第一章 第十九話 狂気の猟犬
少ない魔力と【第一席】のない僕がたった一人で目の前の怪物にできることは、無いに等しい。
勢い良く切り込んだ所で結果は、【モルディル・キメラ】の時と同じ結末を辿る。
あの時のような奇跡が幾度も起こると思うな。
経験値を活かせ。
「ヴェイエはイルファの援護を頼む!!」
「あなたの援護は?」
「不要」
前衛にカイン、中衛にイルファルド、後衛にヴェイエ。
皆が【パラフロス・ハウンド】に向かって走る中、カインは身体強化を全身に最大限巡らせ一気にイルファルド達と距離を離した。
【パラフロス・ハウンド】の目の前に辿り着こうと止まらず、更に真下を駆け抜けて行く。
「よし。ここでいいか」
ようやく歩みを止めた場所は、【パラフロス・ハウンド】の背後。
イルファルド達の反対側である。
「あそこまで堂々と真下を通って行ったんだ。無視はできないよな!!」
2匹とも振り返った瞬間だった。
両手剣を握り締め、右側の【パラフロス・ハウンド】の頭が下に沈む程の威力を籠めた縦斬りを叩き込んだ。
致命傷とまでは行かずとも注意を引くには、十分すぎる威力。
事実この場に居た全ての生物が、その光景に引き付けられた。
『【ホーンヘイム】』
「やああっっ!!」
敵視を取った直後には、息を合わせたイルファルドとヴェイエの追撃が入る。
「グルルッ!!」
「おいおい。まだ構っていないからって…そっち…向くなよな」
当然攻撃も邪魔も受けていない左側の個体は、敵視が分散するが直ぐにカインが割った入った。
そして今度は大きな横薙ぎ払いで前足を叩き、姿勢を崩した。
当然【パラフロス・ハウンド】は、2匹とも激昂するが全てカインの思惑通り。
イルファルドとヴェイエに敵視を向かせない。
タンクを担う者として、基礎中の基礎である敵視管理をしているだけ。
天空大陸で疑似的なタンクとしてイルファルド達を支えた、ニャシミアとは似ても似つかない明確な違いがある。
それは動きである。
常に自分がモンスターの視界の中心になる様にコントロールし、その上で身体の動作を大きく、尚且つ目立つように構え続ける。
攻撃は無視できず、脅威だと認識させる。
スピードが主軸であったニャシミアには、真似ができないのだ。
「これがカインさんの本気…!!」
本気のカインさんを見るのは初めてだ。
そしてその強さは、魔力という表向きな強さだけではない、ということに今更気づいた。
技術、思考、経験その全てがバランス良く、僕が今以上に成長するにあたって参考にできる箇所だらけ。
「はああああっっ!!」
一気に距離を詰めて斬り込む魔翔閃で、イルファルドは再び攻撃を仕掛けた。
決して傷は大きくはない。
しかし斬れる。
攻撃が通用する。
僅かに【パラフロス・ハウンド】の視線がこちらに向くが、それはカインさんが許さない。
「イルファ!!後ろに飛んで!!」
その言葉が何を意図しているのか分からない。
だが僕はヴェイエさんの言葉を信じる。
『【テラ】』
後方へ飛ぶと足元の地面が隆起し、僕を高く打ち上げた。
その高さは、洞窟内ギリギリ。
残り数cm高ければ身体をぶつけていただろう。
しかし同時に何をすべきか、ヴェイエさんの意志が伝わった。
「ッッ!!」
自由に動かせる左腕に魔力を巡らせ、そして押し出す。
「行って…!!」
速度は本来の落下スピードよりも増し、その分威力が上乗せされる。
この勢いを纏った一撃なら必殺に成り、【パラフロス・ハウンド】にとっての致命傷を成る。
両手で【フィア・ブリンガー】握り、左側の個体を狙った。
