怖くて見られない
床の血痕と包丁についた血に気が付いた金ちゃんは、ゆっくりと立ち上がった。
動いた拍子に懐中電灯が何かを照らす。
金ちゃんの目線の先で、キラッと何か反射した。
「金ちゃん……。今の……なんだろう。確認できる?」
マナベが言ったが、金ちゃんはかすかに首を振って言った。
「ごめん……。俺、怖くて見られない……」
金ちゃんは深呼吸を繰り返した。
「ねえマナベ、これ見てよ、鳥肌やばいんだけど……」
「金ちゃん……」
「う、うん、分かってるよ。分かったから」
金ちゃんは懐中電灯で反射した場所に向かって明かりを当てながら進んで行った。その時、照らされた明かりの中に子どもの指先が見えた。
「うっ」
金ちゃんがうめき声をあげた。
「え、え? ちょっと待って今、今、子どもの足、指が見えた」
金ちゃんの言葉にマナベが黙り込む。
二人はフリーズしている。やがてヒュー、ヒューっと空気を吸い込む音が聞こえてきた。
「待って待って待って待って」
金ちゃんがマナベの腕を取った。
「マナベ、ちょ、ちょっと腕をつかんでてもいい?」
「あ、ああ、うん」
俺にもヤバいことが起きていた。ヤバイヤバイヤバイヤバイと軽く10回以上は言える。テアシは頭蓋骨を俺の胸骨に突っ込んで耳を両手で押さえている。
裸足の子どもが一人、上半身しか見えない女の子が一人、そして性別の分からない子の合計三人が、ガラスの破片で積み木をして遊んでいた。
金ちゃんたちは、子どもたちに気づいていない。
いや、完全に視えていたら、きっとここにはいないはずだ。
三人の子どもたちは消えたり現れたりして、教室内を駆け回っていた。
金ちゃんはマナベの腕にしがみついたまま唾を呑んで、もう一度、反射したものの正体に明かりを当てた。
その時にはもう、子どもは消えていた。
マナベは子どもの足が視えたことは、気のせいだと思うことにしたようで、息を吸ったり吐いたりしながら、懐中電灯で光っている物のそばに寄った。
近くまで来てはっきりと分かったようだ。
「包丁だ……」
「包丁がなんでここに? それに……。こ、これ、ち、血だよな……?」
「警察に……連絡しなきゃ……」
マナベが呆然とした声で呟く。そして、腕時計を確認した。
二人は黒板の方を照らすと、何もないと言って、次に俺たちのいる掃除用具入れを照らして、うん、な、何もないと嘘をついた。
俺たちの姿が視えているはずなのに、スルーしている。
そして、くるっと体を出口の方角へ向けると、椅子に座っているシラトリたちに光を当てようとしてからアッと叫んだ。
「ど、どうしたのマナベっ」
金ちゃんが焦った声を出した。
「ひゃっ、いやっ、み、見間違いだから」
「見間違い? なん、なんの話?」
マナベの変な回答に金ちゃんも動揺している。
俺はもう勘弁してほしいと頭を抱えた。
骸骨が増えてるじゃねえか!
20脚ほどの椅子に何体、座ってる?
しかもみんな似たような背格好で、俺ですら自分がこの中に座っていたら区別はできないだろうと思った。
金ちゃんの足ががくがくと震えだす。
「お、俺、もうここにいたくない。気分が悪い……」
「あ、ああ、すぐに出よう。行こう」
マナベが言って歩き出すが、二人ともカメのようにのろい。
腰が抜けて歩けないのか、いや逆にパニックになって走り出す方が危険だった。
彼らの本能がそうさせているかのようにスローモーションで歩き始める。
二人は何体もの骸骨の合間を縫って歩いていったが、骸骨は動かない。
はっきり言って、どれがシラトリかスズメなのかも分からなかった。
俺とテアシも動けずそれを見守っていた。
もう、動画配信どころじゃない。どこを撮っているのかも分からないが、俺が把握していたシラトリがいた場所の骸骨が、金ちゃんが通った時、すうっと動いて金ちゃんの背中にしがみついた。
金ちゃんは拝むように体を丸めて、ゆっくりと廊下の方へ出て行く。しかし彼は、渡り廊下へは向かわず正面玄関の方へ向かって行った。
マナベを見ると、彼の背中にも骸骨が一体憑りついていた。
あの二体はきっとシラトリとスズメだ。きっとそうに違いない。
俺はそう願って、そのまま動かずにそこにいた。
すぐに後を追いかけたかったができなかった。
「テアシ……テアシ……」
テアシに呼びかけたが、声を出すこともできないようだった
俺は後悔していた。テアシはまだ子どもだ。ここに連れてくるべきじゃなかった。
「大丈夫だ。俺は絶対に離れないから」
「あんたは新人だな」
突然、真上から声がして、俺はとっさにテアシをぎゅっと抱きしめていた。
目の前に骸骨が立っている。テアシがさらに耳を塞いだ。
「その子はどうしたんだ? 怯えている」
「あ、あなた方に怯えているんですよ」
「わしらに、ふむ」
見た目はあれだが、もしかしたらまともな骸骨なのか。
「そんなに怯える必要はない。わしらはここから出るつもりはないから」
「えっ?」
「ここに長くいるとそういうものだ。今日は久しぶりのお客なので、みんなで鑑賞にきただけで、危害を加えるつもりはない」
骸骨はそう言って両手を上げた。俺はそれだけでびくっとした。
「おぬしらは人を見る目がないな。ハハハハ」
声だけで笑われても。
気づけば子どもの幽霊と他の骸骨たちはいなくなっていた。
「好きな時に目覚め、朝日を浴びる。腹も空かん、いつでも日向ぼっこして、たまにこうやって誰かと話をする。夕方になれば虫のこえを感じ、時には、肝試しの若者をおどかして、悠々自適の生活だ。これ以上何を望む」
ここにいれば天国と同じ。ユートピアだ。
外界こそが地獄。
車にはねられ、他人に首を絞められ、稼いだ金は税金で巻き上げられる。
テレビの音と虫のこえを比較するなら、断然、虫のこえを聞いている方が美しい。
外にあるのは刺激だけだ。
急に饒舌に語り始めた骸骨に、俺はゾッとした。




