嫉妬するタイプ
新卒で中学校の副担になった時、学級担任の教師から最初に言われた。
滝本麗良という生徒には関わるな。
その理由が、親から虐待を受けているからと知って、俺はすぐさま母親の滝本セイラに虐待をやめるよう訴えに行った。
副担だから関わっちゃいけないなんて、そんなのは理由にならない。
なぜ、関わるなと言われたのかも考えることもしなかった。
教師としてではなく、人として動いた。
滝本セイラは、こちらが強く言うとおどおどするタイプで、最初は分かった、もうしないと約束をしてくれた。
しかし、その後も虐待がなくならなかったため、滝本セイラに訴えに行った。
すると、いつだったか、妹の滝本アイラを紹介された。
滝本アイラは、姉妹とは思えないほどセイラとは全く違う人種だった。
ああ……、レイラを売り物にしているのは、この女なのだ、と俺は悟った。
「センセイっ。見えてきたっ」
テアシの声にハッとする。
大学生から塾の講師をしていた25歳まで暮らしていたアパートが見えてきた。
懐かしい。
築25年のボロアパートで家賃も4万円代だったと思う。
テアシが軽やかに階段を上がっていく。
さすがに部屋には入らなかったが、そこから見える景色を二人で眺めた。
二階からの景色だから、あんまり見栄えがいいものじゃない。
テアシはずっと俺の腕をつかんでいた。ゆっくりと夕日が沈んでいく。だいぶ薄暗くなり始め、オレンジ色のトンボがたくさん飛んでいるのが見えた。
「ランのところに行く前に、川でも見に行くか」
「いいよ」
俺の提案に、テアシが嬉しそうに答えた。
川は、俺のアパートから数キロ離れているため、少し時間がかかった。
俺とテアシは暮れていく夕日の落ちる方向へ向かって歩き始めた。
「一日って早いな、もうすぐ暗くなる」
「うん」
テアシが廃校を出た時間を知らないが、俺にとっては長い一日だった。
「テアシがいなくなって心配したんだぞ」
テアシは答えなかったが、ずっと前を向いて歩いている。
川に行こうと誘ったのは、テアシの白骨遺体が見つかったのが〇〇川沿いの竹やぶだったからだ。
なぜ、テアシがあんな場所で発見されたのか、俺は知りたかった。
どうやって切り出そうかと考えていると、テアシが小さく呟いた。
「センセイはさ、あたしが妊娠してるかもって言った時、どう思った?」
「……え?」
「生理がこないからどうしようって相談したじゃん、そしたら、センセイ、すっごく怒って。おばさんのところに文句言ってくるって言って……」
テアシとファミレスでご飯を食べた後、コーヒーを飲んでだらだらしていたら、話があるとテアシに言われた。どうしたんだ? と聞いたら、たぶん、妊娠してる……と告げられて、息が止まりそうになった。
吐き気がして泣きそうなくらい腹が立った。
コーヒーカップを持っている手が震えて、これ以上我慢がならないと、俺は滝本セイラのところへ話をつけに行くからと立ち上がった。
レイラには初めて、俺のアパートで待ってろ、とやけくそになって言った。
その日、初めてアパートの場所を教えた。
「よく覚えているな。あの日、俺のアパートに行ったんだな」
「そうそう。初めてセンセイの部屋に入って、あたしめちゃめちゃ嬉しくて興奮しちゃった」
俺は、レイラに部屋で待つように言ってから、滝本セイラの家に向かった。
団地には滝本セイラと彼氏がいて、アイラがいないことにホッとしていた。
この二人なら少しは話ができると思った。
これ以上、テアシに売春をさせるようなら、しかるべきところへ訴えると話した。
俺はこの時、かなり頭に血が上っていて興奮していたのかもしれない。
気づけば背後にアイラが立っていた。
話しているうちに川についた。
「はああー。やっと、本当に二人きりだねー、センセイ」
「テアシ……」
「今はレイラっ。レイラって呼んでっ」
「レイラ……、何度も言うが、俺はそういうのは嫌いだ」
俺の手をつかもうとする手をそっと避けた。
テアシがうつむく。
「ちぇ、ケチ……。あの日さ、センセイが出かけてから少しして、女の子が入ってきたんだよね。何こいつ、勝手にあたしのセンセイの家に入って来たりして、ムカつくんだけどって思った」
女の子。
そうか、あの日そんなことがあったとは。
タイミングが悪いなと俺は苦笑した。
「妹だよ」
「妹っ? あれ、妹だったの?」
「話した事なかったか? 確か説明したと思ったが……」
「聞いてない」
テアシは時々、人の話を真面目にきかない癖があった。
当時、俺には七つ年下の妹がいた。妹は時々、アパートに泊まりに来ていた。だから、レイラにはアパートの場所を教えなかった。
「めちゃ、ブラコンじゃん」
「家にいると息が詰まるからって、息抜きに泊まりに来ていたんだ。それだけだよ」
「そんなのおかしいよ」
「おかしくないよ。ただの妹だから」
「妹だって、女じゃんか」
レイラは異常に嫉妬するタイプの女の子だった。
中学校の教師を二年で辞めざるを得なくなったのは、レイラが俺につきまとうようになってしまったからだ。




