第一章 第三十八話 蕾 Ⅱ
この戦闘が開始して、ようやく1分が経とうとしていた。
弓を片手にこの場へ現れた男は、覆面を被っており、外見的特徴を図ることができない。
強いて言うのなら、ヴェイエさんに偽装していた人物よりも、一回り小柄というだけ。
[今、波状攻撃をされたら終わりだ]
弓使いの方は、この煙の中でイルファルドの居場所を見抜き、射抜こうとしてきた。
そこに前衛のアシストが加われば、確実に死矢となる。
まだまだ煙が晴れるには、時を要する。
時間稼ぎをしようにも、弓使いのからくりを理解しなければ不可能に近い。
「絶体絶命だねイルファルド。あーこうだっけ…イルファ」
現実を理解すると共に、イルファルドから汗が滲み出た。
そして、状況が早くも動く。
「援護する」
「アイよ!!」
先に動いたのは、誘拐犯。
一度、距離を離したイルファルドとの間合いを一目散に詰めたのだ。
[くそっ!!]
後手を取らされたイルファルド。
その要因は2つの迷いが関係していた。
1つは敵を攻撃を回避し続ける事ができるのかという思考。
2つ目は現在の立ち位置。
既に地形での有利は一切無く、たった今、数的不利も取られた。
まだ物にできていないバロンの教えを使用したところで、必ず粗が出る。
奇襲を回避したのは、偶然が重なり、成しただけ。
それに加え、幾度かの攻防でズレた現在地。
自分達の通った通路がどこなのかすらも分からない。
危険を覚悟して逃げるか。
それとも、危険を覚悟して戦うか。
二つに一つ。
「は?」
反射的に漏れ出た誘拐犯の呟き。
目の前のイルファルドが前へ。
自分から距離を潰しに来た。
[結果がどうとか迷う暇があるなら…前に進む…!!]
後手を取ってから1秒未満。
迷いをバッサリと切り捨てた。
[コイツ…]
「ある意味…狂ってるな」
その行動は良くも悪くも敵にとって異常事態。
[向かってくる。それはこちらとしてもありがたいが、迷いが無さすぎる]
もう一人の敵は弓を構えながら、そんな事を考えていた。
誰よりも冷静に。
俯瞰的にイルファルドを捕えた。
[常人なら焦ってパニックになっても可笑しくない]
その瞬間、男の脳裏に過ったのは記憶。
[そっち側とでも言うのか]
記憶と現在の景色が交差した。
「油断するなよ…!!」
「言われなくても分かってるよ!!」
小柄な男は相方へ言葉を送り、再び煙の中へ姿を晦ました。
既に両者の刃は相手に届く距離。
後手を取ったイルファルドが僅かに不利だが、それでも勝負にはなる。
それに、策がない訳ではない。
[やっぱりあの人。もう一度、煙の中に入った]
これで小柄な男は見えなくなり、考え得る最悪の状況になった。
それでも想定通り。
僕には視認できない位置からの狙撃。
縦横無尽に動く狙撃手。
しかし、それを可能するにはまだ時間が足りない。
[初動の移動先は僕から見て右。そして、この人達の背後は壁だった]
ついさっき、追撃をかけに行ったのだから獏前的な地形は頭に入っている。
[なら…!!僕も右側に回れば…!!]
初撃のナイフを避けると共に、イルファルドは右へ、敵にとっては左側へ回り込んだ。
こうなってしまえば、敵の相方を疑似的な人質、壁となる。
無論、それも一周してしまえば無意味となり、敵には好都合だろう。
だがそれには時間がかかる。
決して晴れない訳ではない煙は、少しずづ薄れる。
まだまだ視界は悪いが、時間の経過で回復するのだ。
その上でイルファルドに認識されない様に動くなら、大回りな一周をすることになる。
これはただの煙。
音も魔力だって感じる。
少しでも身体強化をしようものなら、その時点で居場所は筒抜け。
[勝負は最初の十数秒!!]
懐へ飛び込み、【フィア・ナイフ】を腰に構えた。
身体強化 全開
この一週間の訓練が決まってから行った素振り。
その型通りにナイフを走らせる。
力任せとも言える一撃だが威力は折り紙付き。
ギィィィン!!という音が鳴り、両者のナイフが鍔迫り合いを起す。
「まさか殺す気だった?」
「いえ。ナイフを狙った筈だったんですけど…」
まずは確実に弾いて、武装解除の予定だった。
[この人、強い!!]
目論見が大きく外れた。
そして、重要なのが握力ではなく、技術を持って凌いだという事実。
とてもイルファルドには、真似できないナイフ捌き。
一言で表すならばそれは、年季の差。
実践の経験値。
[でも…まだ終わったわけじゃない!!]
