空腹を訴えていた。
三人になってしまい、スカおじはため息をついたように見えた。
「スカおじはどうする?」
「俺はもう少しここにいる」
「おじさんはずっとここにいたの?」
「ああ。孫に引っ付いて外へ出た途端、いろんなことを思い出した。あまりにたくさんのことを思い出したんで、目が回るかと思ったよ。孫はまっすぐこの家に向かった。ああ、孫は本当に悪いことをしたんだなって思った。その時は辛かったよ」
スカおじにもいろんな出来事があったんだなと思う。
「孫が立ち去り、それから警察が入った。あいつは捕まったのかなと思ったが、知る術がない。俺にできることはここが取り壊されるまで、ここにいようと思う。それに、ここにいればいつか孫が来るかもしれない」
スカおじの孫、永山平志朗が逮捕された話をした方がいいのだろうか。
俺は逡巡した。しかし、それを伝えてもスカおじは待ち続けるような気がした。
「永山平志朗って名前、ずい分古臭いな。あんたの名前の方がよほどかっこいいけど……」
俺の言葉を聞いて、スカおじはキョトンとして見えた。
「……孫の名前は俺がつけたんだ。俺の好きな名前だった。だから、古くさいのかもしれんな。平志朗がこの名前を気に入ってたかどうか知らないが……。平志朗の名前を知っているということは、新聞にでも載ったか?」
スカおじが悲しそうに言うと、ふうっと息をついた。
「いつか釈放された時、俺がここにいなかったら平志朗は悲しいだろう。だから、それまでは待つよ」
「俺たちの姿は見えないけど、それでも待つのか?」
「向こうには見えないかもしれないが、俺からは見える」
スカおじともっと話をしたかったな、と俺は思った。
「センセイ……」
テアシが俺のことを先生と呼んだ。
スカおじがこちらを見た。
「あんたはこの子の先生だったのか……」
「まあ、はい。そうなんです」
「すごい偶然だな」
「そうですね……」
地面を見ていたテアシがこちらを見ると、すくっと立ち上がって俺の腕を引いた。
「センセイ、あたし、あのアパートに行きたい」
「俺のあのボロアパートの事か……」
大学の頃からずっとあの部屋で一人暮らしをしていた。
男の一人暮らしだったので、友達がよく来ていたが、それもだいぶ昔の事のように感じられる。
殺風景な部屋で、畳まれたせんべい布団、塾で使う参考書、それからパソコンと少しだけの洋服。仕事に使うものしか置いていない。何もない部屋だ。
「じゃあ、行ってみるか。スカおじ、あ、すみません、永山さんか」
「さっきからスカおじって、なんなんだね?」
「あだ名ですよ」
もう会うこともないだろうと思って言ったが、スカおじは首をひねって、よく分からないが、と言った。
「あんたらはこれからどうする?」
「俺のアパートに行った後は、〇〇駅に行ってみます。テアシ、本当にいいのか?」
「うん、いいよ」
テアシがはっきり頷く。
「永山さんは本当にずっとここに? 孫が出所するのは数年はかかりますよ、きっと」
「……時間がある。しばらく考えてみるよ」
彼はそう言ったきり黙り込んだ。
そのうちこの家は取り壊されるか、それともこのまま空き家で放置されるか、この先のことは分からない。
俺はスカおじに頭を下げると、ランと同じように庭を出て歩き出した。
そばにいるテアシは以前と同じように俺にくっついている。
とりあえず俺は、アパートのあった場所へと向かった。テアシが俺の方を見上げると嬉しそうな声で言った。
「センセイと出会った日のこと覚えてる? あたしが13歳で中一の時だったよね。新任教師だったセンセイは副担だったよね」
「そうだったな」
「大学出たばかりの若いセンセイが来たから、みんなウキウキしてたんだよ」
「へえ、それは知らなかった……。22歳なんて、おっさんに見られてると思ってた」
「あたしが知ってる男の中でセンセイが一番若くてかっこよかったよ」
テアシが照れ臭そうに言う。
横断歩道が赤になったので、俺とテアシは足を止めた。夏の暑い気温のせいか歩いている人はほとんどいなかった。
青になったので歩き出す。
テアシは俺の腕にしがみついたままだ。
「せっかくセンセイと仲良くなったのに、中2の時、センセイがいきなり学校辞めていなくなったからさみしかった。なんで何も言わずに辞めたの?」
「あー、そうだったかな」
俺はしらばっくれた。
「あの後、センセイを探したんだよ。まさか、学習塾のセンセイになってるなんて。しかも、あたしの団地からは遠くて、行くの大変だったんだからね」
塾の講師をしている事が見つかって、テアシは時間が空けば俺に会いに来た。
もちろん塾の生徒としてではなく。
テアシは、俺が仕事が終わるまでずっと通りで待っていた。
あの時のレイラは、俺のアパートを知らなかった。
俺はアパートの場所を教えなかった。
「毎日絶対に会えるわけじゃないし、センセイを待っている間が一番しんどかった。もし、会えなかったらどうしようっていつも思ってた。でも、センセイは会ってくれた日はずっとずっと一緒にいてくれたし、いつもファミレスでご飯食べたよね」
あの頃のレイラはいつも空腹を訴えていた。
年の割に痩せていたので、食べさせてもらえないのだろうというのは想像できた。
中学校の話題があんまり出ないので詳しく聞いてみると、ほとんど毎日のように客ばかり取らされて忙しいから学校へ行く暇がない、とレイラが言った。




