30話 救いの悪魔
31話時点で総文字数が27万超って流石に詰め込みすぎかなと思いましたが、執筆中気が付いたら「あ、1万超えてるわワロス」とかザラにあるのでもうどうしようもないと結論づけました。
1話の文字数を半分にして欲しい等の要望が有ればコメント下さい。
要望が無ければ1話平均8000〜1万字前後のまま書き続けます。続きます。ちなみに31話は1万2248文字です。
あと最近軍艦をクラフトするゲームにハマってます。
朗らかな陽気に包まれながら、俺は草木生茂る森を掻き分けて足元に目線を向ける。地面には人や獣に踏まれながらも懸命に生きる背丈の小さな雑草や色取り取りの野花等がそこ彼処に生え、茶色の地面を不規則なまだら模様に塗り潰していた。
普段なら意識して見る事はない地面。足下。しかし今は意識的にこのまだら模様の地面に向き合う必要があった。
今日受けた依頼、『治癒草』という薬草の採取の為だ。
「……ライ様、今何か悲鳴の様なモノが聞こえませんでしたか?」
「は?気のせいだろ。んな事より今何株集まってる」
「あ、はい!えっと……ライ様が採取している分で丁度50株になります」
「了解。んじゃこれで終わりっと」
笹の葉に形が似ているこの薬草は、殆どの植物がそうである様に地面から生えている。付け加えて説明するなら、治癒草は木の根本に生えている事が多く、かつ群生している為比較的見つけ易い。
案の定、付近に生える木の根本に何株か治癒草を発見。引っこ抜く。そして俺が採取した物を合わせて、予め指定されている数は確保出来た。これにて依頼は無事終了と相成る。
と、いった具合に治癒草採取依頼は(付近に魔獣や獣が闊歩している為危険ではあるが)子供でも出来る簡単な依頼だ。その為報酬金は雀の涙。たいした収入にはならないが、今回は依頼にかこつけて合法的に森の中を彷徨く為にこの依頼を選んだのだから問題ない。
「バカ真面目に働きおって……妾の勘違いでなければ、今日は作戦に適した場所を探すんじゃったよな」
「あぁ。だが依頼を完遂する事に変わりはねぇんだから、先に依頼の方を終わらせても問題ねぇだろ」
今日の真の目的は金を得る事でもなければレベリングでもない。『剣聖』を待ち伏せし奇襲するのに適した場所を探す事だからだ。治癒草の採取依頼は森を彷徨く為の免罪符でしかない。
ぶっちゃけディーネがいう様にバカ真面目に働かなくてもいいっちゃいいのだが、俺はまがいなりにも【受けた依頼(仕事)は完璧にこなさなければ気持ちが悪い】と感じてしまう典型的な日本人気質の持ち主だから諦めて欲しい。
ともあれ後はジェナへの報告のみとなったので、これで気兼ねなく本来の目的の為に動く事ができる。
「さて……本来の目的に取り掛かるぞ」
「かしこまりました。道中で待ち伏せに適していそうな箇所を複数見かけましたので、まずは其れ等を見て周りましょう」
「よし案内しろ」
「はいライ様!此方です!」
「やれやれ……」
「ディーネ、早く来い」
手にした治癒草とこれまでに採取し、ベルゼに持たせていた49株の治癒草を『恒久の皮袋』に放り込むとベルゼが俺に声を向ける。
どうやらこの頼れる理解者は依頼をこなす傍ら、今俺が最も欲する情報をしっかりと集めていたらしい。何処かのクソ生意気で反抗的な共犯者とは大違いだ。
ハキハキと返事をし歩き出すベルゼ。俺は気怠そうにダラダラと歩くディーネを睨み付けつつ、その背を追い歩き出した。
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「ライ様、此処は如何でしょうか」
「んーと……ふむふむ、悪くねぇな。此処ならミラの所で買ったアレの効果も充分発揮されんだろ」
「アレか。上手く使えば我等と『剣聖』のレベル差を埋められよう」
「あぁ。ま、念の為に買ってみたが使う事になるなんて思ってなかったけどな」
「ふふ、それではこの場所を待ち伏せ場所としましょう」
