31話 ライオネル・バロンクルス
モチベどこ?ここ?
「以上が俺達の立てた作戦だ。皆、質問はあるか?」
「いえありません。僕が『剣聖』をハデスさん達が潜む待ち伏せ場所まで誘導して、『罠』を発動させる。それと同時に僕やハデスさん達が一斉に襲い掛かる…… 単純明快で分かり易い良い作戦です。これで彼奴を殺せる……!」
「私からも特に質問はありません。私達の戦力値から見て役割分担も妥当かと」
「妾も無い」
夜の帳が降りた闇の世界の片隅。そんな寂しい世界の一角にある自由職業別組合組員向けに建てられた安価な宿の一室で、俺達は顔を見合わせる。天井から吊り下げられた発光鉱石式の照明が頼りなく弱々しい光で真下に居る顔を俺達を照らし出す。その光はまるでお天道様に顔向け出来ない外道な計画を立てている俺達を戒める様に、良心に訴える様に、優しくか細く降り注いでいる。
だが今更良心の呵責なんてモノは感じない。そんなモノはあの時、あの瞬間に捨て去ったから。俺にあるのは復讐心と怒りのみ。
だから俺は満面の笑みを顔に貼り付けながら、机を囲み此方へ顔を向けるベルゼ、ディーネ。そして新たに復讐の共犯者となった新米自由職業別組合組員のフェイルに声を掛ける。
今回の復讐の標的『剣聖』に恨みを抱く新たな共犯者が加わった事で、俺は1から今回の作戦と変更点を説明する事となった。
作戦は実にシンプル。
予め待ち伏せ場所に罠を仕掛け、そこに『剣聖』を誘導する。そして罠の発動と共に奇襲するといった内容だ。
本来なら『剣聖』を待ち伏せ場所まで誘導する役は、『剣聖』と顔見知りで因縁を持ち動機は充分、かつ不測の事態にも対応出来るだろう戦闘力を持つディーネに任せようかとも思っていたが、フェイルが作戦に乗った事で俺は様々な条件を吟味し、作戦を変更。この誘導役をフェイルに任せる事にした。
仮に誘導役をディーネのままにした場合、罠が作動すれば『剣聖』の視界内に居るディーネが真っ先に警戒される事は明白。『剣聖』はディーネと戦い勝ったとはいえ、その戦闘力の高さを知っているからだ。
如何に優れた攻撃力を持つディーネといえど、警戒されれば満足な攻撃は繰り出せず、下手をすれば防戦一方になるだろう。そうなってしまうと、ディーネの利点である高い攻撃力をフルで活かせない。
が、昨日の時点ではディーネに誘導役を任せる他なかった。
ベルゼに誘導役を任せる案も考えはしたが、ベルゼは接近戦闘はからっきし。魔法を使う事で輝く存在である。『剣聖』の視界内で、しかも相対距離が2〜3m位となるだろう至近距離では、詠唱を必要とする魔法を迅速に発動させ攻撃する事は難しい。
まず間違いなく詠唱を終わらせる前に『剣聖』の斬撃が飛んでくる。ろくな対人戦の経験も無く、加えて防御力が低い今のベルゼでは荷が重すぎると判断した。
俺が誘導役になるのは論外だ。待ち伏せ場所へと誘導する前に素性がバレる可能性が高く、そうなってしまうと作戦が意味を成さない。
今回の作戦は低レベルな俺達が『剣聖』に勝つ為に計画したモノだから、罠まで誘導出来なかった時点で作戦は失敗。俺は2度目の死を迎える事になるだろう。
といった理由で、俺は消去法でディーネに誘導役を任せようと考えていたのだが、今日フェイルという駒が手に入った。
フェイルが誘導役になれば、ディーネは警戒される事なく無警戒な『剣聖』の背中に一撃を叩き込む事が出来るだろうし、ベルゼも離れた所から安全に魔法で攻撃できるだろう。
『剣聖』がフェイルの相棒を……ルイーナを殺したのが事実なら、動機としても充分だ。ルイーナの敵討ちだ、決闘を申し込む。とでも言って、罠のある場所まで誘き出す事も容易。『剣聖』はプライドが高いから売られた喧嘩は必ず買う筈だ。誘導役にうってつけである。
つまり最も危険な誘導役をフェイルに押し付ける形になった訳だが、それは大した問題では無い。フェイルはこの役割を与える為に引き入れたにすぎないのだから。
