人込みに消えて行った。
滝本アイラが飛び込んだ理由は分からない。
しかし、一人の女性が亡くなったことに何の感情も湧かなかった。
ランが体を揺すって笑い始めた。
「ハッ。ああ、肉の塊がつぶれたみたいだったなあ」
俺はぎょっとしてランを見た。
「どうしてそんな言い方を……」
「さあてな。どうしてだろうな。あのアマが勝手に死んだんだ。知ったこっちゃない……」
そう言ってランは黙り込むと、駅の床タイルをじいっと眺めた。
「……どっかに置き忘れたのかな?」
「は?」
「憎しみや悲しみなんて、いや、目の前の相手がどんな気持ちでいるかなんて、俺はもう何も感じなくなってるのかもしれない……」
「ランっ」
ぼうっとしているランに呼びかけると、彼はハッとして俺を見た。
「なあ、俺たちはいつまでこのままなんだ?」
「え?」
「まだ、話ができる間だけでも、心で感じることができる間だけでも……。人間だった、あの小さかった感情のある頃に戻ってみたいなって……、フッと思ったんだ。ガキの頃はさ、毎日のように川に入って遊びに行っていたよ。石をはぐったら変な虫とか小さなカニとかいてさ、好きになった女が隣の席になったりとか……。いつのまに、俺はこんな人でなしになっちまったんだ? 生意気なことを言うもんだから、手をグーにして女を殴った時、心臓がドキンっと痛かったのは何歳くらいだったのか、それすらもう思い出せない……」
ランは過去を思い出しているのだろうか。
かける言葉が見つからなかった。
「きっついな……。涙を流して泣きたい気持ちなのに、こんな姿になっちまって、笑うことはできるのによ」
「泣かなくていいんじゃないか? ランはずっと苦しんでいたんだよ。後はもう感じるままに生きたらいいんじゃないか?」
「あんたはいい人だ。ウキン、見た目は俺と同じ骸骨だが、しゃべり方とか雰囲気が優しいんだ」
ランはそう言うとふらっと歩き始めた。
「ラン、どこへ行くんだ」
「ここが地獄なら、俺はこの地獄を端から端まで見てみたいと思う。いつか、俺自身が消滅するまで、疲れないこの体で、どこまでできるか知らねえが、行ってみたいと思う」
ランは人込みに向かって歩き始めると、すぐに足を止めて振り返った。
「ありがとうな」
「え?」
「あの廃校から連れ出してくれて、ずっとあそこにいたら、俺はどうなっていたか」
「ラン、一緒にいないの? 一緒に行こうよ」
「テアシは幸せだな。好きな男と一緒にいられて」
ランの言葉にテアシが打たれたようにびくっとした。
「……え?」
「じゃあ、本当に行くぜ」
ランが離れてあっという間に人ごみの中に消えていった。