ベルゼの先導で10分程森の中を進んだ俺達は、森の中に在る幅15m程の道に着いた。周囲は木々に囲まれ人通りは皆無。踏み固められた地面は所々ヒビ割れ、雑草が顔を覗かせている。手入れされている形跡は見受けられない。恐らく滅多に人が通らないのだろう。
俺はこの道を見て満足気に呟く。
此処は待ち伏せをするのに必要な条件を完璧に満たしている。変な横槍を受ける可能性が少ないという点は勿論だし、周囲に生える木々は姿を隠すのに打って付けだ。道幅も広過ぎず狭過ぎず丁度いい。戦闘の際には適度な距離を保つ事も出来る。森の中だから逃走経路も自由自在。文句なしである。
さすがベルゼ。良い着眼点だ。
初っ端から文句なしの待ち伏せ場所に、俺は口角を緩める。この場所ならば『剣聖』に完璧な奇襲を仕掛ける事ができる筈だ。
ちなみに俺やディーネが言ったアレとは、今後使う事があるかも知れないと、ミラの『ゲオルグ武具工房』でベルゼ達の服や武具と一緒に買っていたある道具の事だ。その道具の効果の程は……後の楽しみに取っておこう。
それでもその効果を確認せずに復讐に臨むのは危険だから、後で軽く確認しておかなければ。
「ふふ……」
「ライ様?」
「なんじゃ急に笑い出しおって。気色悪いの」
復讐の準備をしている。裏切り者に報いる為に動いている。あの屑に報いを与える為に、殺す為に、復讐する為に、ずる賢く正々堂々と。ファブロを生きながらに絶望の海へ沈めたあの時の様に。
俺の心を喜びと充実感が満たしていく。その為無意識のうちに喜びが笑みとなり溢れていたらしい。
『剣聖』は俺達よりもレベルがずば抜けて高く、復讐は簡単には成せない事は分かっている。しかしそれが良い。負けてなるものかと血が滾る。興奮して四肢が震える。絶対に殺してやると心に熱が灯る。彼奴が死際にどんな顔をするのか、想像するだけで心が躍る。
楽シイ。楽シイナァ。
「いやなに、やっぱ復讐は楽しいなと思ってさ。あと誰が気色悪いだコラ」
「はっ、気色悪いのは事実ゆえ仕方なかろう」
「テメェ……」
「ディーネさん!貴女はいつも!え、えっと、ライ様。楽しまれるのは私としては喜ばしいのですが、まだ復讐を成せた訳ではありません。余り気を緩め過ぎない方がよろしいかと」
「ん……そうだな。よし、んじゃ目的も済んだし今日は帰るぞ。帰って作戦の最終打ち合わせだ」
相も変わらず辛辣な共犯者のディーネと制御役にもなってくれる理解者ベルゼ。
そうだ、まだ『剣聖』を殺せた訳ではない。先程も思ったが、今回の復讐はファブロの時の様に簡単に成せないと理解もしているつもりだ。
待ち伏せ場所の目星は付いたがまだ復讐の真っ最中。漸くスタートラインに立ったに過ぎない。ベルゼの言う様に気を緩めるのはこれ位にして、万全を期す為に帰って打ち合わせをする事にしよう。
俺は微かに緩んだ気持ちを入れ替え、本日の目的も果たしたので帰る事にした。
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「む、おい汝等。前方で誰か倒れておる様じゃぞ」
「あ?何処だ」
「前方40m。右手側の茂みの中じゃ」
「ったく面倒くせぇ……無視して帰……っ!ベルゼ!ディーネ!お前等はそこで止まれ!こっちを見るな!」
「え!?は、はい!」
「な、何じゃいきなり!」
待ち伏せ場所の目星も付き、今日の目的を全て達成したので帰宅しようとイルザールに向け踵を返してから数10分後、不意にディーネが声を出した。
ディーネは遥か前方を凝視している。
俺も目を細めて前方を凝視すると、確かにディーネが言った様に40m程先の茂みに人間と思しき影が2つ、寄り添う様に横たわっているらしい光景が確認出来た。
進行方向上その横たわる2つの影の脇を通る他無い俺からすれば、影の存在が生きていようが死んでいようがどうでも良い。もしそういった行為の真っ最中ならぶっ殺すという選択肢も有りだが、死んでいるなら放置するし、仮に怪我をして動けないのだとしても助ける義理はない。