当のフェイルは『剣聖』に一矢報いる事が出来るなら、己の身はおろか命まで惜しく無いと公言しているので、仮に死んだとしても本望だろう。
「じゃが……ハデスよ。此奴に誘導役が務まるかの」
「あ?どういう意味だ」
「此奴が『剣聖』を待ち伏せ場所まで誘導出来たとしてもじゃ、罠が発動する前に異変を察知した『剣聖』が此奴に斬り掛かれば、その時点で作戦は失敗したも同義。少なくとも此奴には待ち伏せ場所まで『剣聖』を誘導し、罠が発動するまで注意を引いておいて貰わねばならないが、罠の発動まで数秒の猶予があるのじゃろう?『剣聖』ならばその数秒で此奴を殺し、罠の効果範囲から逃れる事が出来る……とは思わぬか」
「つまりディーネさんは罠が発動する前にフェイルさんが殺され、罠が空振りに終わって奇襲が失敗するかも知れないと危惧している。そういう事ですね」
「うむ。今回の作戦の成否は此奴が罠が発動するまで、罠の効果範囲に『剣聖』を留まらせておけるのか否かにかかっておる訳じゃからな」
そんなこんなで今回の作戦内容の説明も終わりひと段落ついた時、ディーネがポツリと呟いた。
ディーネはフェイルが罠の発動まで、『剣聖』を罠の効果範囲に留まらせておく事が出来るのか不安に思っているらしい。
確かにディーネが言った様に、俺がミラの武具工房で罠を購入した際、罠の脇に置かれていた札には罠の効果だけでなく発動するまで数秒かかるとの注意書きが書かれていた。
『コボルト』程度に苦戦する様なフェイルでは、異変を感じた『剣聖』によりその数秒で殺され、罠の効果範囲から逃げられるかも知れない。というディーネの危惧は理解出来る。むしろ今のままではそれが現実となる可能性の方が高いだろう。
「なるほど。ちなみにフェイル、お前今のレベルは?」
「え、えっと『23』……です」
「ひっくいのぉ。『コボルト』に苦戦するのも納得じゃ」
「う、すみません……」
「ディーネさん!フェイルさん余り気にしないでください。彼女は口が悪いので」
「……はい、お気遣いありがとうございますベルゼさん」
たかが数秒。されど数秒だ。少なくともフェイルと『剣聖』のレベル差を考えれば、仮にフェイルが攻撃を受けた際瞬殺されるのはまず間違いない。件の加護が効果を発揮したとしても戦闘不能は避けられない。
だが解決策はある。要は罠が発動するまで、フェイルを死なせなければいい訳だ。
丁度おあつらえ向きの良い物を俺は持っているしな。
「ふっ、安心しな。俺が手っ取り早く強くしてやる」
「え?」
「さーて、まさかコレも使う事になるなんてな。ホレ、お前はコレを使え」
「こ、これは!?ファブロさんの武具じゃないですか!魔王を打ち倒した武具を作りし名工!こんな高価な物を貸してくださるんですか!」
「あぁ。もう手に入らない代物だ。大切に扱えよ?」
「はい!分かりました。ありがとうございます!大切に使います!」
俺の発言に頭上にハテナマークを浮かべるフェイルを他所に、『恒久の皮袋』をゴソゴソと漁りる。そしてお目当ての物を探し当てた俺は、異次元空間から其れ等を取り出し机に積み上げた。机に所狭しと置かれたのは煌びやかな剣や鎧。
その光沢は明らかに街角で売られている粗悪品とは格が違う事を示している。
それも当然。この剣や鎧は魔王アスラゴートを倒した鍛治職人、ファブロが生み出し、これ見よがしに執務室に飾っていた『神話級』に匹敵する武具達だから。
俺はファブロの追放が決まるあの裁判の直前、忍び込んだファブロの執務室に飾られていたこれ等の武具を根こそぎ拝借していたのだ。
何かの役に立つだろうと奪っておいて正解だった。
最も現時点でのフェイルではその性能を100%発揮するのは厳しいだろうが、それでもそこら辺で売られている粗末な武具を装備するよりかは良い。
貸してやる事にした鎧は防御力が高いので、仮に異変を察した『剣聖』の先制攻撃を喰らってもあっさり戦闘不能にはならない筈だ。そうなれば『剣聖』は驚愕するだろう。
