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32話 決行前日

暑くて何もやる気が出ません



「腰が引けてんぞフェイル!気合入れろや!」

「は、はいっ!」

「だぁから!腕だけで振るなっつってんだろ!体全体を使えボケ!足捌きにも気ぃ配り続けんだよ!」

「はい!!」

「かかか。熱血じゃのぉ」

「頑張ってくださいフェイルさん!」


太陽の光に照らされ草木が煌く森に怒号と罵声や上擦った声、そして呑気な笑い声と熱意のこもった声が広がる。場所は例によって例の如くイルザール近辺の森の中。

4つの声色……俺とフェイル、ディーネとベルゼは作戦決行を翌日に控え、罠や諸々の最後の調整の為、今日も今日とて自由に森を闊歩する免罪符である依頼の受注書を携えて森の中を闊歩していた。


そして今はその諸々(・・)の調整の真っ最中である。


「来るぞ!」

「よし、来い!」

「グルァァァア!」


俺やベルゼ達より20歩程前に立つフェイルが、額に汗を浮かべながらギュッと剣の柄を握り込んだ。


刹那、体の所々から真紅の血を滴らせる大柄の獣が咆哮を上げる。調整は最終段階に入っていた。



▼▼▼▼▼▼▼▼▼



「んじゃ今日の予定を発表する。フェイル」

「は、はい!」

「お前には今日1日だけ時間をやる。今日中に剣のクセを掴め。鎧の重さに慣れろ。体捌きを身に付けろ。良いな」

「っ……わ、分かりました」

「成る程。じゃから汝はわざわざ決行日を明後日としたのか」

「罠の設置もありますが、確かに慣れない装備ではフェイルさんも苦労するでしょう。いい判断かと思います」

「そういう訳だ。まぁ心配すんなよ、俺達が側でサポートしてやるからさ。ほら行くぞ、くくく」


時間は少し遡る。


宿で起床した俺は隣で休むベルゼ、ディーネを叩き起こし簡素な朝食を胃に押し込むと今日の予定を発表した。


今日やる事は昨日装備を一新したフェイルに時間を与え、新しい装備に慣れてもらう事。そして『剣聖』との戦力差を埋める為の罠の設置だ。


ファブロへの復讐が済んだ時点では、次の目的地であるイルザールで戦闘経験を積み、来るべき復讐に備えて遅れを取らない様ある程度レベリングすると予定を建てていたのだが、俺達はその予定を果たす前に『剣聖』と再開してしまった。


その所為で計画の大幅な変更を余儀なくされた俺は、『剣聖』への復讐を出来るだけ早く実行せざるを得なくなる。


イルザールでのレベリングは、『剣聖』を始めとする戦闘が得意な英雄達と渡り合う為に必要不可欠なモノだったが、レベリングは思惑の半分も済んでいない。


現状を簡単に言うなれば、計画の根本を覆す事態に陥ってしまった。という具合になる。


しかも隣国にはもう1人、『剣聖』並に強い槍の使い手が居る事も計画変更の要因となった。


このまま悠長にレベリングしていると、最悪戦闘を得意とする2人の英雄を同時に相手取る事態にまで発展する可能性が高くなる。そうなってしまうと、如何にディーネという強く頼もしい共犯者が増えたとしても、如何に俺のレベルが上がったとしても苦戦は必至。


『剣聖』を始めとする武闘派の英雄共を2人以上同時に相手する。というのは、全盛期の俺でも骨を折る事間違いなし。そう結論付けられる程、奴等は強い。


ならばと、俺は『剣聖』を罠にかけ、ドラゴニアス帝国の英雄に横槍を入れられる前に出来るだけ早く復讐を成す事とした。


その上で重要なのは、現在の俺達より倍近いレベルを持つ『剣聖』との戦力差を縮める方法。そこで俺は罠と奇襲を持って戦うと決めた。


罠を仕掛ける場所、並びに待ち伏せ場所は昨日の時点で目星を付けてはいるが、罠はまだ設置していない。事前に罠を仕掛けておいたら、如何に巧妙に隠していたとしても(限りなく低いだろうが)誰かに見つかる可能性があったから。


