アイラの姿はなかった。
○○駅は、利用客でいっぱいだった。
近くで何か催しがあったのかもしれない。キヨスクがどこにあるのかすぐには見つけられず、俺とテアシは駅の中を歩き回った。
人に場所を聞きたいが、俺たちに目をやる人間なんていやしない。
「テアシ、はぐれるなよ」
手を握りたかったが、それもできないのでテアシは時々、俺の背中にへばりついていた。
「ウキンがさっさと起きないから遅くなったんじゃん」
「だから、悪かったって何度も謝ってるだろ」
久々にベッドで眠れたからなのか、テアシが言うには俺は熟睡していたらしい。
○○駅の近くのホテルにこっそり入って、空いている部屋に泊まらせてもらった。
手足を伸ばして眠れるってどれだけ幸せなことか、夕べ実感した。
キヨスクのコインロッカーとはあれの事だろう。ランの姿はなかった。
俺とテアシはこっそりと近寄った。
アイラには俺たちの姿が見えるから、用心しなければいけない。
コインロッカーの近くにベンチがあり、そこに滝本セイラと彼氏がべったりくっついて座っていた。
どうやらまだ200万は受け取っていないらしい。
「ドキドキするね」
テアシが言った。
俺の心臓も(あったら)きっとバクバクしていただろう。
「よう。来たかお二人さん」
声がして振り向くと、ランが立っていた。
「ランっ」
テアシが嬉しそうな声を上げる。
「夕べはどこにいたの? あたしたちはホテルに泊まったんだよ。けっこういいホテルで、広くてきれいなの」
「それはよかったな」
ランは柱の陰に隠れるように立った。俺たちも真似してその後ろにつく。
ランが笑った声がした。
「おかしいよな、誰も見ていないはずなのに、隠れる習性がついているんだろうな」
「ランは主犯格なのに、現場に来たりするのか?」
「昔な」
昔がいつを指すのか、ランが一体何歳なのか、そういえば彼について全然知らないことに気づいた。
「来たぞ……」
ランが静かに囁いた。
俺は大きく息を吸った。緊張で膝ががくがくしそうだ。
テアシが俺の骨の中にのめり込みそうなほど抱きついている(何も感じられないが)。
見た目は普通で、背広を着た中年の男が一人、ぶらぶらと歩いて来て、空いているコインロッカーを開けるとポイっと黒い小型のハンドバッグを放り込んだ。
かちゃんとロックをして鍵を取る。セロテープを取り出すと鍵をくっつけて、自身が立っているロッカーの真上に手を伸ばして、貼り付けるとあっという間にいなくなった。
一分もかからなかったのではないだろうか。
手際の良さに驚く。
すると、ベンチに座っていた滝本セイラと彼氏が立ち上がり、走ってコインロッカーに駆け寄った。
彼氏がすぐさまロッカーの上に手を伸ばして鍵を取る。滝本セイラが受け取って鍵を開けると、黒いハンドバッグを取り出した。
二人が興奮している様子が見える。
ランは黙って見ているだけだった。
「ラン……」
「まあ、見てろよ」
ランの声は静かすぎて不気味だった。
ハンドバッグの中身を二人が開けて確認していると、さっと何かが横切って行った。細身の若い男二人が滝本セイラに声をかけ、反対側からは別の男二人が、セイラの彼氏の両腕をつかんでいた。
「ウキン……」
テアシが俺の肋骨の中に顔を突っ込んでいた。
「なんだか気分が悪い……」
俺も胸騒ぎがしていた。
滝本セイラの顔は真っ青だった。手からハンドバッグが落ちて、それを若い男が拾う。滝本セイラと彼氏は別々の方向へ連れて行かれた。
それこそ、先ほどの200万を持ってきた男よりも機敏で無駄がなかった。
あの二人がどこへ連れ去られたのか、俺は聞く勇気がなかった。
「テアシ……」
滝本セイラは、レイラの母親だ。
心境はどう思っているのだろう。
ランが大きく息を吐いた。
「俺の逃走資金があるはずないだろ?」
「え?」
「だって俺は死んでいるんだ。どうして俺のための金が用意される」
「え、だって今、コインロッカーにお金を持ってきたじゃないか」
「俺が死んでも次がいるんだよ。次の奴からすれば寝耳に水だろ? どうしてこの暗号を知っている? と躍起になって犯人を見つけようとするだろう」
ランは分かっていて教えたんだ。
「しかし、あの女はいなかったな」
滝本アイラの姿はなかった。




