1.
黒い瞳に、黒い髪の幼い人間。どうして、どうして……。欲しくて欲しくてたまらない。くりっとした双眸、私はどう映っているの。ねぇ、ねえ。
妖精姫と呼ばれる存在は、どぷんと透明な膜から出てくる。人間を守るための壁。妖精の住処は人間の身体には合わない。魔力が越すぎるのだ。それを妖精姫は、人間と交流しやすくするために、わざわざ作っていた。わざわざ作っていたにも関わらず、そこから身体を出した。
幼い子どもを腕の中に抱える。まるで、連れ去ってしまうのではないかという邪悪さが漂う。欲しいものを手中に収めた笑みはひどく恐ろしい。人間は、嬉しそうに腕の中で笑っている。母親に初めて抱きかかえられたように馴染んでいた。妖精姫は幼い子どもへ顔を近づける。顔の真ん中、鼻へ口付けをする。妖精姫は満足そうに子どもを見た。魔法をかけた。それは、子どもの未来を祝福し、愛しみ、また縛るものだ。
「ふふ、この子はいただくわぁ」
へぇ、見どころあるわぁ、可愛いわぁと、妖精姫はくるくると廻る。
くるくるくる。その光景は異様で猜疑的で、神々しく微笑ましい。
はい、返すわねと、子どもは地面に足をつける。妖精姫へと共に挨拶に来ていた両親の元へと返された。
「イーブ・ストラウド、あなたは今日からずうっと私のものよ」
魔力が濃い。魔力が視界にも影響し、歪んだ笑みを、悍ましい存在に思わせる。両手を広げているのかもよく見えない。まだ昼間なのに、温かみはなく、瞑瞑とし、暗澹と蒼然とする森。いつもの温かさはどこにもなく、迷い失ってしまいそうだ。イーブ・ストラウドの父ノエル・ストラウド、母コーデリア・ストラウドは礼をし、その場で動かない。妖精姫を刺激しないように、だが、動けない。
ストラウド家は、妖精姫の住む領域の一番近くに領地、屋敷があり、妖精姫との交流を任されている一家だ。
「姫様!やりすぎですよ!」
人間には姿は見えない、どこかからか声がする。妖精は基本姿は見せない。気に入った相手には見せるらしいが、だいたい誰にでも姿を見せている妖精姫が例外中の例外なのである。
「どこが〜?」
妖精姫は未だふわふわとしている。
「……さすがに皆様は限界かと存じます」
その声の主は妖精姫を透明な膜の中へと移動を促し、場の魔力を薄くした。人間には幾分か呼吸が楽になった。
妖精姫は納得がいかないようで、なにか話しているようだ。
コーデリアは身体もまずまずの中、息子を気にかけるが、いない。探せば、膜の前まで行っている。コーデリアには、息子が取られるかのように映った。
「ダメっ!!!」
礼儀正しい彼女の張り上げる声。
「イーブだめよ、だめ、帰ってきてイーブ」
弱々しい声は妖精姫マリアーナを冷静に戻した。
親子の姿を目に映し、はたと動かせば、ノエルと目が合う。
「えぇ、冷静になったわ。ごめんなさい」
コーデリアはイーブと手を繫ぐ、ノエルは妖精姫から目を逸らさない。
「はぁ、魔力はここを離れて抜くのがいいわ」
「しかし姫様」
「いえ、ノエル。今日は帰りましょう」
幸いイーブの調子に崩れは起きていなように見える。が、それも実のところわからない。ノエルとコーデリアは休養が必要であるし、そんな状態で話すことは避けるべきである。
「今日は、おかえりでしょうか。ならば、わたくしが送らさせていただきます。姫様はここに」
申し訳なさそうに妖精姫は姿を消す。一瞥はイーブに送っていたようだ。ステイシーが場を変える。妖精の住処に繫がったように見える場所は様相を変え、山中の道、森の裾野の道、そんな遊歩道のようだ。
「少し歩かれましたら、出口につながるようにいたしました」
疲れたように歩く二人と、まだあの場にいたかったらしい一人は、よっとこよっとこと歩く。
ステイシーは何も言わないが、道の最後まで見送るつもりらしく、家族についていた。
ステイシーはイーブと目が合う。まだ、母親と手を繫ぐ幼い子ども。
やはり、この方、見えている。姫様も仰らなかったですし、今のこの方たちに伝えるのは時が違いそうですね。まだ秘密ですね。