だから罠は早くとも前日に仕掛ける事にしていた。今日はその罠を仕掛け効果の程を確認しに行く。と同時に、昨日新たな装備を貸してやる事にしたフェイルに時間を与え、武具の癖を掴ませる。


例え一流のスポーツ選手や武術家でも、手に馴染まない道具では本来持っている筈のポテンシャルは活かせない。弘法筆を選ばずとの言事もあるが、流石にその日渡された道具で文字通りに命を賭けろというのは無茶だし無謀だ。


何よりフェイルには立派に囮役を果たして貰わなければならない。これはフェイルへの温情などではなく、俺の為の処置と言っていいだろう。


そんな俺の思考を察知しているのか、ディーネとベルゼは小さく目を細める。対してフェイルはそこまで考えが回っていないらしく、脇に置かれたファブロお手製の武具を横目で見て生唾を飲む。


今朝の俺とのやり取りを経て、もう後には引けないと悟ったらしいフェイルの顔に後悔の色はほぼ無い。漸く覚悟を固めたらしい。


あとは結果がどう転んだとしても突き進む他ない。今更後悔しようにも、逃げ出そうにも手遅れなのだ。


俺の復讐を成す為の人柱となった哀れなフェイル。俺と契約し相棒の仇を、無念を、恨みを晴らすと誓ったか弱い存在。


そんなか細くか弱く哀れな存在に腕を回し微笑みかけながら、俺達は宿を後にした。



▼▼▼▼▼▼▼▼



「おぉハデスさん方!お待ちしてましたよぉお!」

「……今日はいつも以上に元気だな」

「えっと、私達を待っていたとはどういう事でしょうか」


宿を出て数十分。イルザール自由職業別組合(ギルド)支部に足を運び、何時もの様にジェナの前に立った。


今日も今日とても元気いっぱいなジェナのハイテンションで甲高い声は、朝っぱらから聴くと少々頭に堪える。慣れてきたとは言え煩わしい。


思わず顔を顰めていると、気を遣ったのかベルゼが1歩前に出てジェナへ問い掛ける。


「実はですね、今朝早く『火熊(ひぐま)』と呼ばれる獣の幼体がこの近辺に出没したと報告があったんですよ!」

「その熊公が我等と何の関係があるというんじゃ」

「ふふん!イルザールギルド支部はこの『火熊』の討伐を組員の皆さんに依頼すると決めたのですが、なんと!『火熊』討伐依頼がコパー階級の【指定依頼】になりました!」

「指定依頼……ギルド規約に記載がありましたね。確か指定依頼を達成すれば現在の階級が上がるんでしたよね?」

「はい!つまり現在コパー階級の皆様がこの依頼を達成すれば、シルバー階級に昇格出来るって寸法です!

ギルドに加入した翌日に4つの討伐依頼を此方の予想以上の戦果で終えた皆様なら、指定依頼もお勧めできます」


ジェナは得意げな顔で此方を見つめる。


指定依頼とは自由職業別組合(ギルド)が独自に定めている規約の1つだ。


自由職業別組合(ギルド)は加入する全ての組員に階級を割り当てており、その階級により受注出来る依頼が決まる。自由職業別組合(ギルド)に加入した組員は、最初は例外なくコパー階級となるが、これはその人の実力が定かではないからだ。そしてコパー階級の組員は主に安全面の理由から、比較的危険度の低い低報酬な依頼しか受ける事が出来ない。


より危険度と報酬が高い依頼を受けるには、自由職業別組合(ギルド)が指定した魔獣ないし獣を討伐し実力を示さなければならないのだが、標的もそれなりの強さがないと判断基準にならないという訳で、常に近隣で見かける様な獣や魔獣では話にならない。


それこそ以前倒した『ミノタウルス』並の相手が必要だ。仮に『ミノタウルス』の存在がバレていたら、最低でもシルバー階級がゴールド階級に上がる為の指定依頼になっていただろう。


まだ近くに未発見の魔獣核(モンスターコア)がある事を祈ろう。経験値だけでなく階級上げにも役立ちそうだ。


それはさて置き、『火熊』の幼体か。


丁度良い。


「あの、ハデスさん『火熊』とは一体……」

「俺も余り戦った事がねぇから詳しい生態とか分からんが、簡単に言えば偶に火を吹くでっけぇ熊だ」

「ハデスさんの言う通り!『火熊』は名前にある様に、狩りの時や自身に危険が及ぶと火属性の攻撃魔法を放つ獣の一種!成体になると繰り出す火属性魔法の威力は、並みの魔法使いが放つ攻撃系魔法を凌駕すると言われてるんです!」

