さよならは言わないで
早春、心地よい朝の眠りを、鐘の音が妨げる。
「カン、カカン、カン、カカカカカ、カン」
アルストリアで緊急事態を知らせる鐘の音だ。
「ショウさん!ドラゴンだ!ドラゴンが攻めて来た」
ご近所さんの声が響く。暖かくなって竜族が動きやすくなる。
『本当に竜族はせっかちだな』
エルフの夫婦が故郷に帰る為『春に迎えに来て』と収穫祭の時に、セシリアさんがお願いしていたらしい。
あの戦争を生き延びた僕達は、それぞれの新しい生活を始めていた。
僕は錬金術師見習いから道具屋見習いに転職して、婿養子らしく気を使いながら、戦争の傷を癒している。
リコはマナを警戒している様子だ。女の勘は鋭い。
「ショウ、お店はどうするの。開ける?」
「リコ、竜族が店の前にいて、誰が買い物に来るの」
「え!ここに来るの?」
「そうだよ、収穫祭の時は見付からなかったけど、今回は3体だから」
薬局の前の大通りに、リゲル、ドグス、ワールン、3体の竜族が舞い降りた。
ご近所さんが怯えているが、全員に説明をして周るのは面倒だ。ここは仲が良さそうな雰囲気を出して安心してもらおう。
「お久しぶりです」
「ショウ、そなた小さくなったのか?」
「色々ありまして、魔力を失いました」
「そうか、気を落とすな。魔力が無くとも人間は生きられる」
「はい、今は道具屋で働いてます」
エルフの夫婦が荷物を持って出て来た。
テルが手伝っている。火傷の痕も綺麗になり、サリーという女の子と婚約、王都で門兵の隊長の仕事を与えられている。今は治療の為、長期休暇中。春に結婚式を挙げてから、王都の仕事に就く予定らしい。
「ショウちゃん、元気でね」
「ショウ君、ありがとう」
「セシリアさん、アグレイさん」
アグレイさんの腰には、白夜と極夜。
この国にいたエルフは殆どが故郷に帰っている。極夜が戻った今、帰郷はやむおえない。握手を交わしながら、僕は涙をこらえた。
「ショウちゃん、泣いていいのよ。ショウちゃんの笑顔は忘れないから」
「セシリアさん」
僕の師匠で恩人で手本で、貴方の下でもっと学びたかった。
あふれ出す涙はもう止まらない。
「ショウ、俺の別れに涙は不要だぜ」
「ヴァン、本気なの」
「ああ、俺は世界を旅して周るよ。アグレイさん、隣の国まで乗せて下さいよ」
「ヴァン君、方向から海を越えた隣の国になるけど、構わないかな」
「もちろん!」
ヴァンは笑顔で親指を立てた。
「ヴァンちゃん眼帯をして、そのポーズ。中二病の末期症状だよ」
「うるさいな」
ヴァンはあの戦争で左眼を失った。
用心棒をしながら、ルキアと仲良く生活していたはずだが。急に世界を冒険したいと言い出し、結局ルキアの心が離れて単身旅立つようだ。
「ルキアちゃん、紹介したお仕事は順調?」
「はい。将来的には独立して、自分のお店を持つ予定です」
「そう、頑張ってね」
ルキアはセシリアさんの紹介で、美容師の見習いを始めた。
以外にも手先が器用で、将来はカリスマ美容師と自称している。間違ってお客様の耳を切った時、回復魔法で治して何事も無かったかのように振る舞う、精神的な強さもあわせ持つ。まさに経営者にむいている。
それぞれ握手を交わし、言葉をかけ合う。
ご近所さんも恐る恐る近づき、別れの挨拶をしている。
「マナ、荷物はそれだけで大丈夫」
「ええ、向こうで住み込みで働く予定だから」
「今度はマナが錬金術師見習いだね」
「うふふ、その前に呪いを解かないとね」
「大丈夫、きっと大丈夫」
「ショウ君、駄目だよ。触ったらうつっちゃう」
僕はマナを抱きしめた。
マナは魔力の使い過ぎによる後遺症で、記憶障害と原因不明の呪いがかかっている。触れるとうつるかもしれないが、別れ日にそんな事はどうでもいい。
「ショウよ、念の為だ。これを飲んでおけ」
「リゲルさん、これは?」
「妖精の霊薬だ、呪いを退ける効果ある。あの少女の呪いは厄介だ」
「そうですか・・・」
「案ずるな、セシリア殿の力を信じなさい」
「はい、ありがとうございます」
荷物を竜族に渡し、旅立ちの時が近づく。
「あれ、エミリさんは?」
「あの子は見送りしたくないって、子供みたいね」
リゲルさんにセシリアさん、ドグスさんにアグレイさんとヴァン、ワールンさんにマナが乗り。いよいよ出発の時。
「皆さん、本当にありがとう!」
「それぞれが信じる道を進みなさい。運命女神は微笑んでいます」
「アグレイさん、ありがとう!」
「セシリアさん、ありがとう!」
竜族は高く高く空へ舞い上がる。
アルストリアの上空を何度も旋回して、南の空へ飛んで行った。
僕達は見えなくなるまで手を振った。薬局の2階の窓にエミリさんの悲しい顔が写っていた。
『ありがとう。自分が信じる道を進みます』