先日軽くあしらった雑魚が自分の一撃で死なないのだ。自他共に強者と認める奴は驚き、その驚きは動揺となって隙を生む。その隙が狙い目。隙を見せている間に罠が完全に発動したら、後は本来の予定通り俺やディーネ、ベルゼが総がかりで『剣聖』を殺す。誘導役さえこなしてくれれば、フェイルがその後どうなろうと知った事ではない。
という俺の打算を知る由もない哀れで憐れな子羊は、親しい相棒を辱め亡き者にした『剣聖』に一矢報いる力を得たと無邪気に喜ぶ。
ディーネは半ば狂気に駆り立てられる子羊を冷めた瞳で見つめ、ベルゼに至ってはその顔を見ようとすらしなかった。
「どうだディーネ。これで安心出来たか」
「ふん、まぁな」
「んじゃこれで残す課題は罠の設置だけだな。休んだら罠を設置しに行く。そして決行は……明後日だ。いいな」
「かしこまりましたハデス様」
「うむ」
「は、はい!」
こうして作戦の打ち合わせを終えた俺達は、明日に備えて一休みする事にした。
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「ん……」
打ち合わせを終えてから数時間後、俺はベッドの上で目を覚ました。
一休みのつもりがすっかり爆睡していたらしい。窓の外は白い靄と微かな光で包まれている。すっかり朝になっていた。と言っても、まだまだ早朝らしく宿の外に人影は見受けられない。
「フェイル寝不足か。血色が悪いぞ」
「あ、おはようございますハデスさん。いえその……」
寝ぼけ眼を擦り粗末なベッドから起き上がると、一足先に起きていたらしいフェイルが眉間にシワを寄せつつ外の景色を眺めているのに気が付いた。
ちなみにベルゼとディーネは隣の部屋に泊まっている。この部屋にはベッドが2つしかなく、一昨日の時点で頑なにベッドを譲らないディーネと、部屋に1脚だけ置かれていた2人掛けソファーで寝ようとしていた俺へ逆にベッドを譲ろうとするベルゼで一悶着あった。
最終的にはレディーファースト精神でベルゼを半ば無理矢理ベッドで寝かせ、俺はソファーで寝たのだが、そこにフェイルが加わった事で『2部屋借りた方が合理的だ』という結論に至った訳だ。
部屋割りについては良い機会なので、犬猿の仲一歩手前なベルゼとディーネが互いの言動に多少の事ではイラ付かない様にする為にと、修行的な意味を込めて同室にさせてみた。
現時点まで怒号の類は聞こえないから問題はないと見て良いだろう。
余談だが、今ではレディーファーストと言えば男が女に接する際のマナー、気遣いという認識だが、以前は上流階級の淑女がとるべき行動やマナーを示す言葉だったという一説がある。
更に言えば、その時代の権力者である男が暗殺や毒殺から身を守る盾代わりとして、女を先に歩かせたり、食事を先に食べさせたりしていた事もあった様だ。
レディーファーストという言葉が出来た時代は、女性の地位が低く、『お前盾な。お前は俺の身代わりなんだから命をかけて俺を守れ』といった、今日まで続くマナーとは真逆の意味で使われる時代も存在していた……らしい。いや本当の所どうなのかは知らねぇけど。
兎も角。今回で言えば、俺の行いは完全に気遣いの方のレディーファーストだ。
話を戻して……
昨日の狂気に駆り立てられた表情とは打って変わり、今のフェイルの表情は弱々しく心なしが青ざめて見えた。
「怖気付いた訳じゃないんですが……これから殺したいくらい憎い奴とは言え、魔獣でも獣でもなく人を殺すんだって考えたら昨日は余り眠れなくて」
風の音に掻き消されそうな覇気のないフェイルの呟き。その呟きを聞き、やはり此奴と俺は立場も覚悟も違うのだと悟る。
以下にルイーナの仇を取ると意気込むフェイルであっても、まともな人生を歩んで来た此奴には人を殺す経験も度胸も、ましてや人を殺そうと考えた事もなかったのだろう。