「……そんな獣が近くに居るのですか」

「そーなんですよねぇ〜。『火熊』は本来ならもっと西の山岳部が生息圏なんですけど……迷い込んじゃったんですかね」

「ふむ、聞けば中々に危険な獣の様じゃな。追い返す方法もない故討伐する他無しと言う訳か」

「はい。『火熊』の吐く火炎は周囲が森に囲まれたイルザールでは脅威です。なので早急な討伐をお願いします!」

「分かった。俺達4人で依頼を受ける」


戦った数は片手で足りる程しかないが、確か『火熊』は成体になるとそのレベルは軽く『40』を超える。だがイルザール近辺に出たのは幼体らしいから、そのレベルは高くとも『20』前後だと思われる。


火を放とうとも俺やベルゼ、ディーネからすれば『ゴブリン』や『コボルト』と大差ない。


しかしフェイルの相手には丁度いい。


こうして俺達は表向きイルザール周辺の治安意識の為『火熊』の討伐依頼を受けた。そして時系列は戻る。



▼▼▼▼▼▼▼▼▼



「スゥゥウ!」

「『火熊』の口元に魔法陣!火炎が来るぞ!ベルゼ『魔滅防壁』!」

「かしこまりました!『いでよ神秘の力を秘めし魔滅の壁 万象司りし壁 実体無き脅威から我を守らん! 魔滅防壁!』」

「フェイル下がれ!」

「はい!」

「ガァァァア!!」


咆哮を上げた獣、茶色の体毛に覆われた全長1.8m程の『火熊』の口元に小さな魔法陣が出現した。それは奴が低級火属性攻撃魔法(スキル)『火球』を放つ兆候。


『火熊』の成体は全長3mを超えるが、事前情報通りに相対する『火熊』はまだ幼くレベルが『21』しか無いことと、魔法(スキル)の熟練度が低いことが相成って『火球』の発動まで3秒程の猶予があった。


その僅かな隙を突き、フェイルの前に躍り出たベルゼが対攻撃魔法用防御魔法(スキル)『魔滅防壁』を発動させる。

『魔滅防壁』とは、以前ベルゼが毒蛇(ヴィーパー)等と対峙した際に使用した『防御魔壁』……剣や弓といった明確な実態を持つ攻撃から身を守る魔法(スキル)とは真逆の効果を持つ。


つまり攻撃系魔法(スキル)や精霊等、魔法(スキル)によって生み出されたりした明確な実態を持たない朧げな攻撃から身を守る為のモノ。


俺達の目の前に姿を現した淡い水色の壁が『火熊』の放った『火球』と激突すると、『火球』はまるで壁にぶつかった水風船の様に弾けて光となり霧散する。


こんな感じで、先程からベルゼは襲い来る火属性攻撃魔法(スキル)を『魔滅防壁』でいなし、俺とディーネは適度に牽制して『火熊』をこの地に釘付けにしていた。


全てはフェイルに鎧や剣の扱いに慣れてもらう為。


最初は慣れない鎧に着られ動きがぎこちなく、重い剣に体ごと振り回されていたフェイルであったが、武具に付与(エンチャント)されている身体能力強化系の加護のおかげもあってか、徐々に動きが機敏になってきている。


まだまだ完璧とは言えないが、ある程度は慣れてきた様だ。


「フェイル、彼奴はお前の為の標的だ。今日はお前の為に時間を割いてる。だから彼奴はお前が殺せ。俺達は危険になったら守ってやるが、基本的に手出しはしねぇからな」

「は、はい!ここで彼奴に苦戦していたら『剣聖』に一矢報いるなんて出来ませんからね」

「その意気だ。『剣聖』は勿論今のお前の能力は『火熊』にも劣る。勝つには頭使えよ」


俺は改めて最悪の事態(・・・・・)にならない限り『火熊』との戦闘に介入するつもりはないとフェイルに告げ、目の前の獣へと目線を向ける。


『火熊』と遭遇した直後、俺は『鑑定眼』を使い『火熊』の能力値を確認していた。


『鑑定眼』によると『火熊』の『基礎攻撃力』や『基礎防御力』といった基礎能力数値は大凡『3500』から『4000』の間。『HP』は『4300』と、以前遭遇した『ミノタウルス』に比べ総合能力値はやや劣るが、フェイルにとって強敵である事は変わらない。上級品以上の質を有する武具を身に纏うフェイルであってもだ。