そもそも魔獣や獣が闊歩するこの森で横たわっているのだ。無事な筈がない。十中八九この2人は死んでいるだろう。
などと思考しつつ歩き続ける。そして静かに横たわる2つの影がはっきりと認識出来る距離まで近づいた俺は異様な状態に気が付いた。
「この女……それにこの男……」
異様な状態に気が付いた俺はベルゼとディーネにその場で留まる様指示を出し、2つの影に駆け寄る。2つの影はやはり人間だった。
危険な森の中で横たわる2人の人間。これだけでも充分異様だが、2人の外見は更に異様だ。
横たわっていたのは男と女と思しき2人組。
何故思しきなんて妙な言い回しをしたかと言うと、2人の顔は人相が分からない位に腫れ上がっていたからだ。それでも体型で性別は判断出来た。
俺は地面に片膝を付き2人を観察する。
1人は半裸の女だった。執拗に殴られたのか、顔が異常なまでに膨れ上がっており、首には絞められた様なアザがある。もう1人は体付きから見て男の様だが、この男の顔も元の倍はあるだろうと見て取れる位に酷い内出血をしている。付近には女の物と思しき衣服や革鎧が散乱していた。
彼等が何等かのトラブルに巻き込まれたのは一目瞭然。此処は魔獣や獣が闊歩する森の中。なので必然的に彼等は魔獣ないし獣に襲われたと見るのが妥当だが……彼等には切り傷等の痕跡……つまり顔面の内出血と首のアザ以外に外傷が見受けられない。それがこの状況の異様さを加速させる。
仮にこの2人が『ゴブリン』や『コボルト』と言った魔獣に襲われたのだとしたら、女は今頃巣穴へと拐われ魔獣の子を孕まされているだろうし、男は解体され食料と化している筈。獣に襲われたのだとしたら2人は今頃綺麗さっぱり獣の腹の中だろう。
そもそも魔獣や獣に襲われたのなら刺し傷や咬み傷が無い事自体がまずおかしい。
簡潔に言えば、この惨状は魔獣や獣以外の存在が関与している可能性が高い。
……順当に考えると人間の仕業か。
「ん……?このペンダント……」
暫く思考の海に意識を委ねていると、ふと、女の亡骸の足元で何が光った気がした。目線を女の足元に移す。すると俺の瞳は無造作に地面に転がる赤い宝石が埋め込まれたペンダントを捉えた。
このペンダント、以前何処かで見た様な気がする。
「ぅ……」
「お、マジか。生きてんじゃん」
「る、ルイー……ナ……」
「ルイーナ?あ!」
何気なしに木漏れ日を受けキラキラと輝いているペンダントを手に取ると、地面に転がる男からくぐもった声が聞こえた。俺が死んだと思った男はどうやら生きていたらしい。
そして男は呟いた。ルイーナと。
赤い宝石が埋め込まれたペンダントとルイーナという名前。そして男女の2人組。この3つが揃った事で、パズルのピースが綺麗にハマった時の様な感覚と共に、俺の脳内に先日知り合った2人の人物像が浮かんだ。
「ふっ、運の良い奴め。ベルゼ、ちょいこっちに来い」
「はい!っ……こ、これは……」
恐らく彼等は先日『コボルト』の群れに追い回されていた自由職業別組合の組員だろう。
今回は運が無かったな。いや、俺達が此処に来たっていう意味では運が有るな。
俺は無様な姿を晒す男を見下ろし、小さな笑みを溢すとベルゼを呼ぶ。俺はまだ息があるこのか弱く幸運な男を助けてやる事にした。
もしコレが見ず知らずの人物だったなら、俺は治療してやろうなんて考えもせず無視して歩き去っていただろう。だが此奴は命の危機に瀕した状態に2度も陥りながら、2度とも俺と遭遇した。
最早幸運の持ち主と言っても良い。
その幸運に免じて治療をしてやる事にした訳だ。ルイーナの方は治療するまでもなく既に息絶えていたが。
兎も角、先程は半裸の遺体を同性のベルゼ達に見せるのは気が引けたので待機する様に命じていたが、俺は瀕死の男……(確かフェイルと言ったか)を治療させる為にベルゼを呼んだ。当然ルイーナの胸元に革鎧を被せるという配慮もして。