だから一夜を経た事で心が落ち着き、こらから己が行う行動の罪深さを改めて認識して良心の呵責を感じている。といった様子だ。
それ自体はなんらおかしくない。それが『普通の人間』だから。『普通の人間』が生まれながらにして持つ感情。理性。心だから。
人は人を殺す事を本能で嫌う。人を殺したいと願う事は多々あれど実行に移す者は少ない。
勇気が出ないから?違う。勇気が無くとも人を殺せる方法は山程ある。そう、例えば紅茶に砂糖を入れるかの様に、飲み物に毒物を入ればそれだけで事足りる。そういった行為を生業としている者に金を積めば簡単に済む。
『勇気が出ないから』というのは、心がその行動を否定したからに他ならない。
良心が痛むから?違う。良心の叱咤に耐えれるか否か、罪悪感を背負えるか否かを己に問う時点で違う。人を殺すという行為を完遂するならば、全ての責め苦に耐え、己の齎らした結果とそれに伴う結末を背負う覚悟があって然るべきなのだ。
『良心が痛むから』というのは、その覚悟がないからに他ならない。
殺人を犯せば罰せられるから?違う。罰が罰としてしっかりと機能していれば、世界から罪は消える。それでも罪が、人が人を殺すという行為が無くならないのは、罪を、殺人を犯そうとする人、犯した人にとって己に与えられる罰を考えるというのは些末な事だから。そう考える程に心が高ぶっているからだ。
『殺人を犯せば罰せられるから』というのは、理性を一時的に放棄し覚悟を決めた人の前では意味をなさない。
つまる所、人が人を殺す事を躊躇うのは人間の胸の奥底には目に見えない『心』そして『理性』という名の壁があり、その壁が罪を殺人を犯そうとする心の高ぶりを鎮めようと押し潰してくるから。
だが、ある『3つの力』が有ればその壁はあっさりと打ち砕ける。それは『その人を殺すに足る理由』『全ての結末を受け入れる覚悟』そして『殺したい程の心の高ぶり』それだけだ。
人を殺すと考えるまでに至った理由の根元は恨みか怨嗟か嫉妬か絶望か。人其々異なるが、絶対的に同じなのは、人を殺すにはこの3つの力が揃えばそれだけでもう充分なのだ。
人が殺人を決意し計画し準備し、実行に移す。この過程には並み外れた決意……先に上げた3つの力が必要になる。
この3つの力の前では、『殺人を犯してはいけない』という心の、理性の壁は薄いガラス程度の無力で儚くて脆いモノでしかない。
フェイルには『その人を殺すに足る理由』が有るが、今は『全ての結末を受け入れる覚悟』も『殺したい程の心の高ぶり』も減衰していた。
「そうか」
人は心で感じ、理性に囚われ生きている。それは人間全てに当てはまる絶対にして神聖なモノ。言い換えるなら、人を殺すに至らしめるのは
『心』
相手を殺したくて殺したくて殺したくて死んでしまいそうになるくらいに高ぶった感情が、心が行き着く先が殺人という結末。
人は、心を殺されれば人を殺す事を躊躇わない。
心の壁は、今の俺には無い。存在しない。
俺はあの瞬間、人間らしい感情や心と呼ばれるモノを殺され、微かに残った残骸さえも自ら捨てたから。俺の望みを叶える為には不要なモノだったから。
しかし……
「……なら逃げても良いぞ」
「え」
今の俺には、フェイルの葛藤が普通の人間臭くて眩しくて、思わず目を逸らしてしまう。
「その代わり計画を知ったお前も死ぬ事になるがな。俺は別に良いんだぜ?もとより『剣聖』は俺達3人で殺すつもりだったんだからな」
「に、逃げませんよ!僕にとっては最初で最後のチャンスかも知れないんです。此処で逃げたらルイーナの仇が……」
「なら良い。余計な事は考えず『剣聖』の土手っ腹にその剣を突き刺す事だけ考えてろ」
「ハデスさん……貴方に罪の意識は無いんですか」
この感情は後悔?良心の呵責?
バカか俺は!心を殺された俺が今更そんなモノを感じてどうする!そんなモノ捨て去った筈だろ!
賽は投げられた!!