何とか対等に戦えている様に見えなくもないが、それは全て身に付けた武具の持つ加護のおかげでしかない。


「頭を使う……どうする、今の僕は攻撃力も何もかも『火熊』に劣ってる……考えろ。考えろ僕!」


そうだ考えろ。思考を止めるな。明日の作戦決行時、『剣聖』が予想外の動きをするかも知れない。そうなった時思考が停止すれば『剣聖』は必ず動く。


だから今のうちに考える事に慣れておけ。そうなった時に備えて。目の前に立つ敵との実力差が圧倒的なら尚更な。


「そうだ!」


『火熊』はこれまで数回『火球』をベルゼにより防がれ、鋭い爪や牙での攻撃をフェイルに躱され続けた事もあってか、警戒して自ら此方の懐に飛び込んで来る様な真似はしない。こうなると普通ならば逃走を選ぶものだが、常に動きを警戒している俺やディーネが先回りしそれを封じる。


事実戦闘が始まった直後、己の攻撃がどれも通用しないと悟った『火熊』は何度か逃げようとしたが、その度に俺やディーネが先回りし、逃走を阻止していた。


逃げたくとも逃げられない。しかも自らの攻撃は通用しない。『火熊』は迂闊に動けなくなってしまっていた。


フェイルが成長する為の贄に選ばれた哀れな獣は、無理矢理闘う事を強要され逃げる事も叶わない。この場に留まり望まぬ戦いを強いられる。


まるで数年前の自分を見ている気がしないでもないが、この現状はフェイルが作戦を考える上で有利に働いた。


「ハデスさん例の罠を貸してください!ベルゼさんとディーネさんにもご協力をお願いします!」

「何かいい案が浮かんだみてぇだな。良いだろう。罠の性能チェックも兼ねて貸してやる。2人も協力してやれ」

「面倒じゃがまぁ良い。此奴が考えた策に興味があるでな」

「かしこまりました。フェイルさん私達は何をすればいいでしょうか」

「はい、ベルゼさんとディーネさんには……」


自身の元に駆け寄ったベルゼとディーネにフェイルは耳打ちをする。

数秒後、フェイルは俺から()を受け取ると、眼光鋭く『火熊』を睨み付けた。


「行きます!ディーネさんお願いします!」

「はっ!妾に助力させたのじゃ、その策、必ず成功させい!」

「ガルァァ!」


フェイルが叫ぶ。その叫びに応答し戦斧を掲げるディーネが『火熊』に突貫した。

『火熊』も負けずに吠え突っ込んできたディーネに体を向け、両腕を掲げて威嚇するが、『火熊』を瞬殺出来る実力を有する当のディーネは攻撃をせず、周囲を軽やかな足取りで動き回り『火熊』を翻弄する。


この戦闘はフェイルの為のもの。ディーネはその事を重々承知し獲物を奪う様な真似はせず、フェイルはその瞬間が来るのを集中して待っている。


「む、来るぞ!」

「っ!ベルゼさん!」

「えぇ、『いでよ神秘の力を秘めし魔滅の壁 万象司りし壁 実体無き脅威から我を守らん! 魔滅防壁!』」


『火熊』は周囲をちょこまかと駆け回るディーネに爪や牙を向けるものの、そんな攻撃がディーネに当たる筈もなく、痺れを切らした『火熊』は口元に先程よりも大きな魔法陣を発現させた。


恐らく『火球』よりも威力のある攻撃魔法(スキル)を発動させようとしているのだろう。


それこそがフェイルが待ち望んでいた機会(チャンス)


