何も食べていないのに
「あの時、テアシの母親たちは俺たちの話を聞いていた。俺たちと連絡先を交換したいと言ったのは、その100万について聞こうとするためだ。多分、金ちゃんは滝本セイラと連絡を取ったんだと思う」
それで行方不明になるだろうか。
俺にはまだ意味が分からなかった。
「でも……なんで、テアシまで? テアシは関係ないだろう」
「ウキンとテアシは事件を目撃していた。金ちゃんは、テアシからもっと詳しい話を聞こうとしたんだと思う。テアシもいなくなったと聞いて俺は、二人は一緒にいると思った」
「それでマナベはここへ来たってわけか」
ランが頷いている。
「ちょっと待ってくれ。俺はまだ理解できないんだが……。それと、どうして俺とテアシを離そうとしたんだ? その理由も分からない」
これだけで理解できるランの頭はどうなってるんだろう。
俺はさっきから背筋がむずむずしてたまらないのに。
外へ出た途端、頭の中に、忘れていた記憶が怒涛のように流れ込んできていた。
ランの顔は分からないが、きっと彼も同じはずだった。
「テアシとウキンを離そうとした理由は分からない。けど、たぶん、金ちゃんとテアシは一緒にいる」
「マナベ……。ごめん。今、俺、自分の名前を思い出しかけている」
「えっ」
頭を押さえる俺の隣で、ランが肩を揺すって笑い出した。
「俺もだよ。記憶が……。今までなんで忘れてたんだってくらいの情報量がどんどん溢れてくるぜ」
運動場に出ただけでこんな風になるなんて。
その間マナベは、記憶を取り戻している俺たちを引っ張りながら、自分のバイクの場所へ移動した。
150ccのバイクが置かれている。
マナベは一刻も早く金ちゃんを探しに行きたかったのだろう。
だが、ちょっとだけ待ってくれ。
俺たちが記憶を取り戻している間、じれったそうにマナベが地面を睨みつけていた。
すまん、と思いながらも俺はようやく名前を……。自分の名前を思い出していた。
記憶が戻るまであと何分かかるのか。
まるで、アプリがインストールされるまで時間がかかっているスマホになった気分だ。
「ウキン、大丈夫か」
マナベが心配そうに言った。
「マナベ」
俺は顔を上げた。
肉がないのが悔やまれるが、きっと俺は今までに見たことがないくらい、真剣な顔をしていたはずだ。
「完了した。全てを思い出したよ」
「カッコつけてんじゃないよ」
ランが笑った。
横を見るとランが長い脚の骨を交差させて、腕を組んでモデルみたいに立っていた。
「俺も全部思い出したぜ」
マナベが後ずさりする。
「あっあの、ランは一体何者? そしてウキン、あなたも何者ですか?」
そりゃあ、びっくりするよな。
思い出した俺が一番びっくりしてるんだから。
「俺の名前は脇坂弦義。滝本麗良の中学の副担任だ」
「レイラの学校の先生?」
「ウキンは先生か。それっぽい」
ランはそう言っただけで自分のことは明かさなかった。代わりに、
「脇坂でもウキンでもなんでもいい。早く金ちゃんを助けに行こう」
とかっこいいことを言った。
俺たちは、バイクにまたがったマナベの後ろにしがみついた。
合計3人を乗せたバイクが走り出す。
霊体だからだろうか風の抵抗は一切なかった。
目的地は、滝本麗良の住んでいる団地だ。
レイラが中学一年の時、副担任だった俺は何度もレイラの団地を訪れていた。
マナベは隣町に住んでいたので、その団地の場所は知っていた。
廃校から数分かけてバイクを走らせ、団地に到着した。
ドドドドドドとバイクのエンジン音が静かな団地中に響いた。
俺は駆け出したい気持ちを抑えた。
「ウキン、ここで合っているか?」
「うん。ここの三棟の302号室だ」
俺はちらっと団地の駐車場を見る。よかった。車はない。
滝本家が借りている駐車場にはいつも黒のBMWが止まっていた。滝本セイラの彼氏の車だ。
滝本セイラは未婚で私生児のレイラを出産した。
内縁の夫と暮らしていて生活保護と医療費補助制度で生活をしていた。
思い出すと背中に嫌な汗をかきそうになる。
何も食べていないのに吐きそうだ。