ファブロを殺したあの瞬間から!
否!観衆から湧き上がる死ね殺せの大合唱を一身に浴び、彼奴等に裏切られたのだと悟りながらこの身を槍で貫かれたあの瞬間から!
そうさ、覚悟を決めたろ?彼奴等を絶対に殺してやるって。なぁそうだろう?だから笑え。笑え。笑え。
絶望して嘆いて悲しんで恨んで怨んで、果ては殺したくて殺したくて殺したくて殺したくて殺したくて殺したくて殺したくて殺したくて殺したくて殺したくて殺したくて殺したくてコロシタクテコロシタクテコロシタクテ仕方ナクテ、心ノ底カラ憎ンダ彼奴ヲ、彼奴等ノ1人ヲ殺セルンダカラ。
「はは、何だそれ食い物か?今度ご馳走してくれよ。ははっ!あはははは!」
「っ……」
上擦った声を発する俺の顔をフェイルが見つめる。だがら俺は笑った。フェイルの顔が強張り、恐怖に引き攣ったのが見て取れた。
お前はそのままでいい。そのまま普通の感情と普通の心を持った『普通の人間』でいれば。
朝靄に包まれた街はまだ静かだが、人々は闇の時間が終わった事を本能で察し、今日という光の時間を迎える為に目を覚ますだろう。
そんな静まり返った街角の一室に、俺の高笑いの声が暫く響いていた。
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「ガキ。今日から俺達がお前の家族だ」
「ガキじゃないわ。今からこの子は……ライオネル。ライオネルよ」
「『獅子』か。こんな貧相なガキにゃ勿体ねぇ名前だな」
「ダハハ!ちげぇねぇ!」
「おいライオネル、この名前大切にしろよ」
「名前に見合う男になるんだぞ」
「ふっ……改めてライオネル。お前は俺達の家族だ。いいな」
「……分かった」
俺は気が付いたら地獄に居た。
粗暴な奴等に囲まれ、怒号と罵声そして血と臓物で彩られた赤黒く吐き気がする世界。それが俺の知る世界。血で繋がった両親は居ない。側に居るのは獣の様な風貌の男達と、綺麗に化粧をし扇情的な服で着飾った女達。そんな世界で俺は育った。
どうやら物心が付くか付かないかの年齢の時、俺は親に捨てられた様だ。
そんな俺を育ててくれたのが、真っ当とは真逆な仕事……血の気の多い荒くれ共を纏め、そこそこ名の知れた傭兵団を率いるオヤジだった。いや、正確に言えばオヤジではなく、オヤジの寵愛を受ける傭兵団専属の娼婦が俺を拾い、オヤジに俺を育てる許可を貰った……が正しい。
俺に肉親は居ないが家族は大勢いた。傭兵団に所属する奴等だ。間抜けで下劣で獣の様で……腹いせに殴られ蹴られ罵倒されたりもしたが、彼奴等は俺の家族だった。
もし拾われたのが普通の家ならば今の俺は無いだろう。
裕福とは無縁で規律の厳しい生活。自分を鍛え続ける安寧とは程遠い日々。それでも捨て駒にされなかっただけ上等だし、ある目的があった俺には、こんな生活も何ら苦ではなかった。その日々が今の俺を形作っている。
厳しくも暖かみのある愛すべき間抜け共。それが俺の家族だった。
そんな俺の家族の仕事内容は単純明快。目の前の人間を、獣を殺す事。頂ける物は全て頂く。もしくは奪う。
オヤジ達は小さい俺に殺した奴等の装備品等の回収を任せていた。記憶には無いが、俺はそれがさも当然であるかの様に、笑顔を浮かべながら死体から使えそうな剣や鎧を剥ぎ取っていたそうだ。
そんな生活が数年経った頃。ある程度の年齢に達した俺に、オヤジは剣を差し出した。
曰く「今後の食い扶持は自分で稼げ」との事。
力が無ければこの世界では生き残れない。力が無い奴は殺されるか、運が良く生きながらえたとしても尊厳を殺される。尊厳が殺されればそれは死んだと同じ。俺は肉体的な意味の死は勿論、精神的な意味の死も飽きる程見てきた。
だがら俺も当然の様に力を求めた。力を求めて生きると決めた。
そしてある出来事が起こり、俺は己が生きる目的を得る事となる。
