14.ギルド帰還会議
外交部隊が帰還して、早二週間が経過した。
ギルドの本部――全領域行動組合の廊下に、重い足音が響く。
その音の主は、青と緑の防護服を身に着け、左目の上から右頬までに一筋の傷がついた男だ。
その強面の顔は、睨まれただけでも一般兵士が逃げ出しそうな威圧を放っていた。男の名は――ナガンという。
「総帥、少々お時間よろしいでしょうか?」
「――ああ、構わないよ」
ナガンが扉をノックし、入室する。
「おはようございます。総帥」
その一礼に、室内の空気が張り詰める。
総帥室の中央に座っている者――総帥は、書類仕事をしながらナガンの方向を見つめた。
「誰かと思えば、ナガンか。君が来たということは、定期報告かな?」
「仰る通り。ですが……」
ナガンが言い淀むのを見て、総帥の眼光が鋭くなる。
「……今回の報告は、〝神樹〟について、です……」
ナガンの言葉に、総帥は一瞬だけ黙した。
書類仕事を片付ける手を止め、やっと身体全体がナガンの方へ向いた。
「〝神樹〟――というのは、あの伝説の神樹かい?」
「ハッ、私の管轄であるカルミリス王国の領土〝ヴァルデリン森林〟にて、その存在が確認されました」
ナガンの返答に、総帥は顎髭を撫でながら質問を重ねる。
「早いね。もしかしたら、既に接触済みだったり?」
「仰るとおりで……。総帥、本題に入りますが、神樹との交流で条件を提示されまして――」
「ほう? 聞こうか。言ってご覧」
総帥の言葉に、ナガンは言う通りに報告内容を伝える。
報告内容を聞いて、総帥は微笑みを浮かべて言った。
「――なるほどね。随分と、理性的な神樹じゃないか」
「はい。……〝聖典〟を手当たり次第調べてみましたが、これほど理性的な神樹は確認されませんでした」
「ふーん」
ナガンの鋭い眼が総帥を貫くが、総帥は至って余裕の表情を維持している。
「ま、要するに、利用はせず対等に扱ってほしいのと、全連の持つ情報を共有しろってことか」
総帥は一息置いて、呟く。
「――うん、全然飲めるね。その条件」
総帥の一言で、室内が完全に静まり返る。
風の吹く音すらも、聞こえはしなかった。
「そ、総帥。完全に飲むつもりですか……? じ、条件を――」
ナガンが異論を唱えようとしたが、総帥の目を見て、すぐに止めた。
その理由は、〝圧〟が凄まじかったからだ。
人間が出せるはずない、尋常じゃない『覇気』――魔物の覇気でも、目を逸らしたくなるほどの威圧が出せる種はそうそうない。あるとしても、それは王クラスの種類に限るのだ。
だが、ナガン等ギルドマスターは、そんな魔物達を討伐していたのだ。
それなのに、総帥の威圧は王クラスを軽く凌駕する。
〝死〟そのものを間近に感じさせる覇気――それこそが、総帥の持つ『死の気配』であった。
威圧を一身に受けているナガンは、それを正しく理解してるからこそ、それに恐怖していた。
「文句、あるかい?」
「――ッ!! ……総帥のご意思であれば、私共からは進言することは御座いません。総帥には、思考するお時間が少々必要なご様子。私は邪魔でしょう」
「……うん」
「では、失礼しました」
ギイイィィィィ――と、扉が鳴る。
ナガンが退出した瞬間、部屋の魔力が濃くなった。
「はあ、神樹ねえ……」
総帥は、思考を巡らせる。
――神樹。
それは、絶大な力を持つ、最上位の存在。
大陸の形など簡単に変えることができる、正真正銘の〝怪物〟だ。
神という存在がいなければ、神樹こそが世界の頂点に君臨していたことであろう。
いや、神という存在があっても、頂点に位置することは出来たのだろう。だがしかし、その難ありの性格が災いし、想定外の種に敗北してしまう事態も起こったのだ。
(新しい神樹、ね――ホントに、理性的そうだ)
総帥は、過去に神樹と対話したことがある。
その神樹は圧倒的で、身が凍るほどの威圧感と絶望感を放っていたそうだ。
しかも、人間そのものを見下す自尊心までも持ち合わせていた。
正に、難ありの神樹だ。