駆け寄って来たベルゼは酷い顔面を晒しながら横たわる2人を見て顔を痙攣らせる。これまで見てきた死体や遺体の中でも最も痛々しい惨状だから致し方ないか。
「ベルゼ、此奴等この前コボルト共に苦戦してたあのギルド組員達だ」
「コボルトに苦戦していた……この2人はフェイルさんとルイーナさんなのですね」
「そう、其奴等だ。女の方……ルイーナはもうダメみてぇだが、男の方……フェイルはまだ息がある。何かの縁だ。治療してやれ」
「かしこまりました。『その光は神の御業 傷付き死の淵に居るかの者の命を救わん 神の加護』」
俺の命令を受けフェイルの前に膝を着いたベルゼは、両手をフェイルの胸元へと向けると上位回復魔法の呪文を呟く。程なくして薄緑色の魔法陣が広がると、フェイルの顔の腫れがみるみる引いていき、数分後には腫れが綺麗さっぱり消え去った。
肉体はこれで問題なく完治した筈だが、それでも精神的な苦痛からかフェイルは目を覚さない。
「目を覚ましませんね。傷は治った筈ですが、如何しましょう」
「面倒くせぇ……おい起きろ!」
「ゔぅ……剣、聖……様……やめ……」
「あ?」
「汝よ、此奴今『剣聖』と申したよな」
傷は治してやったがその後の事まで面倒を見るのは怠い。俺としてはちゃっちゃと目を覚ましてもらいたいので、ペチペチと軽くフェイルの頬を叩いてみる。
すると未だ目を覚さないフェイルが興味深いワードを呟いた。いつの間にか背後に居たディーネもその呟きを聞いていたらしい。
「あぁ…… よし、気が変わった。宿まで運んでやるぞ」
「かしこまりました。ライ様がそれでよろしければ」
「此奴はどうするのじゃ」
「ルイーナか。ルイーナの方は……埋葬してやろう。こんな姿で亡骸を晒し続けるのは此奴も嫌だろうからな」
「ふ、お優しい事じゃな」
「うるせぇ」
この惨状と『剣聖』の名を聞き、俺は何が起きたのか凡そ察しが付いた。あの『剣聖』が関与してるならこの惨状も納得だと。
『剣聖』ことライオネル・バロンクルスという男はどんな男か。
改めてそう自問する俺の脳裏に激情家、傲慢な男、偏屈者、酒好き女好き等、凡そ俗に世間一般で言われる「良い人」を連想する時とは真逆なワードが次々と浮かぶ。
それなりに長く付き合ったから『剣聖』の人となり、思想、考え方はなんとなく分かる。『剣聖』の生き方は力が有るか否かが全ての基準らしい。
自分と対等に渡り合える力を持つ者には本心や本音も遠慮する事なくぶつけるが、逆に自分が格下と認識した相手にはそう言った事はしない。
表面上は気さくに接するも内心では見下しているから。内心で「自分より弱い奴には何を言っても言うだけ無駄」と、小馬鹿にしているから本心を語る事はない。
『剣聖』とはそういう奴だ。剣の腕こそ世界最強かも知れないが、性格はそこ等の粗暴なチンピラとどっこいどっこい。絶対に深い仲にはなりたくないタイプの人間だ。
そしてもう1つ。『剣聖』は自身が格下と認識した相手に意見される事を極端に嫌う。それは言わば逆鱗。『剣聖』の自尊心を逆撫にする行為。その逆鱗に触れればか弱い者なら命を落とすだろう。
改めてこの惨状に目を向ける。
若い男女のペア。半裸にされ息絶えた女と虫の息の男。女好きで傲慢で自尊心の高い『剣聖』……つまりこの惨状はそういう事なのだ。
しかし……『剣聖』を相手にしてよく生きてるもんだ。と俺は虫の息とはいえまだ生きているフェイルを見て感心した。
それと同時に、顔も名前も性格も知っている人物に穢され汚され慰み者にされたのだろう哀れなルイーナに同情もした。
俺は第2の魔王として処刑された後、その亡骸を晒されゴミと共に捨てられた……と以前ベルゼから聞かされていた。最もベルゼの話を聞かなくとも、人類の敵として認識された俺の扱いなんて想像に難くない。
埋葬なんてされる筈もなく、墓なんて持っての他だろう。