突如、ジリジリと競り合っていたナイフを僅かに斜めへ倒し、鍔迫り合いを解除した。
結果、代償はあった。
僅かに敵の刃が肌を滑り、腕の皮が断たれ、掠り傷を負うことになる。
しかし、リターンは確かにあった。
勢いで身体は前かがみになり、地面に接触しているのも片足のみ。
不安定な体制を強いられている。
イルファルドはその片足を目掛け、時計回りに足を払った。
転ばせることが出来たら上々。
そこからの状況は、今と比べるとうんとよくなる。
[決まった…!!]
技の当たる直前。
イルファルドは確信した。
「え」
ザッ、とイルファルドの履くブーツが地面を駆けた筈。
なのに一切、技の手応えを感じない。
原因は一目で分かる。
[あの不安定な姿勢で跳んだ…!?]
まさに神ががっている。
ありえない程、洗練されたバランス感覚。
ほとんど身体強化をせずに不安定な体制で、1mは跳ねた。
更にそれだけではない。
「これでいいでしょ」
「完璧だ」
空中に飛翔しながらそのような事を呟いた直後。
煙の中からキラリ、と何かが光った。
「もらった」
それはイルファルドが最も恐れていた狙撃。
必殺の矢。
[ダメだ。避けられない]
狙いは右肩。
回避行動へ移るには既に手遅れ。
武装解除を狙った、僕自身が武装解除される。
少なくともこの攻撃で死ぬわけではない。
だがその一瞬はまるで、時が止まったように遅かった。
[あぁ。負ける]
何をしようと手遅れ。
抗う暇はない。
【空を掴み】
その時。
頭の中に入り込んだようにもう一つの声が現れた。
【空を駆けよ】
自分と同じ声。
なのにもう一つの声。
『【第八席】』
ポン
静かだが確実に音を立て、弓矢が明後日の方向へ軌道を変えた。
「ぁ…?」
跳んだ目の前の敵も目を丸くし、理解できていない。
[何が起こった…?]
弓矢を放った本人が最も考えた。
軌道を変えた方法を。
[魔法か…!!]
男はこの戦いが始まって以来、初めて負けの可能性を感じた。
ここまで魔法を隠し持っていたのだと。
だが真実は全く異なる。
『能ある鷹は爪を隠す』
そのような言葉が日天の国で存在するがこれは、全く違う。
単純な話だ。
軌道を曲げた本人すら、状況を飲み込めていないのだから。
そもそも何をしたのかすら分からない、という点を鑑みれば、誰よりも理解が追いついていない。
「クソがっ!!」
皆の思考が止まったが、まだ戦闘中ということを忘れてはいけない。
一番最初に思考を切り替え動いたのは、ヴェイエに偽装した男。
その次にイルファルドと。
そのまま、ナイフを再び交えた。
[何が起こったのかは分からない。でも今は目の前の敵をどうにかしないと…!!]
出来事を振り返り、次に生かしたいがそうも言ってられない。
考える猶予を与えてくれる程、甘くはない。
そんな中で弓を構える男だけは違った。
弦は引かずに薄っすらと見えるイルファルドを観察する。
[ガキの空いた左腕は、確かに肩を庇おうとした。だが間に合う訳が無い]
前衛での戦闘に全て任せた弓使いの男は、ゆっくりと思考の欄列を開始した。
対人戦闘において、魔法とスキルは切り札であり、状況を変え得る可能性があるのが分かっているから。
[あの瞬間…俺の矢が左掌の横を通過したあの時…まるで弾かれたようだった]
魔法の効果に発動条件。
言動にイルファルドの表情。
全てを脳内のノートに書き記し、より確実な情報に。
適した答えに紐づける。
[まだ。確定するには…参考資料が足りないな]
先程、撃った狙撃ポイントから少し移動し、再び弦を引く。
さっきは肩。
今回は足。
次の一矢で魔法の詳細を絞り込む。
その地点から狙う事、数秒。
イルファルドが横一閃にナイフを振り抜いた時。
第三の矢が放たれた。
[さぁ…次の実験はその掌以外で使えるのか。見定めさせてもらうぞ]
全ては確実な勝利の為に逃げ道を一つずつ潰す。
いつもならこれで良かった。
残念ながら、ここで運が味方したのはイルファルド。