「おー、生きてたかライオネル。初めての戦で死ななかっただけも上出来だが、首級を上げるたぁやるじゃねぇか!」
「ほ、本当?」
「えぇ、大したものだわライオネル。それとよく生きて帰って来てくれたわね」
あれは忘れもしない。俺が初めて戦場に臨んだ時の事だ。
確かあの時の戦の発端は、某国の隣り合った領地に暮らす領民同士の口喧嘩だった。それが流血沙汰になり、そして双方の領主様方を巻き込んだ戦にまで発展した。と雇われた側の領主補佐官から聞かされた気がする。
手打ちの機会を見誤り引くに引けなくなった両領主様は、領地の私兵だけでなく傭兵まで雇い、互いに一泡吹かせてやると息巻いていた。俺達の傭兵団はそんな領主様の一方に付いた。
だが、戦にまで発展した原因の大元が単なる領民同士の口喧嘩なものだから両陣営の私兵の士気は笑える程に低く、結果私兵の現場指揮官同士が密約を交わし、互いが雇った傭兵を戦わせ、その勝敗でこの戦を決着とする事と相成った。
こんな笑える戦でも当時の俺にとって初めての戦である事に変わりはない。そして俺はその戦で首級を挙げ、戦は俺達の勝利に終わった。
あの時の興奮は生涯忘れる事はないだろう。
興奮冷めやらぬ中拠点に帰ると、家族全員が俺を褒めてくれた。男共は代わる代わるゴツゴツした手で乱暴に俺の頭を撫で回しながら俺の活躍を称え、女共は優しく微笑みながら俺の、俺達の帰還を喜んでくれた。
俺は心が暖かくなった。そしてその日を境に、俺は更なる高みに登る為我武者羅に訓練に励んだ。
敵を倒すとオヤジ達が褒めてくれた。挙げる首級の数が増えれば増える程オヤジ達が俺を称えてくれた。名の知れた奴を、強い奴を殺すとオヤジ達は自分の事の様に喜んでくれた。オヤジ達は俺が強くなる事を心の底から祝福してくれた。
今なら分かる。初めは死なない為に、尊厳を守る為に力を欲し強くならねばと生きていたが、初めての戦を機に力を求める意味が変わった。
肉親という繋がりを持たない俺は、血の繋がらない家族に褒めて貰う為に、血の繋がらない家族との繋がりを感じる為に己を鍛え、更なる力……強さと強敵に打ち勝つ事を求める様になったのだと。
家族と繋がりを感じたい。たったそれだけを、それだけの事を目的に俺は生きていた。
それは俺が成人してからも、魔王が軍を率いて攻めて来てからも、繋がりを感じたい褒められたいと願っていた家族が魔王軍に皆殺しにされた後も変わらなかった。
……違う。変わった事が1つある。
「許さねぇ……ぜってぇに許さねぇ!テメェ等全員皆殺しにしてやる!オヤジ達の仇だぁぁぁああ!!!」
家族が死に、俺の願いは未来永劫叶う事がなくなった。
家族が死に、俺の望みは永遠に報われなくなった。
そしてまるで胸のど真ん中が貫かれた様な、胸から大切な物が抜け落ちた様な虚しさ、虚無感が俺を苛んだ。
その虚しさを埋める為に俺は己の感情に従い思うがまま好き勝手に生き始めた。恐れ敬う奴には寛大に。弱い奴、逆らう奴には情け容赦なく振る舞い、美食や美酒、美女を貪った。
俺の知る世界では、力が有れば何でも手に入った。美酒も美食も美女も思いのまま。しかし胸にポッカリ開いた空洞を埋める事は叶わなかった。
だがら俺は家族を皆殺しにした仇を……魔王軍を探し皆殺しする様になっていった。そして胸の奥底に巣食う虚しさを埋める事は叶わないと理解しつつも、美酒や美食に溺れる日々を繰り返していく。
「お見事です!」
「あ?誰だテメェ等」
「先程の貴殿の戦いぶり、拝見させて頂きました。100を超す魔獣を瞬く間に打ち倒すその姿。まるで狂戦士の様なその姿。噂に違わぬその姿。感服しました。貴方の様な方がこの時代を生きている事に感謝しなくては」
「そりゃどうも。で、俺はテメェ等に誰だって聞いたんだが?」