『火熊』が攻撃モーションに移ると今度はベルゼが駆けた。

イルザールに到着して以降、それなりの数の戦闘を経験したベルゼの動きに迷いはない。


バックステップで後退したディーネと入れ替わる様にして『火熊』の目の前(・・・)に滑り込んだベルゼは、またも魔法(スキル)から身を守る『魔滅防壁』を発動させる。


「グガッ!?」

「ほう」

「よし!これで!」


ベルゼの『魔滅防壁』が発現すると同時に『火熊』も攻撃魔法(スキル)……直径70cm程の火の球を放ち攻撃する『火球』とは違い、1本の線の様な太い火を放つ中級火属性攻撃魔法(スキル)『火線』が真正面から激突した。


結果は当然魔法(スキル)攻撃を無効にする『魔滅防壁』に軍配が上がり、至近距離(・・・・)で弾け飛び霧散した『火線』の粒子が『火熊』の視界を奪う。


突如視界を奪われた『火熊』は目を瞑り、腕を顔の前で滅茶苦茶に振り回す。


フェイルはその瞬間を狙っていたらしい。その為『火熊』が目を瞑ると同時に、発動まで数秒掛かる()をタイミング良く発動させる事が出来た。


バヅン!!


「グルガァア!!?」

「でやぁぁぁぁあ!!!」

「ゴ、ゴグゥウゥゥ……」


()は問題なく発動した。罠が問題なく発動した直後に出る()がその証拠。


罠が発動した事で、視界を奪われ混乱し前足を振り回す『火熊』に完璧な隙が出来た。


フェイルは利き足を地面にこれでもかとめり込ませながら、全体重を乗せた剣の切っ先を『火熊』の喉元へ突き立てる。

『基礎攻撃力』は低いながらも、剣自身が持つ攻撃力、そして付与された(エンチャント)された加護の力で強化されたフェイルの一撃は『火熊』の硬い体毛を貫き、見事喉元を貫通した。


確認するまでも無い。『火熊』はその一撃で完全に絶命した。


「や、やった!やりましたよハデスさん!」

「あぁ、良くやったな。あの短時間で思い付いた策としてなら最適解だ」

「ふ、まさか妾を囮とするとはな」

「はは、ディーネさんは身軽でしかもお強い。だから『火熊』の攻撃も難無く躱せると思ったんです。協力感謝します」

「うむ。感謝せい感謝せい」

「ですがよく『火熊』が攻撃魔法を放つと分かりましたね」

「普通の攻撃だとディーネさんに擦り傷すら負わせられないと悟った『火熊』が取れる選択肢は、魔法による攻撃か、もしくは逃走しかありませんでしたから。ですがハデスさんが目を光らせているので逃走は出来ない。なら『火熊』がこの窮地を脱しようと考えたなら、魔法による攻撃しかあり得ない……と、若輩ながら考えました」

「成る程。そして極め付けは、『魔滅防壁』が攻撃魔法を無力化する際に発生する粒子を目眩しにする事ですか。だからフェイルさんは出来るだけ『火熊』の近くで『魔滅防壁』を発動して欲しいと言ったのですね」

「はい、無茶を言ってすみませんでした……でもお陰で『火熊』に勝つ事ができました!」


ディーネとベルゼの問いにフェイルは小さく顔を綻ばせながら語る。その顔には達成感と安堵が滲んでいた。


『火熊』との戦闘を経験した事で僅かかも知れないが成長してくれたみたいだ。成果としては充分だろう。


「俺がこの後設置する罠を持っていたのも幸運だったな」

「えぇ、視界を奪われた『火熊』が暴れ回るのは予想出来ました。今の僕では枯れ木みたいに吹き飛ばされるという事も。ですがハデスさんが持っていた罠を使えば隙が作れるかなと」