数秒前からここへ流れる風が強くなっていたのだ。
いつもならばそれに気づかない阿呆ではない。
しかし、弓使いの男もヴェイエに偽装した人物もイルファルドの魔法に注意が集中し、判断を見誤った。
結果、煙は薄れ、普段よりも見通しが良くなっていた。
次に運が味方した要因は、コンマ数秒程度に生まれた心の余裕。
ただの気まぐれ。
いや、もしかすると気まぐれなんて言葉にならない程、一瞬だった。
感覚はより研磨され、煙を切り裂く矢を知覚した。
「ふっ!!」
すると、足を捉えた矢は【フィア・ナイフ】により阻まれる事となる。
タイミングと環境。
全てがパズルのように繋がり、バロンの教えを成功させた。
「っ!!アニキ!!」
「どうやってここを…!!」
3つ目。
これが勝敗を決した。
この場所に不穏分子が現れたのだ。
「今すぐ撤収を…!!」
『遡上せよ天津風』
「「「!!!」」」
どこからともなく聞こえだした魔法の詠唱。
詠唱の始まりを表すその単語は、汎用魔法の詠唱文。
『我が手中に雄大たる風の恵みを与えたまえ』
『【テンペスト】』
世界中で使用される風の汎用魔法。
人の行きかう大きな街の教会で購入できる魔導書。
各属性に適性の有無があり、購入して使えるようになるか否かはその人次第。
もしも適性があるのならば、その魔法を習得し、いつでも使用することができる。
「この風…!!」
「初級魔法のくせに威力がいかれてやがる」
辺り一面にあった煙は、たちまち風により押し流される。
「この魔力…もしかして!?」
次に聞こえたのは3つの足音。
差し込む光と重なる様に1人の男が先陣を切った。
「まずは離れてもらおうか!!」
人技流 両手剣アーツ
【飛天】
「チィッ!!」
イルファルドが使用する訳ではないが、知識としてこの一週間、訓練で詰め込んだ。
そんな両手剣の横薙ぎ払いが、ヴェイエに偽装した人物を大きく後退させた。
「せっかくのチャンスを邪魔してくれたね」
アーツの直後にできる後隙。
モーションの代償。
そこを目掛け、四度目の弓矢を引くが、もう一つの魔力が戦場に介入した。
『【リュミエール】』
「っ!!」
無数に発射された光弾が男を襲う。
その内、数発は回避に成功するが矢は弾かれ、いくつかの光弾が男の肌を焼いた。
「まさかこんな街中でまーた面倒事に会うなんてな」
「ほんと。どういう巻き込まれ体質をしてるんだか」
「カインさん!!ヴェイエさん!!」
戦闘直後のイルファルドを庇う様に前へ出た2人。
「でも、運は良かったです。どうやら間に合ったようなので」
そこに一足遅れて現れたカルミリア。
すっかり煙は消え、数的有利も逆転した。
「おいおいヴェイエ。お前に筋骨隆々な兄弟が居たのかよ…あ…この場合姉妹か。」
「居る訳ないでしょ。それにあいつ男だし」
自分の顔をしながら身体だけは全くの別人。
てかマッチョ。
性別すら違う目の前の人物に、汚物を見るような目を向けるヴェイエ。
「まさかご本人登場とは。酒を飲んでいたんじゃないんですか?」
[こいつ…あそこから見ていたのか]
イルファルドへ語った酒の話は、ほとんど本当だった。
酒で酔っ払い寝てしまったカラス、という情報は全て噓だが、酒場へ寄りカラスの為に購入したのは事実。
「はぁ…いつから私達を見ていたか知らないけど、ストーカーならやめてくれます?」
「ストーカーとは失礼な。観察ですよ。観察」
分かってはいたがまともに話をしようとしない。
そのような会話を聞きながら、イルファルドは違和感を感じていた。
「もういいよ。それよりも気になるのはこの空間。かなり広範囲で幻惑魔法、もしくはその類の属性を領域として展開してるよね。そちらのお二人。どちらさんの?」
「はは。言わないに決まってるでしょ。あ☆た☆し!!」
「うぅっ…!!気持ち悪い!!」
ダメ元で探りを入れるも、帰ってくる答えは使えない情報ばかり。
[この人達。全然焦っていない。まだ何かあるのか?]