「ああああああああっっ!!!」
横薙ぎの一閃。
落下の勢いをそのままに魔臓を斬り裂いた。
「残り…1匹!!」
「畳みかけるぞ!!」
決して自惚れてはいけない。
でもこのパーティーは強い。
状況はこちらが押している。勢いを手放すな。
「ガルルッ!!」
【パラフロス・ハウンド】は、確かに怯えていた。
戦闘が始まり僅かな時間で孤立してしまったのだから無理はない。
既に先程までの攻撃性は感じられず、距離も取っている。
行動が慎重になったのだ。
「2人共!!さっきのはもう警戒されてる!!」
「はい!!攻め方を変えましょう!!」
僕とカインさんは左右に別れ、【パラフロス・ハウンド】を囲むように展開した。
この状況で僕に敵視が映ったら一巻の終わり。
この良い流れを手放すことになる。それだけは絶対にダメだ。
「行ったぞ!!」
ただの突進。
しかし僕にとっては、致命的な攻撃でしかない。
既に【パラフロス・ハウンド】にとっての最大警戒対象は僕。
原因はあの止めの一撃。
もうカインさんが敵視を取るのは、難しいだろう。
理論ではなく直感がそう言っている。
ヴェイエさんの魔法に頼るな。
今考えるべきなのは…
「…ひ…か…ひ…」
「ガルアアアアア!!」
「回避…!!」
僅かに服が掠る程、ギリギリで回避したイルファルド。
身体を捻じることにより、回避距離を伸ばしたのだ。
ただ一つ、背中を見せた行動以外は完璧であった。
[何とか…これで難は過ぎ去った]
そんなイルファルドの思考。
今までの経験では確かにそうだった。
だが脳裏に過ったのは別の答え。
「っっ!!」
「ヴェイエ!!」
【パラフロス・ハウンド】は、既に攻撃態勢に移っている。
イルファルドは背中を見せ、反応することはできない。
身を守るには、ヴェイエの守護魔法しかない。
杖を突きだし、魔法の名を言葉に出そうとしたその時。
「ッッ!!」
この時【パラフロス・ハウンド】は確かに驚愕していたと思う。
だって僕自身も驚いたんだから。
「あそこから…」
「避けた…いや。受け流した…?」
完璧なタイミングで完璧なパリィ。
僕は背後から来る攻撃を【フィア・ブリンガー】で受け流した。
[今の感覚はなんだ…?]
自分の中で疑問が浮かび上がる。
だが今は答えを出す時ではない。
「追撃を!!」
僕の隙に飛び込んだ結果、【パラフロス・ハウンド】は確かに姿勢を崩した。
「調子がいいな!?俺も負けてられない!!」
「カインはそのまま進んで!!」
イルファルドの活躍は、ヴェイエとカインを奮い立たせる薪となる。
『震えろ熱よ 荒れ狂え轟炎 照らす我が身は炎王に拝命せす』
今までの無詠唱魔法とは物が違う。
桁違いな魔力と鋭い熱気がヴェイエの全身から溢れ出す。
攻撃の段階は引き上げられ、より巨大な火球へと昇り詰める。
しかしそれだけではない。
大きさを調整しているのだ。
「全く。粒ぞろいかよ」
巨大な火球を見てカインがそんな言葉を漏らした。
あの規模になると下手をすれば味方を巻き込んでしまい、酸素も大量に消費する。
だがここで連携が機能していたのだ。
既にイルファルドは【パラフロス・ハウンド】から離れ、ヴェイエの魔法範囲から出ている。
だからこそヴェイエは迷わなかった。
『【ホーンヘイム】』
打ち出される火球は、カインの頭上を過ぎ去っていき、洞窟内を照らした。
この魔法は必ず命中する。
それを理解したカインは、攻撃の準備に移る。
魔法は使わずとも止めとなる絶対的な一撃を。
「フッッ!!!」
ドオオオオン!!!
