スマホは俺の手にある
どうしてここまで頑なにテアシは嫌がるのだろう。
うつむいたままのテアシを見ていると、焦燥感に駆られる。
このままずっとここにいたいのか。
本気で思っているのか。
嫌な空気が流れ出すと、シラトリが優しく話しかけた。
「テアシ、結論を今すぐ出す必要はないよ。それと、全く話は変わるんだが、ずっと気になっていたことがあるんだ。ウキン、君はなぜ、ここにいる? テアシとスカおじがいたのに現れたのはなぜだ」
「は?」
俺は瞳があれば間違いなく瞼をぱちぱちさせていた。すると、シラトリが神妙な声で言った。
「ウキンは、バグじゃないかと思うんだ」
「……バグって何?」
黙り込んでいたテアシが顔を上げた。その声は不気味そうで、バグと言う言葉を初めて聞いた風だった。
やはり、テアシは物事を知らなすぎる。
「バグって言うのはね。パソコン用語で異常があるっていう意味だ。ゲームをしているときに出る不具合みたいなもので……」
シラトリが丁寧に答える。
不具合って何? と聞くかと思ったが、テアシは質問するのはやめたようだ。
「ウキンは変則的だ。今まではどの骸骨たちもペアで行動しているのに、奇数でいるのはおかしいんだ。スカおじが消えたのに、ウキンが現れたのは通常ではありえない。スズメがマナベの背中に憑りついて教室を飛び出した時、俺はすぐにスマホを確認した。当然、俺だけの情報しかなかったが、相棒がいなくなれば絶対にもう一人、新人が現れる。そこだけは間違いない」
「じゃあ、もしかしたら、俺の相棒はこの学校内のどこかにいるか、俺はバグっていてテアシのそばにいるってことか」
「何か法則があるのかもしれない」
シラトリの言葉を最後にその場が静まり返った。
「あの……。すみません、俺ら、そろそろ帰ります」
静けさを打ち消すようにマナベがおずおずと言った。
ライブ配信のこともすっかり忘れて話し込んでしまっていた。
肉体のある彼らはさぞ疲れただろう。
「ああ、二人とも早く帰って休めよ。いくら20歳で若いと言っても無理しちゃいけない」
俺の言葉に二人はホッとしたような顔になった。
「じゃあ、俺ら行きます」
時計は、いや、時間はいい。俺たちに時間は関係ない。
「送ろうか?」
「いいスよ。テアシとウキンはここにいて、俺たち四人でここを出て行くから」
「そうか……」
正直言って見送りたかった。一日とはいえ、共に過ごした仲間のような気がした。
それに、おかげで長い一日を体験して、充実していたともいえる。
「テアシ、ほら、顔を上げて。四人とはもう会えなくなるんだぞ」
テアシはいじけたようにぷいと顔を背けた。
「テアシ……」
金ちゃんが何か言いたそうなさみしい顔をしている。
本当は二人に聞きだしたかった。
テアシに何があったのか。
明らかにこの二人は知っているのだ。
ストーカー殺人と言っていた。でも、テアシに遠慮して黙っている。
二人の思いやりが分かったので、みんなで気づかないふりをしている。
「じゃあ、ウキン、元気で」
「あ、ああ」
せめて出口までと俺は立ち上がった。すると、テアシが俺の腰にしがみついた。
それを見た金ちゃんが笑った。
「ここでいいスよ。じゃあな、ウキン、テアシ、後のことは任せろ」
金ちゃんの最後のセリフが気になったが、四人は理科室を出て行った。
懐中電灯が遠ざかり、真っ暗な教室は静かになる。
俺は息を吐くと、テアシの手を取って俺たちの元居た教室、三年一組に戻った。
定位置の黒板の前に二人でしゃがむ。
ここがやっぱり落ち着く。
「なあ、テアシ……」
「うん」
座り込むなり、テアシは俺の胸骨に自分の頭蓋骨の頭部を乗せた。
お前は赤ん坊か、とツッコミたくなるが、テアシのやりたいようにさせてやった。
「俺はやっぱりここから出たいと思う。少しでもテアシのことが分かったんだ。メッセージを使ってみないか?」
「……」
「俺が全部やってやるから。文章も考えてやるし、一緒にここから出る方法を考えよう。な?」
俺が一生懸命言ったせいか、少し間を空けるとテアシがかすかに頷いた。
「……分かった」
「よし! じゃあ……まず、俺の膝から下りろ! 生身だったら重いぞっ」
俺がふざけて言うと、アハハとテアシが笑い声を上げて俺の体から離れた。
スカおじから預かったスマホは俺の手にある。