妙に余裕があり、何かを待っているようだ。
勿論、ヴェイエとカインもそれには気づいている。
その上で探りを入れたのだ。
「もういいや。やるよカイン」
「あぁ。イルファはここで休んでて」
「いえ。まだ大丈夫です。まだ…」
「あーあ。もう少し時間を稼いだらよかったのに。そしたら情報が何か出たかもよ」
ヴェイエを模倣した顔がだんだんとふやけるように皺を帯び、声も元の男性の声へと変わる。
[この声。どこかで]
イルファルドはそんな事を思いながら再び武器を構えた。
次の瞬間。
敵の2人は1枚の板を取り出した。
「ヴェイエ!!」
「分かってる!!」
カインは弓矢の男を。
ヴェイエは自分の偽物を狙う。
更に正確に言えば、2人の持つ板を狙ったが。
「それでは皆さん。また…どこかで」
板が光りだし、何かの信号を上げた。
「「「「っ!!!」」」」
そして、空からなにかが現れ、漆黒の風が敵2人を守る様に吹き荒れた。
それは魔法ではない。
それは召喚で生じた魔力の渦ではない。
ただの力。
純然たるパワーが起こした塵の嵐。
「なんだッ!!」
ほんの一瞬。
嵐の中から見えたのは、とても人とは思えない異形の腕。
奴の魔力量は、対面した僅かな時間で推し量れた。
【爵域】
この場に居る誰よりも強力で、荒々しく、邪悪な魔。
「ぐっ!!」
イルファルドはただ1人。
謎の痛みに悶えた。
胸の奥。
鼓動が早い。
熱い。
『ミツケタ』
「!!」
再び時間の流れが遅くなる。
イルファルドと異形の存在が目を互いに目を合わせた。
『そこに在ったのか』
自分ではない誰かが頭の中で喋っていた。
でも、その誰かはなぜか知っている。
思い出せない。
名前も何も。
にもかかわらず知っていたんだ。
『マタ アオウ』
片言な言葉で話す存在。
すると体感時間は加速し、元の流れへと戻ってゆく。
時間は5秒足らず。
目の前から敵は消えた。
「消えた…?」
「うん。一瞬だったけど転送魔法とかそこらの魔法陣が見えた」
「やられたな。まさかこんな隠し玉があるとは」
てっきり有利は逆転した物の思っていたが、それは間違い。
もしも【爵域】の何かがこの場で戦っていたらどうなっていたか分からない。
甘く見積もって【モルディル・キメラ】と同等。
ただでは済まなかった筈だ。
「さっきまで張り巡らされていた領域は、もうないよ」
「あのどちらかが使っていたことは、確定なんだがな」
[まさか…強盗事件とも関係があるのか…?]
あの魔法を使えば不可能ではない。
内側さえどうにかすれば、外側から音と景観を遮ることができる。
「まぁ特に大事が無くよかったです。イルファルド。その腕の傷、見せてください」
「は、はい!!皆さん、ありがとうございました!!」
カルミリアさんは慣れた手つきで包帯を巻き、僕にポーションを渡した。
幸い、表面の皮が断たれた程度な事もあり、ポーションを飲めば数分で完治する。
「大会前に大きな怪我を負わなくて良かった」
「不幸中の幸いだな」
「は、はは…」
こんなに巻き込まれる割には、どこか運がいい。
正直、運がいいならこんな事になっていないんだけど。
[でも。まだ僕で良かった。もしも抵抗できない人が襲われてたら]
敵の強さは中域程度だが、戦いの経験が無い者ならどうなるかなんて明々白々。
「オイ コンナバショデ ナニシテル」
その声はこれまた片言なカラスさん。
つい先程の存在と似ているようで違うその喋り方と口調。
きっと今まで空を旋回しながら周りを確認していたのだろう。
「ワスレタノカ ユックリシテル ヒマハナイゾ」
「「「あ」」」
僕以外の3人が思い出したように呟いた。
「え?な、なにが…」
「イルファ。急げ…」
「急…ぐ?」
「数分前、街全体にお知らせがあったんだよ」
ちょうど音が遮断され、イルファルドは聞きそびれた重大な情報。
「【グラン・コンバット】の選手。至急、集まれだって」
ぐあんこんばっお…ぐらんこんばっと…
「ええええええええええええええ!?!?」
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次回 静けさ
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最後まで読んでいただきありがとうございます。
世界観解説はございませんが、少し本編の補足を致します。
【グラン・コンバット】のお知らせに関して、街中に設置されているスピーカーで放送されましたが、音の遮断でイルファルドには届かなかったということですね
ちなみにスピーカーは神時代に作られており、今でもその頃の技術を使用した機械が存在しています。
このようにこれからも補足がありましたら、あとがきで書かせてもらいます。
そして、ここからは謝罪となります。
単刀直入に。
遅くなりました。
すみませんでした!!
かなりえぐい寝落ちをしてしまい…
とてもぐっすりでした。
重ねて申し訳ございません。
次回の更新頻度も同じです。
誤字、脱字など気兼ねなくご報告ください。
またブックマークやフォローなどとても励みになります。
何卒!!
それではまた!!