《《そんな》》神樹に比べて、ナガンから聞いた神樹は、難ありのどころか――
(まるで地球の神様――人間臭いじゃないか……)
全領域行動連合の総帥。その名は、北大路和貞。
――『来訪者』の中でも、屈指の実力を持つ日本人である。
カズサダの思考は止めることを知らず、少なくとも数日中は神樹について思案する――――
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ナガンが総帥の部屋から出て向かった先は、本部会議室だ。
ナガンのいた支部と同じように、無駄に豪華ではないが、確かな上品さを持っている。
入室し、向かいの椅子に座っていたのは、カルミリスとは別の国――〝ズームパム戦争法国〟のギルドマスターだ。
名は、アラベルだ。
「よう、ナガン。元気そうで何よりだ」
ナガンが椅子を引き、静かに腰を下ろす。
「相変わらず軽口だな、アラベル」
「それだけが取り柄でね。……で? お前がここに来るってことは、定期報告に来たんだろ? どんな内容なのか聞かせろよ~。でも、まあ――」
赤茶の長髪をかき上げながら、興味深そうに口角を上げた。
戦場育ちの軍人特有の粗さと、政治家の計算高さを同時に宿した男だ。
「総帥の部屋から直行――って顔じゃないな。お前、何があった?」
ナガンは一瞬、言葉を選ぶように視線を伏せ、それから短く息を吐いた。
「……神樹だ」
ナガンの一言に、アラベルの眉が僅かに動く。
「ほほう? ……ガセネタとかじゃなくて、本物の、か?」
「ああ、ヴァルデリン森林にて、かの大樹が誕生した」
その瞬間、アラベルは椅子に深く背を預けた。
「お前ん管轄だから……カルミリス王国、か。……最悪なトコに生まれたな!」
「そうでもない」
即答だ。
意外だと思ったのか、アラベルが目を細める。
「珍しいな。お前が楽観的とは」
「楽観ではない。事実だ」
ナガンは低い声で続ける。
「その神樹は――理性的だ。意思疎通が可能で、交渉を求めてきた」
「はぁ? 交渉?」
アラベルが笑う。
「神樹が? 神に近い存在のくせに?」
「笑えない条件だった」
ナガンは一拍置き、正確に言葉を並べた。
「利用するな。対等に扱え。そして――我々の持つ情報を共有しろ、と」
会議室に、微妙な沈黙が落ちる。
「……ふうん、随分と人間臭いな」
アラベルがポツリと呟いた。
「総帥は?」
「即断だ」
「……は? すぐに?」
「ああ。――全部、飲んだ」
その瞬間、アラベルの笑みが消えた。
「……《《あの》》、カズサダさんが……?」
「そうだ」
ナガンは、総帥の〝圧〟を思い出し、無意識に拳を握る。
「反対は、許される空気じゃなかった」
「なるほどね……反対意見が無理だったか……」
アラベルは顎に手を当て、天井を見上げる。
「つまり、その神樹は――力じゃなく、理で世界に入ってきたわけだ」
「そういうことになる」
アラベルは、ゆっくりと笑った。
「厄介だな」
「だが、危険とは限らない」
ナガンの言葉に、アラベルは視線を戻す。
「ナガン。お前……少し、期待してるだろ」
「……否定はしない」
図星だった。
アラベルは小さく肩を竦める。
「神が対話を選ぶ世界、か。こっちは戦争屋だから、こっちとしては――仕事が減りそうで困るんだよなー。クソみたいな環境だけど」
「人が死なないなら、それでいい」
「相変わらず真面目だな」
アラベルが甲高く言い放つ。
だが、その声に嘲りはなかった。
「――ハハッ、面白くなってきた」
アラベルは立ち上がり、窓の外を見た。
「各国は必ず動く。神樹を〝資源〟と見る連中も、〝脅威〟と断じる連中もな」
「その中心に、全領域行動連合が立つ」
「……ああ」
アラベルは振り返り、笑う。
「――嵐の中心だ」
ナガンは、静かに頷いた。
(神樹は……この世界に、何をもたらす?)
その答えは、まだ誰にも分からない――――
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