これ、血じゃねえ?
教室内を見渡す。
以前がどうだったかなんて分からない。
相変わらず床にはガラス破片が散らばっていて、エロ本のページがバラけて散らばっていた。スナック菓子の袋。そして、凹みのあるステンレスのバケツ。
残っている机は10台ほど。
椅子はもっと多くて20脚ほどある。子どもの靴と大人のシューズが片方ずつ。
その時、シラトリとスズメが出口の方から入って来て、二人は分かれて椅子に座った。
俺とテアシは端っこに置かれている掃除用具入れの前に二人で座った。
俺はすぐさま用具入れにもたれかかった。
背中に何かがあった方が落ち着くと思ったからだ。
掃除用具入れ。懐かしい。きっとこの両開きの扉を開いたら、チリトリとホウキが入っているんだろうな。開けてみたかったが、あいにく物を触ることができなかった。
そうしていると、廊下をギイギイと慎重に歩いてくる音がした。金ちゃんとマナベだ。
音と共に懐中電灯の明かりも近づいてくる。
もし、昼間で俺が元気な小学生だったら、きっとワクワクしたかもしれない。どこかに隠れて……。
そうだな、この掃除用具の中にでも入って、金ちゃんたちが目の前に来たら、わーっと飛び出して脅かしてやろうと思うかもしれない。
しかし、歩いて来た金ちゃんの様子を見たら、そんな気分は吹き飛んだ。
「し、失礼しまーす……」
最初に金ちゃんが、カメよりものろい歩みで一歩一歩を踏みしめて右足を入れると、立ち止まった。
マナベもそばにいて同じように足を止める。
彼の懐中電灯は金ちゃんに向けてしっかりと動画を撮っている。
金ちゃんは両手を合わせると深くお辞儀をした。
「や、夜分に失礼いたします。お休みのところをすみません……」
誰に言っているのか、手を合わせて拝んでいる。
そして、すぐに懐中電灯を教室内に向けて光を当てた。俺とテアシがどこにいるかを確認しているように思えた。
俺たちの場所は、金ちゃんから見ると、部屋の奥の斜め前の端っこになる。頭上は廊下側のはめ込み式のガラス窓があったあたりだ。
金ちゃんがそこに光をあてて俺たちに気づいた。金ちゃんは口を開けてから、慌てて口を結んだ。
それから急いで、シラトリとマナベを探しているような行動に出る。さらに教室内に光をぐるぐると当てるとシラトリたちが出口付近の椅子に座っているのを見つけたらしい。
明らかにホッとした顔でお辞儀をした。
いや、おかしいだろそのリアクションは、と俺は思ったが、視聴者からしたら奇妙な行動をとる男だなと受けとられたかもしれなかった。
「さ、さあ、中継をご覧の皆さん、到着しました。ここが、例の有名な心霊スポットの小学校です。真っ暗で、はっきり言って何も見えません。ここは昭和初期に建てられた築100年の小学校です。過疎化によって生徒数が減って、平成に入り廃校になりました」
へえー、築100年てすごいな。感心していると、砂利とガラスを踏んで音をたてながら金ちゃんがゆっくりと入って来た。彼は足元に懐中電灯を向けた。
「えー、教室には机が残っています。ずいぶん古いです。そして、足の踏み場がない位、ゴミとか泥とか、あとガラスが落ちています。ていうか、このガラスどこから……」
割れているガラスがある理由は、廊下側のはめ込みのガラス窓が全部、室内に入れられてあるためだった。
木枠だけが残っていて、ガラスは何者かによって割られたのだろう。
「あ……」
金ちゃんが立ち止まったので、後ろをついてきていたマナベが話しかけた。
「どした?」
「あそこに何かある」
金ちゃんが近寄って触ろうとするのを俺が叫んで止めた。
「金ちゃん触るなっ」
「えっ? え、何っ? な、なななになに?」
「ここにあるものは何一つ触るなっ」
指紋がついてはまずい。
俺はとっさに立ち上がっていた。
マナベは金ちゃんの様子を撮っている
どこまで撮影できているか分からないが、金ちゃんには、俺の名前を呼ばないという理性が残っていた。
「こ、これはなんだ……?」
俺の声の存在には触れず、金ちゃんがしゃがんでその物体を自撮りしながら撮影した。
「スマホだ……。なんでこんなところに……。見た感じ、新しい気がする」
「金ちゃん、自撮りしているそのスマホで視聴者のチャットをのぞいてくれ。視聴者からのコメントはあるか?」
マナベが後ろから冷静に話しかけた。
金ちゃんは言われた通り、スマホを見て首を振った。
「いや、あの、ライブ見ている人が0……。あ、3人になった。でも、無言フォローだ」
「いいよ。とにかく回そう」
金ちゃんは落ちているスマホをじっと見ながら中継を続けた。
「黒いから分かりにくいけど、スマホです。えっと画面が割れているから、壊れているのかも。スイッチ触ってみようか……」
と言った後で何かに気づいた。
「あ、ちょ、ちょっと待って!」
「あ……」
後ろのマナベも気づいた。ガラスの破片の中に、墨汁を落としたような赤っぽい点が散らばっている。
俺は二人を観察しながら、同時に立ち上がっていたテアシをぎゅっと抱きしめていた。
テアシはまるで雨に濡れて震えている子犬のようにぶるぶると震えていた。
二人が血痕に気づいた。次は包丁を見つけるだろう。
床は真っ暗で泥も混じっているから分かりにくいが、懐中電灯の光を当てると、明らかに泥とは違う点があった。
体内から流れ出た大量の血が固まっているが、泥や埃、ゴミと混じってしっかりと残っていた。
「え? え? これ、血じゃねえ……?」
金ちゃんが大きく息を吸ったり吐いたりしている。
マナベは声が出せないようだった。




