無慈悲な決戦(8)
「ショウ、どこへ行ってた?」
「弓を借りて残りの矢を撃ってた」
「1本、残ってるぞ」
「この黒い矢は、あいつの喉笛に刺すから、取って置って事」
「ショウって根に持つタイプなんだな。初めて知った」
「そんな事、無い・・・あるかな?」
テルは火傷の痕が痛々しい。
ここは第3城壁の中、王宮がある最後の砦だ。
既に王族と貴族は逃げ出していて、王宮内で負傷した兵士の治療をしている。
「エミリさん、幻獣は城門の周りに張り付いてます」
「ああ、大丈夫、信じてるから」
「僕も必ず白夜と極夜を、正式に返せると信じてます」
「ありがとう、ショウ。あまり動くな傷口が開くぞ」
僕はかなりの重傷を負ったらしく、王家が所有していた『神秘の回復薬』を使って復活した。傷口は完全に塞がっている。
ハイドとの戦いは記憶にない。
「記憶になくて良かったな、俺は見てたから本気でトラウマだぜ」
「最後の敵の腕をつかんで、爆発させた技、グロかったよぉ」
「へー、握撃って技かぁ、もう使えないと思うけど」
「シ、ショウちゃん?!」
「僕の好きなマンガだよ」
「へー、意外だね」
最後の城門を守る兵士達の必死の戦いの奥で、僕達は気楽な話しをしてなごんでいた。不謹慎かもしれないが、今は体力と魔力の回復が最優先だ。
「マナ、大丈夫?」
「傷は大丈夫、体がだるいから、お婆さんになったみたい」
「魔力の使い過ぎだから、休むしかないね」
「ショウ君は魔力が見えないけど」
僕は限界を超えて魔力を使った為、全ての魔力を失っている。
今後、元に戻るかは分からない。
「幻獣は残り5000、我等は3000を切りました」
「持ち場を守った優秀な正規兵だ。彼等の死を無駄にはしない」
「矢も槍も尽き、城門は既に変形しています」
「イスでもテーブルでも何でも構わん、ぶつけて足止めしろ」
「了解しました!」
「それと精鋭を玉座の間に集めてくれ」
「しかし、500にも満たないと思いますが」
「集めてくれ」
「了解しました!」
ドレーゼンさんは全ての幻獣を城内に誘い込み、徐々に後退しながら撃退していた。結果的に民間人への被害を最小限に止め、さらに王族も逃がす離れ業をやってのけた。
「その為の犠牲は大きいがな」
「で、俺達は何をするの」
「君達は隠れてなさい。この廊下の先に宝物庫がある。負傷者と・・・」
「ちょっと待てよ、司令官。俺達は逃げろって事?」
「そうだ。君達はよくやってくれた、残りは我々が戦う」
もう直ぐ日が沈む。
王宮の光魔導具が光り始めた。
「僕は戦います」
「ショウ君」
「そうだな。最後まで付き合うぜ」
「ショウは逃げろ。奥さんと産まれてくる子供が悲しむ」
「ここで奴等を止めないと、国中が襲われる。だから今、戦わないと」
「なるほど、俺もワンチャンあったから。サリーいい子、産んでくれよ」
「あんな寒い夜、精子も凍るよ」
「真夏に汗だくより、マシだな」
「収穫祭の時は涼しくなってました」
「あぁ、こんな事なら、もっと風俗行けばよかった」
「なんでさぁ、途中から下ネタになるの。しかも、ショウちゃんから」
ルキアが呆れる横でマナの悲しい表情に僕達は笑えなかった。
ドレーゼンさんがマナの肩に手を置いた。
「残念だ。マナ、約束は守れそうにない」
「約束?」
「最後の戦いに、君達を巻き込まない約束だ」
「そっか、マナ、ありがとう。もしもお別れになっても、僕は家族を守りたい」
「・・・でもね、死んだら終わりなんだよ」
「終わらないよ。きっと続きがある、さっき見て来たから」