俺達のサポートがあったとはいえ、フェイルは自分より遥かに強い敵に策を練って打ち勝った。

武具の扱いにも慣れたみたいだし、罠の効果も確認出来た。


これで残す準備は罠の設置のみ。


「何にせよ良くやった。自分より強い相手と戦う時は身近に使える物が有ればなんでも使え。それが物でも人でもな。

さぁ罠の効果も確認出来た事だし、罠を設置しに行くぞ。あのクソ野郎に目にモノ見せてやろうや」

「「はい!」」

「うむ」


フェイルは予想よりも良い駒になりそうだ。


今日の戦果に満足した俺は仮面の下で満面の笑みを浮かべながら、『火熊』の皮と肉を剥ぎ取り、昨日目星を付けた待ち伏せ場所を目指し歩き出した。



▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼



「何ですって?もう1度頭から説明して下さい」


所変わって場所はアルギリア王国首都に在る王宮の1室。アルギリア王国国王が王女アンリエッタの執務室にて、部屋の主は白銀の鎧に身を包み膝をつく近衛兵の報告を聞き目を見開いていた。


「はっ。近衛兵武具管理局の者が言うには、先日ガセナール商国連邦在住の8英雄ファブロ様が幾つかの悪事に手を染めていた事が判明し、裁判の末国外追放されたとの吉」

「その悪事とはどう言う事ですか」

「武具管理局の者やガセナール商国連邦に出向き商品の売買を行なっている我が国の商人達に聞き込みを行った所、どうやらファブロ様は他商人の商品を強奪し転売。並びに各地の犯罪組織から依頼され、麻薬『リフレクト』の運搬を行なっていたとの事です。以上の悪事が判明し、他4大商人や商職議会がファブロ様へ国外永久追放等の罰を与えたとも」

「……そうですか、ガセナールや我が国でその事に関し商人達の反応は?」

「正直に申し上げますと、行なっていた事が行なっていた事だけにガセナール商国連邦や我が国だけでなく、周辺諸国の商人達までもファブロ様に対し凄まじい嫌悪を向けております。ガセナール商国連邦ではこの話題は余り表にしたくない様で、今ではガセナール商国連邦でファブロと言う名は忌むべき者をも凌ぐ禁句に……」

「成る程……分かりました。下がって結構ですよ」

「はっ!失礼します」

「ファブロ……なんと愚かな……」


執務室の椅子に座り報告を聞いたアンリエッタは近衛兵に退室を促すと深い溜息を吐いた。


かつて共に魔王軍と戦った人物が犯罪に手を染める浅ましい者であった事に嫌悪感を感じたアンリエッタだが、直後脳内にあの日の光景が、あの日目の前に立った男の笑い声が思い起こされた。


「まさか、あの忌むべき者が関係している……?」


あり得る。その可能性は充分過ぎる程あり得る。

忌むべき者は己が独りよがりな信頼を寄せていた相手を、汚名を着せて処刑した人間を……私や8英雄を心の底から憎み恨み怨んでいる。


ファブロの国外追放等は忌むべき者の復讐の一環であったら?


追放されたのは先日……詳しい日時までは分からないが、忌むべき者が蘇った直後のこの騒動。関係ない筈がない。


忌むべき者がどうやってファブロの悪事を……いや、そもそもファブロが行なっていたという悪事その物が忌むべき者の手によって作られた虚像……でっち上げかも知れない。


アンリエッタは独り思考する。ただ何度考えても行き着く答えは一緒だった。


そう、これだけは間違いない。


「始まった……始まってしまった……忌むべき者の……ライの復讐が」


思考の海から意識を戻したアンリエッタは窓から差し込む陽の光を浴びながら小さく、本当に小さく呟いた。


コンコンコン。


「っ!?」

「アンリエッタ様シグレットです。アンリエッタ様にお客様がお見えです」

「は、はい。分かりました。何方でしょう?」

「アンリエッタ様も良くご存知のお方です」

「私がよく知っている……直ぐに伺いましょう」


背中に冷たい汗が滴る。体をねっとりと包み込むような悪寒に身震いしたアンリエッタは、不意に執務室に響いたノックの音にビクッと体を震わせた。


ノックをしたのは長年側仕えとして共に過ごした専属のメイド。シグレットという名のメイドはドア越しに主へ来客が来た事を告げる。来客はアンリエッタも良く知る者だと付け加えて。


シグレットの言葉を聞き一瞬首を傾げたアンリエッタであったが、思い浮かぶ人物達は限られている。執務も一区切り付いていたアンリエッタはその来訪者に会う為静かに椅子を立った。


ご覧頂きありがとうございます。

ゆっくりのんびり執筆していきますので、皆様もゆっくりのんびりお待ちくだしゃぁ。

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