、視覚情報となんとなくの感覚で分かる。
……どうやら俺は、〝木〟に転生したみたいだ。
マジかよー。人、最悪でも魔物くらいだと思ってたのに……動きもしない木か。
なんか思ってたんのと違う気がする。まあ、木だからか。
チート能力くらいあってもいいよな、せめて地属性最強までは行きたいわ。木だし。
木・だ・し!!
◆◆◆◆◆◆
あー、なんかめっちゃ強い能力とかないかなー。
余生を不動のまま過ごすのかー? とぼやきまくっていると、視界の端っこが何やら光っている。いや、光じゃねえや、文字だ。
ゲームのダイアログっぽいが、俺はこんな状態でゲームをしている訳じゃない。
流れる文字列が、徐々に形を成していく。
ある程度まとまっていくと、黒い半透明のウィンドウっぽいやつに入り、文字が並ぶ。
文字は――うん、紛れもない日本語だ。
ええと、はじ……め……まして……? 『はじめまして』って書いてあるな。
はじめましての文字を読み終わった途端、さっきまでのゆったりとした形成速度はなんだったんだってくらいのハイスピードで文字が形成されていく。
運営なのか個人チャットなのかは知らんが、俺と意思疎通を取ろうとしている奴がいるのは明白だった。
《はじめまして、私は貴方様の管理者です》
えっと、なんかMMOのゲームマスターっぽいのが出てきたぞ。AIっぽい無機質音声だし。
ゲームねぇ……久しくプレイしてなかったからな……。
最近になってモンスターを狩りに行こうぜとか、マシンに乗っていろんなことができるライドアクションゲームとかの新作が出たって聞いたな。やっとけばよかったわ……。
そんな哀愁漂う後悔をよそに、謎の音声は響き、文字が並ぶ。
《この状態となった経緯を説明をします。表示される文章を読んでください》
説明……? 右も左もわからないから、頼む!
そう念じると、ガチの長文が目の前に表示される。最早、呪文にも見える。
《この世界は、我らが創造神が創世なさりました。人、魔物、天使、悪魔、精霊……その全てを想像しました。しかし、この世界には我らが神が――》
という、厨二病モリモリの文章だ。
こんなの見たら、封印したはずの俺の黒竜を宿した右目がうずくじゃあないか……!
よし、ここは勇気を出して――
『き、聞いてやろう……いや、読んでやろうじゃないか!』
と、カッコつけて読み始めたのだが――――
――長い。めっちゃ疲れた。
情報量多すぎだし、目がショボショボする。木だけど。
《理解が追いついていないようですね》
余計な一言だよ……。内容自体は頭に入っているから、後は整理するだけだよ。
まあ要するに、神が色々と作って、今はその神がいない。そのせいで魔物の被害がとんでもなくなってる。ということ。
異世界だとは思っていたけど、やっぱり魔物がいるのか。もしかして、ドラゴンとかも……?
胸が高鳴るぜぇ。
『っていうか俺、木だよ? 人助けとか無理だぜ?』
《無問題。『転生者』は基本的に強いですし、ワタクシは更に貴方を強化できます》
転生者……まあ、異世界ファンタジーによくある単語だな。
この世界でもそう呼ばれているのか。
《はい。転生者とは別に、肉体を持ったまま来た者を『来訪者』と呼びますよ》
おや、さっきまで淡々とした説明口調だったのに、なんか少しだけ感じよくなってない?
俺的にはフレンドリーな方が良いから、嬉しいものである。
余談だけど、俺はこういう『画面に文字だけ出てくるキャラ』を勝手に『ログさん』と呼んでいる。なんか馴染みやすいからなのと、呼び名が欲しいから。
『まあ異世界に転生できたんなら、枝くらいは動かせるようにしないとなー。多分、行けるでしょ?』
そう呟いた瞬間。
バキンッ!
乾いた音が、耳元――いや、体の内側で鳴った。
次の瞬間だった。
視界が、強引に揺れた。
『な、なになになに――!?』
俺が何かを考える前に、枝が弾かれたように跳ね上がった。
俺の意思とは違うところで、力が溢れている。
ギギギッ――! と、木材が無理矢理曲げられているような、嫌な音がする。
『ちょ、待て待て待て!?』
止めろ、と思った。
いや、思う前に別の枝が、今度は横薙ぎに振り抜かれた。
空気を切る音。
明らかに、自然の動きじゃない。
『勝手に!? 俺、何もしてないぞ!?』
俺が喚いても、枝は止まらない。
一度跳ねた反動で、二本、三本と連動するように揺れ始める。
まるで、内部から力が暴走しているみたいに。
枝が、最後に一度だけ大きく跳ね――ピタリと止まった。
森が静まり返る。
さっきまで何もなかったはずの世界が、俺を中心に、一段深く息を潜めた気がした。
動悸なんてないはずなのに、妙に、落ち着かない。
木であるはずの俺が、この森にとって〝大きな存在〟となった。
『――これ、辛くね?』
こうして、俺とログさんの〝木の生活〟が始まった。
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