「っ!し、失礼しました。我等は魔王アスラゴートとその配下、魔王軍と戦う同盟軍の者です!」
「あぁ、テメェ等が……こっちも噂で聞いてるぜ。何でも魔王軍に苦戦してるんだってな。その同盟軍さんが俺様に何の用だ」
そんなある日、1人で魔王軍と戦う猛者が居る。と何処かで聞きつけたのだろう同盟軍が接触を図って来た。この時期の同盟軍は魔王軍の大攻勢によって劣勢に立たされながらも、何とか戦線を維持している凄惨な状況にいた。
同盟軍の噂は耳にした事がある。だが、同盟軍に加わろうと考えた事はなかった。この頃の俺は西に魔獣が居ると聞けば西へ、東に魔族が居ると聞けば東へ、北に魔王軍が居れば北へと、特定の場所に留まる事なく、戦う為に旅をしていたから。
その為団体行動を強いられる軍に入る気が湧かなかったのだ。
「はい、確かに我等は魔王軍の大軍に押されています。そこで貴殿にご協力をお願いしに馳せ参じたのです」
「協力だぁ?まぁ良いわ。暇潰しに聞くだけ聞いてやるよ」
「ありがとうございます。実は、貴殿にある特務部隊に加わって頂きたいのです。もし貴殿がこの部隊に加わってくだされば戦況を変えられるかも知れないのです!」
「……その特務部隊とやらに入って俺に何の得がある」
「金品は勿論ですが、それよりも遥かに価値のある物を我々は用意しております」
「金より価値のある物だ?」
「人類を救ったという『名誉』です」
「『名誉』……」
その同盟軍関係者は魔王を殺す為にある部隊に入り協力してくれるなら、見返りとして金品等の報酬と『名誉』も与えると言った。
「良いだろう。テメェ等に協力してやる」
「「「っ!あ、ありがとうございます!」」」
俺は迷わず協力を快諾した。
戦さ場で負け無しという『栄誉』ではなく、魔王を倒し世界を救ったという『名誉』なら、この胸に開いた空洞を埋めてくれるのではと思ったから。
しかし、それでも、それでも『名誉』を手にしても空洞を埋めるには至らなかった。顔も名前も知らない奴等に褒め称えられても何も感じなかったから。
ナラバ俺ニ出来ルノハ戦ウ事ダケダ。
魔王が死んだ後も俺は戦って闘って戦い続けた。勇敢に戦い、そして死んで戦士の宮殿に行ったら、先に行ったオヤジ達が褒めてくれる。俺の活躍を喜んでくれる。それだけを信じて。
その為には強くなければならない。誰よりも誰よりも強く。だから俺は強さを求める。強敵を求める。
俺は戦い続けなければならない。誰よりも強くなければならない。戦って勝ち続けなければオヤジ達に褒めてもらえない。弱いままでは繋がりを感じる事が出来ない。誰かに遅れを取るなんて許されない。オヤジ達を失望させちまう。それだけは出来ねぇ。俺はこの世で1番強くなくちゃいけねぇんだ!ましてや彼奴の方が俺より強いなんて事あっちゃならねぇ!
だが……彼奴はもうこの世に居ねぇ。俺の方が強いと証明する前に彼奴は世界の意思で処刑された。それだけが無念だ。お偉方が決めた事とはいえ夢見が悪い。
だとしても、彼奴が死んだとしても俺が戦い続ける事に変わりはない。そう、全ては俺の生きる目的の為に。
更なる強さと強敵を求めて。俺は生きる。
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「……クッソ。胸糞悪ぃ夢を見た気がするぜ」
ライ一行が利用している宿から2km程離れたイルザールの一等地。イルザール自由職業別組合支部にほど近い場所に建てられ、金回りのいい組合員が寝起きする高級宿が、朝靄の中瀟酒に佇む。
簡素なベッドやソファーしかない安上がりな宿とは違い、調度品や絵画が飾られ豪華さを演出するスイートルームで眠りから覚めたライオネルは、言葉に出来ぬ妙な苛立ちを感じ、頭を掻き毟りながら吐き捨てる様に呟いた。