「そうだな、天国への階段は暑かったよ」
「へー、僕は落ちる感覚だった」
「それって地獄じゃ。ヤバかったな」
マナの表情が少し緩んだ。
「僕が聞いた死後の世界は、天国も地獄も同じなんだって・・・
食べ物も飲み物も豊富にあって、飢える心配はない。娯楽もたくさんあって、退屈はしない。人は多過ぎず少な過ぎず、寂しくないし渋滞で困る事はない。
そんな素敵な世界なのに、住む人によって天国と地獄に分かれる。
環境の差ではなく、住む人の差が重要。
天国と思う人には信頼する仲間がいる。一緒に笑いあえる友達がいる。
もし、ここで別れても、必ず会えるから」
「ショウ君・・・ありがとう」
「ショウちゃん、ヴァンちゃん、テルちゃん、またね!」
マナとルキアは宝物庫に向かった。
「ショウ、私達エルフは肉体が滅びると、魂は故郷に帰ると信じられている・・・
エルフの故郷は人間が不死の国と呼ぶ、こことは時間の流れが違う世界なんだ。でも私はアルストリアで生まれた、エルフの故郷は知らない。もしも私の魂がさまよって故郷を見失ったら、必ずショウを探すよ」
「エミリさん・・・必ず」
「あの子達は私が守るから、自分の戦いに集中しろ」
エミリさんは宝物庫に入り、内側から錬金術でドアを固く閉ざした。
僕は右手に白夜、左手に極夜を装備
ヴァンはエルフの長剣を装備
テルは槍と近衛兵の盾を装備
男3人、それぞれの思いは違う。しかし、目標は同じだ。
『宝物庫は死守』
この場に残る468名の戦士よ
我等はこの国の最後の盾だ
命ある限り戦え
家族、恋人、仲間、自らが大切に思う人の為
全てをささげよ、愛しい人の為に!
おおおおおぉぉぉ!
王宮内の戦いが終わり、生き残った人間は249名。全員ボロボロだ。
宝物庫に隠れた3人、エルフの夫婦との感動の再開。
僕の記憶は曖昧だ。
セシリアさん曰く、記憶障害がしばらく続くらしい。
数日後、魔族側から使者が来て王国と魔族との間に、停戦協定が結ばれた。
1、ミドラスト河およびアルス川より北側を魔族の領土とする。
2、それぞれの河の中心を国境とする。
3、国境の変更に取り残された、双方の国民の安全と帰国を保証する。
4、交易目的を含め軍隊および兵器が国境を越える事を禁止する。
細かい決まりは無視して、大体の決め事はこんな感じだ。つまり、ミドルティア王国は国土の3分の1を失い、戦争を終結させた。
王族、貴族が逃げ出した王国は、軍隊が政治を行っている。そう、ドレーゼンさんが実質的に国を治めている。
完全な軍事国家となった国は、おそらく近い将来、異世界人を召喚して国土奪還作戦を開始するはずだ。停戦協定には冒険者の記述がない。
そこで僕は異世界人召喚施設とホムンクルス製造施設、それらの研究資料を破壊する為、研究施設に侵入した。
「ショウ君」
「マナ」
「魔法が使えないのに、どうやって破壊するつもり」
「黒色火薬を持って来たよ。化学の力で爆破解体だ」
「すごいね、ここを破壊したら、ショウ君はどこへ逃げるつもりなの」
「逃げないよ。僕はあのセシリアさんの弟子だから、簡単に手は出せないよ」
「そうだね。ショウ君には帰る家があるよね」
「マナ?みんなでアルストリアで暮らそうよ。暗い思い出は忘れて」
「ありがとう。でも、決めたから」
「マナ」
「触ったら駄目、気持ちだけで十分だよ」
僕は心でマナを抱きしめた。
マナと黒色火薬を設置し、導火線に火をつけた。もう僕達と同じ人間を造らないよう、願いながら。