俺にはその時の記憶こそ無いものの、多くの目線に晒し上げられる辛さはある意味誰よりも理解しているし、それがどれ程辛いかも知っている。
「2人共手伝え」
「はい、ライ様」
「仕方ないの。このお人好しめ」
俺の目的は復讐だ。だから既にこの世に居ない者の事はどうでも良い。死んだ奴の事なんて知ったことでは無い。そう、どうでも良い筈だった。
しかし、死して尚辱めを受ける事はない。理不尽に翻弄され不条理に殺された俺と同じだ。
物言わぬ骸となった姿を……しかも1人の人間としての、1人の女性としての尊厳を踏みにじられた姿を晒し続ける事はルイーナも望んでいない筈だ。
だから俺はルイーナの亡骸が獣に貪られる前に、観衆に晒される前に、これ以上の辱めを受ける前に埋葬してやる事にした。
「墓標代わりだ。これで満足してくれよ」
『創造手』を使い周囲の土で3つのスコップを作り、ベルゼ達に渡してルイーナを埋葬する為の穴を掘る。そして掘った穴にルイーナの亡骸を丁寧に寝かせて土をかけ、スコップを元の土に戻す。
最後にやや離れた場所で転がっていたレイピアを突き刺し墓標とした。
空が血の様な赤で染まりきった頃、俺達はルイーナの埋葬を終えた。
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耳に着くのは僕の大切な人の悲鳴。喉を切り裂く様な悲痛な叫び声。涙が混じる獣の如き咆哮。苦しそうな息遣い。辛そうな嗚咽。必死に呼吸を行おうとしている音。まるで喉を締め付けられているみたいなくぐもった声。
何で……何でこんな事に……ごめん。本当にごめん。ごめん。ごめん。
僕は泥の様に全身を包み込む暗闇に身を横たわらせながら何度も謝る。無力な自分を呪い、非力な自分に怒りを感じて。こんな最低で最悪な事に巻き込んでしまう原因を作ってしまった過去の自分の行いを悔いながら。
今尚苦しそうに、言葉にならない声を漏らし続ける彼女に向けて懺悔する。謝る。謝り続ける。
ごめん。俺に力が無い所為で君を傷付けてしまって。ごめん。助けてあげられなくて。ごめん。僕が弱いばっかりに、君に怖い思いを……辛い思いをさせてしまって。こんな事になるなら君を誘ってギルドに入らなければよかった。古い風習が根付く村に嫌気が差して村から出ようなんて考えなければよかった。故郷の村で慎ましく暮らしていればよかった。
こんな事になるなら、君に好きだと伝えておけば良かった。
畜生……畜生!畜生っ!!
僕の心に小さくも毒々しい炎が灯った。その炎が徐々に心の奥底から体の表面へと燃え広がっていく。メラメラと燃え続けるドス黒い炎。
僕の感情が具現した炎の中で、僕は金髪の男が下卑た笑みを此方に向けている事に気がついた。
許さない……彼奴だけは!彼奴だけは絶対に許さない!
其奴は今もルイーナを苦しめる男。魔王アスラゴートを倒した勇者一行の1人。人類最強の剣の使い手。『剣聖』。
『剣聖』の顔を認識した僕はギリギリと奥歯が欠けるくらい力強く歯を食いしばる。血が滲む程力を込めて拳を握る。
憎い。彼奴が憎い。
神様。僕はどうなってもいいのでどうか1度……たった1度でもいいから僕に復讐を……彼奴を、『剣聖』を殺すチャンスを与えてください。チャンスを与えてくれるなら悪魔でも良い。どうか僕にルイーナを苦しめ、消えない苦痛を、屈辱をもたらした彼奴を殺すチャンスをください。
「ーーー」
僕は神と悪魔に縋った。すると暗闇の中に小さな光が灯り、声が聞こえた。暗闇の中でボンヤリと灯る光は闇夜に輝く月の様に僕を照らし、暗闇に広がる声は僕の名を呼んでいる様な気がした。
そして僕の中にあの光の方へ行かなければと、啓示にも似た使命感が湧き上がる。僕はあの光の方へ行かなければならない。あの光が、あの声が僕を呼んでいる。
呼んでるなら行ってやる。僕はこんな暗闇の中で立ち止まっている暇はないんだ。
ルイーナの屈辱を晴らす!それが今僕がやらなきゃいけない事だ!