洞窟内を大きく揺らす威力を持った火球が【パラフロス・ハウンド】に直撃した。
「熱がここまで…!!」
パリィをしてから大きく引いた筈なのだがそれでも伝わる熱風。
セシルを近くで見てきたイルファルドに、魔力コントロールではヴェイエの方が上だと確信させた。
しかしこれでは、まだ終わらない。
魔臓までは届いていないのだ。
だからこそ最後の一撃が必要だ。
高域の身体強化で炎の壁を突き破り、上段に構えたカインの一撃を必要としている。
「ありがとよ!!2人共!!」
同じ騎士ではないが、信頼のできる戦友であるとカインは認めた。
「おおおおおおおおおっっ!!!」
人技流 両手剣アーツ
【天割】
僅かな時間ではあるが音よりも早く剣を振りかざした。
直後炎に包まれながら立ち込める光の霧が、戦いは終わったのだと知らせているようだった。
「僕達の勝ちだ…!!」
少しは成長できたのだろうか。
それは分からない。
だが今回は【モルディル・キメラ】の時とは違い被害はない。
完全勝利といってもいいだろう。
ヴェイエさんとカインさんが居たからできた。
まだ何も終わったわけではないが、今だけはこの勝利を噛みしめたい。
「正直びっくりした」
僕に話しかけてきたのは、ヴェイエさんだった。
彼女は僕にポーションを私に来たのだ。
「私の魔法が無くとも背後からの攻撃に反応するなんて」
イルファルドの背後を取った【パラフロス・ハウンド】の追撃に、ヴェイエも反応していた。
だからこそ【アニマ・ヴェール】を展開する気だったのだが、それよりも先に動きどころか完璧なパリィまでしてみせた。
「僕も咄嗟な事で上手く言葉にできないんですよね」
強いて言えば後ろに目が付いていたような、感覚であった。
予測などではない。
背後の出来事で見えなかった筈なのに確かに見えたんだ。
【パラフロス・ハウンド】の動き出し。
ブレた前足が。
「本当に凄かったぞ。あんなのアリシア様以外に見たことが無い」
カインさんは最後に「あ。お疲れ様」と付け加え、地面に腰を下ろした。
「この国のお姫様が…?」
「ああ。俺は聖域以上の人を何人か見たことあるが、あんな動きをする奴がアリシア様以外に、しかもこんな場所で会うとはな。かなり珍しい技術…だろうな」
魔力総量では天と地の差だ。
だからこそカインはあの動きを技術なのだと推測した。
「おかげで思いの外、楽だった。ありがとうな」
「私もありがと。あの瞬間【アニマ・ヴェール】を展開してたらあそこまで魔力を練れなかった」
「そ、そんな!!こちらこそありがとうございました!!ヴェイエさんとカインさんが居たからできたんだと思います!!」
「ははっ!!そう言って貰えて嬉しいな」
僕の勝利ではない。
これはパーティーの勝利だ。
それだけは忘れちゃいけない。
「ふぅ。この先…もう山賊は少なそうですね」
一息ついた後僕は洞窟の奥を見つめた。
「あぁ。あの犬っころが山賊を食い殺していたのを見ると手薄と考えていい」
そうなると気になるのは反対側の通路。
コープスがどういった動きを取っているのかが重要。
「体力が回復次第、先に進もう」
時間が惜しいのは変わらない。
そんな中カインは、違和感を感じていた。
[状況は決して悪くない。その筈なのにどこか不安が拭えない自分が居る。ハクア村で感じたコープスという男の違和感。それに道中での山賊の動きにもどこか…]
カインは仲間であるシェル達を信頼している。
だからこそ彼らが負けるなど微塵も思っていないのだが。
「カインさん。もう大丈夫です。行けます!!」
「わかった。行こう」
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辿り着いた洞窟の最奥は、やや広がる程度で道中とそこまでの変化はない普通のホール。
松明による明かりがやや多く、山賊の物資も僅か。
とてもハクア村を襲った山賊の全てが居るとは思えない。
「戦力の分散…?」
「多分ね」
万が一に備え、被害を最小にするためだろう。
「大滝付近に潜伏していた山賊とは、別々の拠点ということか」
物資も戦力も必要最低限。
奇襲が成功した現状ではありがたい。
とはいえ襲撃の報は、ここの山賊以外にも届いている筈。
出口を囲まれるのは本望ではない。
「おい…なんだよ…これ…」
カインさんは不可解な物を見るように足を止めた。
その視界の先、ホールの壁には靴だけが最初目に入った。
靴が二足分。
しかし直ぐに異変に気付く。