「お、漸くお目覚めか」
「あ……貴方は……」
僕は全身を包み込む泥の様な重苦しい闇の中を手探りで進み、光を目指して手を伸ばす。そして光に触れたと思った次の瞬間、僕の瞳は影を映した。
僕の瞳に映ったのは、顔の上半分を隠す画面を被り悪魔の様に微笑む救いの神だった。
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「昨日ぶりだな。フェイル」
「は、ハデスさん。それにベルゼさんも……こ、此処は?」
「此処は私達が拠点にしているイルザールの宿です。さ、飲めますか?」
「あ、ありがとう、ございます」
イルザールに戻り、フェイルを活動の拠点にしている宿のベッドへ寝かせてから約1時間後。眠り姫ならぬ眠り男のフェイルが漸く目を覚ました。
彼は目の焦点が定まっておらず、ベルゼが水を注がれた木彫りのコップを差し出すと目を白黒させながら水を煽った。
「そうだ、ルイーナ!ハデスさん、ベルゼさん!ルイーナを見ませんでしたか!?」
「やはりあの女性はルイーナさんだったんですね」
「ベルゼさんルイーナは今何処に!」
「フェイル、落ち着け」
「で、でも!」
「落ち着け」
「う……はい。すみません取り乱してしまって」
「気にするな。それより飯だ。お前も宿のルームサービスで良ければ奢ってやる」
「え?そ、それは有り難いですけど僕はルイーナを探しに行かないと」
「良いから。食ってけ」
水を飲み一息付いた様子のフェイルは切羽詰まった形相で俺とベルゼに詰め寄る。些か精神が不安定になっている様子で、こんな調子では2人の身に何があったのか聞いても満足な受け答えは期待出来ない。
俺の一喝を受けてフェイルは己が取り乱していたと自覚したらしいが、体は小刻みに蠢いている。直ぐにでもルイーナの元に向かいたいと彼の体が物語っている。
案の定フェイルはルイーナを探しに行くつもりだったらしい。
だがもう手遅れなのだ。その事をフェイルに告げても今の精神状態なら受け入れられる可能性は低い。だから俺はフェイルに気持ちを整理する時間を与える為、半ば無理矢理夕食に同席させる事にした。
「戻ったぞ。ん、そこな小僧も目を覚ましおったか」
「今し方な。さ、飯だ飯」
するとタイミングよく自由職業別組合に依頼達成の報告に向かわせたディーネが帰って来た。
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ルームサービスで運ばれて来た実に質素な夕餉を無心で黙々と胃に送る。メニューは温かいが具の少ないスープにボソボソとしたライ麦パン。蒸したじゃがいもと分厚いベーコン。ありふれた如何にもなメニューだ。美味くもなければ不味くもない。
俺にとってはいつも通りの作業。死なない為にする栄養補給の作業。
その作業の傍ら同じテーブルを囲む3人に目線を向けてみた。ディーネ、フェイルは俺と同様無言で食事を続け、近くに発光鉱石が有れば食事を必要としないベルゼは席に着いてはいるものの、静かに目を瞑ったまま微動だにしない。
「馳走になった」
部屋に響くのはカチャカチャと食器が触れ合う音と咀嚼音のみ。結局食事中誰も口を開く事はなかった。長い沈黙。その沈黙を破ったのは、夕餉をペロリと平らげたディーネだった。
「ご馳走様でした」
「ん」
「あ、あの……」
「フェイル。頭は冷えたか」
「……はい。自分の身に何があったのか、何故僕がハデスさん達と居るのか……何となく分かりました。ハデスさん……ルイーナは」
ディーネが声を発してから数分後、次いでフェイル、最後に俺の順で夕餉を完食し終えた。そして食事が済んだ事を確認したベルゼが3人分の食器を部屋の外に出していると、フェイルが遠慮がちに声を出す。
食事をした事で落ち着きを取り戻し、気持ちの整理も出来たみたいだ。これならルイーナの事を報告しても問題ないだろう。
フェイルの縋る様な目線。声色。自分の予想が誤りであると俺に証明して欲しい。そんな淡い期待を、そんな健気な感情を抱いている事が手に取る様に分かった。
「死んだよ」
だが此処で嘘を言って何になる。嘘は余計フェイルの心を抉るだけだ。だから俺は淡々と真実を告げる。それがフェイルの為になるし、ルイーナの手向けになる筈だから。
「そう……ですか。やっぱり……うっ、うぅっ」
フェイルはこの場にルイーナが居ない事で薄々気が付いていた様だ。ルイーナが既にこの世に居ない事に。
フェイルは嗚咽を漏らしながら俯く。体が小さく震え、透明な雫がポタポタと床に落ちる。
俺達は暫く口を塞ぎ、フェイルの涙が枯れるまで泣かせてやった。
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「フェイルさん、大丈夫ですか」
「ありがとうございますベルゼさん。はい、もう大丈夫です」
「それを聞いて安心した。ならフェイル質問だ。『剣聖』と何があった?」
「っ!」
部屋に響いていた嗚咽が次第に小さくなっていき、程なくして嗚咽が止まる。涙が止まった両目を真っ赤に染めるフェイルは力なくはにかむ。好きなだけ泣き続けて涙が枯れ果てた様だ。
俺の隣に立つベルゼがフェイルの涙が止まったのを確認し彼の顔を気遣う様に覗き込む中、俺は平常心を取り戻したフェイルに『剣聖』の間で何が起こったのか質問した。
『剣聖』と聞いたフェイルがビクッと震えたのを、俺達は見逃さなかった。
「貴様は気を失っている時、『剣聖』と呟いておった。包み隠さず白状せい」
「ディーネさんそんな脅す様な……」
「いえ良いんです……話します。信じて貰えないかも知れませんが……」
「安心しろ。俺達はお前の言葉を信じる」
「ハデスさん……ありがとうございます。切っ掛けは昨日の夜です。僕とルイーナは今日、昨日バックスで知り合った『剣聖』様や他のギルド組員の方と一緒に魔獣の討伐に出掛けたんです。僕達は新人ギルド組員という事で、万が一に備えて『剣聖』と行動する事になったんですが、彼奴が……彼奴が!」
フェイルは『剣聖』との間で何があったのか話し始めた。最初は静かに言葉を紡いでいたが徐々に声色が荒々しくなっていく。それに比例してフェイルは最初様付きで呼んでいた『剣聖』を呼び捨てにし、最後には彼奴とまで言い放った。
やはり俺の察した通りの事がおこったらしい。
「『剣聖』はお前等と知り合った昨日の段階でルイーナに目を付けていた。で、大方『剣聖』がルイーナにちょっかいを出して止めようとしたお前はボコボコにされたんだろ」
「……ハデスさんの言う通りです。僕は困っていたルイーナを助けようとしましたけど、それが『剣聖』の逆鱗に触れたんです。僕なんかが彼奴に勝てる筈もなく、僕は反撃する事も出来ないまま殴り倒されました。そしてルイーナは……」
「下衆じゃの、吐き気がするわ」
「えぇ、女の敵ですね」
「はっ、汝と意見が合うとはな。それにしても貴様、『剣聖』にタコ殴りにされたのに良く死ななんだの」
「それは多分、ルイーナがくれたこのお守りが僕を守ってくれたんだと思います」
「それは……」
俺の予想を肯定したフェイルは悲しそうな笑みを浮かべ、胸元に伸ばした手を俺達へ向ける。彼の手にはペンダントが握られていた。ルイーナの足元に落ちていたペンダントと同じ物だ。
ただフェイルが身につけていたペンダントには、昨日まで嵌め込まれていた筈の赤い宝石が無くなっていた。
「ここにはめ込まれていた赤い宝石には、僕達が育った村に古くから伝わる加護が刻み込まれていたんです。この宝石を肌身離さず持っていれば、宝石が不幸を受け止め所有者を守ってくれると……」
「ルイーナさんが、それを?」