「っっ…!!死体…!?」
白目を向き、鼻からは血が流れ、口からは赤く染まった泡を吹き出している。
その光景イルファルドは、一瞬吐き気を催した。
「これ…何があったんだ…?」
「外傷が不自然なまでに無いわね。あの犬が原因では無い…と見ていい」
傷は一切見当たらない。
ならばシェル達でもなければ【パラフロス・ハウンド】でもない。
「毒殺かしら?」
「だとしたら目的は分からない。俺達は毒なんて持っていないんだからな」
まだ何かがある。
そう思わせるには十分すぎた。
するとその時、ゴォン、という鈍い金属音がイルファルド達の耳に届いた。
ホールの右側。
音が反響している為、距離は推測できないが何かが居る。
「金属音?とても戦闘中の音では無さそうだけど」
「行きましょう!!」
「急ごう」
留まる理由は特にない。
「この魔力…!!カルミリアだ」
「ということは…この先に」
同じ【プランセル・オーダー】としてカインは、カルミリアの魔力だと確信した。
更に通路を進めば進むほど音は大きくなり、イルファルドも気配を感じる程度に近づいた頃、向こうもこちらに気づいたのだろう。
「カイン!?カインなの!?」
その声はもう目の前。
明かりだって見える。
「カルミリア!!」
ようやく辿り着いたそこには、牢屋に閉じ込められているカルミリア。
だが状況が決して良くないのは直ぐに分かった。
「ミネア!!」
カルミリアの後ろには、顔色が悪く意識が無いミネアが居た。
苦しそうな息遣いは、イルファルドに焦りを生じさせる。
「少し下がってくれ。無理やりこじ開ける!!」
高域の前では、ただの鉄でできた牢屋など破壊するのは容易い。
カインは【穿牙の大剣】を振りかぶり、牢屋の扉部分を吹き飛ばした。
「これって…魔力酔いの影響…」
「うん。コープスのせい」
体温の上昇。
高次元な魔力に耐えられないミネアは、その影響を諸に喰らってしまった。
このまま放置するわけにはいかない。
未だ幼いミネアには命に関わる。
「急いで脱出しましょう!!」
「カルミリアはミネアを頼む…!!」
1秒たりとも無駄にできない。
シェル達と合流をしたかったが今は、彼らを信じて安全な場所まで避難させる。
そう思っていたのだが、そんなイルファルド達の策を悉く邪魔するように再び洞窟内に爆発音が響く。
しかも今回はシェル達の通路ではない。
「道が塞がれた…!?」
まるで照らし合わせたような完璧なタイミング。
通路は崩れた天井によりとても進める状態ではない。
この状況はまるで、もう一つの通路に何者かが招待しているようだった。
「行くしかないな」
洞窟の爆破が意図した物だとしたら。
嫌な想像してしまう。
[俺達を迎え撃つ準備が出来てるのか…?]
ならばシェル達はどうなった?
カインの額に一筋の汗が流れた。
辿り着いたそこは、崩落した痕。
イルファルド達の通路同様、岩の壁が道を大きく塞いでいる。
ただ一つだけ違いがあった。
「隙間がある」
人一人が通れる幅を持った入り口がある。
嫌な悪寒が消えない。
僕の全身が僅かに震えている。
それでも進むしかない。
「イルファ!!」
カイン、ヴェイエ、カルミリアよりも早く歩みを進めたのはイルファルドだった。
中に入るとそこそこ広い空間。
それと中央にあった一つの影。
「ミリアーデ!!クデアァ!!シェルゥ!!」
カルミリアの悲痛な叫びと共に、パチッパチッ!!と拍手のような音と同時に視界に端に見えた倒れている3つの影。
「おめでとう。ここがボスルームだぁ…ってか?」
忘れない。
ハクア村での記憶が蘇る。
「コープス…!!」
「おお!!冒険者くん!!よぉおく!!覚えていたね!!」
コープスは両手剣をぐるぐると回し、最後に肩へ担いだ。
「いらっしゃぁい!!」
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次回 山賊長コープス
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あとがき
最後まで読んでいただきありがとうございます。
今回の世界観解説はありません。
前回の更新から僅かに間が空いてしまい申し訳ございません。
次回は3~4日で出せるように致します。
それでは今回も誤字、脱字など気兼ねなくご報告ください。
またブックマークやフォローなどとても励みになります。
何卒お願いします。
それでは失礼します。