「えぇ……ギルドで一緒に働こうと約束した時、お互いの安全を願ってお互いが作ったこのペンダントを交換したんです」
「そうか」
ギュッとペンダントを握り締めたフェイルの顔が歪む。その顔からは尋常じゃない怒りや憎しみが見て取れた。
それにしても、あのペンダントにそんな加護があったとはな。
ペンダントに……いや宝石に不幸を受け止めてもらうには宝石を肌身離さず持っていなければならない様だが、宝石が埋め込まれたルイーナのペンダントは彼女の足元に落ちていた。
つまり手放してしまったから、ルイーナは俺達が見つける前に息絶えてしまったのだろう。フェイルの様に不幸から守ってもらえなかったのだろう。そしてフェイルが身に付けていたペンダントの宝石は、その役目を終えて砕け散ったのだろう。
成る程成る程。実に良い加護じゃないか。
その加護が刻まれた小洒落た宝石付きのペンダントは今は俺の手の内だ。中々に有用な物みたいだから俺が有効活用してやるとしよう。となれば、これ以上ペンダントの話をするのは得策ではないな。話を逸らそう。
「なぁ、フェイル。彼奴が、『剣聖』が憎いか?彼奴に復讐したいか?」
「っ……えぇ、えぇ!憎いですよ!復讐したいに決まってますよ!でも僕じゃ……僕なんかじゃ返り討ちに会うのが関の山です。この話を他のギルド組員に言っても信じて貰える筈もない……僕にもっと力が有れば!ルイーナの仇を取ってあげられるのに!」
話題を逸らした俺の問いにフェイルは吠えた。瞳にはドス黒い狂気の炎が燃え盛っている。怒りに声は震え、握り締められた拳からは血が滲んでいた。
ほう、ペンダントだけじゃなく此奴も使えるな。
怒り吠え猛るフェイルを見てそう感じた。フェイルは復讐を望んでいた。俺にはフェイルの怒りが、復讐を望む姿がとても好ましく思えた。
此奴を使えば作戦はより万全になる。昨日の段階では面倒な存在としか思えなかったが、状況が変わった。トドメを刺す権利までは与えないが、一矢報いる為の機会くらいは与えてやろう。それは俺にとっても利が有るから。
喜べフェイル。お前はウザったい存在から復讐の為の駒に昇格したぞ。
「そうか。ならフェイル、俺達と一緒に『剣聖』をぶっ殺さねぇか?」
「え」
「俺とディーネも『剣聖』に恨みがあるんだよ。で、俺達は『剣聖』を殺す算段を付けた。後は実行に移すだけの状態だから、幸運なお前にも一矢報いる機会を分けてやる」
「ほ、本当ですか?本当にあの『剣聖』を……あの英雄を殺せるんですか?」
「あぁ勝算はある。お前が手伝ってくれるなら勝算は更に上がる。どうだ?」
「分かりました。お願いします、協力させて下さい!彼奴に復讐出来るならこの命も惜しくないです!」
「良い返事だ、今この瞬間からお前は俺達の共犯者だ。よろしく頼むぜ」
「はい!そ、それでどんな方法で彼奴を殺すんですか!」
「焦るな焦るな。今からゆっくり説明してやるよ。ベルゼ、茶でも入れてやれ」
「かしこまりました」
満面の笑みを浮かべフェイルへ手を差し出すと、フェイルは直ぐに俺が差し出した手を力強く握り返してきた。血走った瞳を此方に向けるフェイルの顔は醜く歪んでいる。俺の目の前に居るのは、最早『コボルト』に苦戦していた新米ギルド組員ではない。
復讐に囚われ、怒りに呑まれ、殺意に支配された悪鬼だ。親しい者の死に悲しみ、救えなかった事を悔いる哀れな存在だ。
「ふっ、此奴も此奴で下衆じゃのぉ。まるで悪魔じゃ」
しかし何者にも変えがたい存在だ。
俺はディーネの小さな呟きを無視しながら、新たに手に入れた駒の肩を組みソファへと誘う。
嗚呼、ソウ。ソウダトモ。俺ハ下衆サ。救イヨウノ無イ程ノナ。
内心でそうほくそ笑み、貼り付けた笑みを浮かべたまま、黒い瞳をフェイルへと向ける。俺は復讐を成功させる為の道具と化したフェイルへ作戦の詳細を1から説明してやる事にした。




