無慈悲な決戦(7)
ショウの瞳孔が小さく点のようになり。やがて、ゆっくりと開き始める。
「そうだ、その瞳の色だ。お別れだショウ、ゆっくりとな」
彼の瞳孔はつぼみが開花し、咲ききった花がそのまま枯れていく光景に似ている。美しくも儚い世界をハイドは鑑賞していた。
『失った物は大きいが、これから得る物は大きい、次の段階に移らないと』
ハイドは今後の事を考えながら、小さな違和感を感じていた。
ショウが両手で右腕をつかんでいる。
『しぶとい、やっぱり気に入らない奴・・・熱い・・・腕が』
ボンッ
ハイドの右腕が急速に膨らみ破裂した。
「う、腕が、腕が」
血管が破裂し、皮膚が裂け、筋肉がむき出しになる。
さらに、筋肉の中を通る毛細血管も次々に破裂する。
「う、うあぁ!離れろ」
ハイドはショウの体を押そうとした。
その時、骨の髄を通る血管が破裂した。骨が砕けハイドの右腕と共にショウは仰向けに倒れた。
「ショウ!死ぬな!」
ヴァンはよろけながら、ハイドに剣を振るう。
ハイドにはヴァンと戦う余力はあった。しかし、利き腕を奪われた精神的な動揺で、彼は遅れをとった。
ヴァンの剣がハイドの頬をかすめる。
『まずい、ここはやむを得ない』
ハイドは逃げ出した。
勝利を確信した瞬間に訪れた恐怖は、彼の心に深い傷を与えた。
物を取る。日常の生活で何度も、彼はこの傷に苦しむのだった。
「死んでないよな」
「絶対に助ける。ショウちゃん、帰って来て」
ルキアの魔力も残りわずか、ショウの持っていた回復薬でマナとテルは一命を取りとめた。死の淵をさまようショウに、必死の魔法が注がれる。
「私も手伝うわ」
「セシリアさん」
ルキアとセシリアの魔力がショウの体を癒す。
エミリはアグレイを背負っている。
「幻獣達は城内に侵入した。ここには残っていないと思う」
「エミリさん、アグレイさんは・・・」
「大丈夫、残りの回復薬を2人に」
「はい」
エミリはアグレイを寝かせ、周囲を警戒した。
今、幻獣に襲われたら、戦えるのは自分だけ。立ち上がるヴァンの動きを見て、彼も内臓に大きな負傷をしていると確信した。
そのエミリでさえ、全身に受けた衝撃は大きく、万全とは言えない。
「ヴァン、おまえも回復薬を飲め」
「いえ、俺は平気だから」
「駄目だ。おまえが動けないと、誰かショウを運ぶ」
「・・・・・」
ヴァンはビンに残った回復薬を舐めるように口に入れた。
「ここでは限界ね。城内に運びましょう」
「城内には幻獣が、いるんでしょ」
「大丈夫よ、正門以外の出入り口があるわ」
ヴァンはショウ、ルキアはマナ、セシリアはアグレイ、エミリはテルを背負い城内へ移動することにした。
「俺は歩きます」
「テルちゃん。エミリ、周囲の警戒をお願い」
「わかった」
テルは槍で体重を支えながら、自力で立ち上がった。
セシリアの案内で歩いた。
「ここよ、この地下が第2城壁の中まで、つながっているわ」
「ここは、俺たちが住んでいる近衛兵の寮」
「あら、今はそうなのね。当時は遠方から来た貴族の滞在所だったわ」
城下町の大通りから離れた、不便な立地のレンガ造りの建物、王族直属の近衛兵が住む集合住宅だ。ドレーゼンの直属の部下であるヴァン達も特別に入居していた。
「地下は食糧庫だと思ってた」
「待って、誰かいるわ」
「幻獣?」
「いや、気配が違う。人間だ」
薄暗い地下へと続く階段を上る靴音が聞こえた。
身なりの良い服装の男達が次々に階段を上がって来た。
「なぜエルフがここに?」
「お前たちこそ・・・」
「エミリ、失礼よ。最高司令官に魔族2名の討伐を報告する為です」
「この先の道を知っているのか?」
「ええ、貴方が生まれる前から、報告を急ぐの、ごめんあそばせ」
「魔族を討伐しただと!事実か?!」
地下から声が響いた。
煌びやかな軍服を着た男が階段を駆け上がった。
「あら、王子様」
「魔族討伐は事実か」
「ええ、郊外の大通りに1名。城門近くの大通りに1名」
「死体はどうした」
「ご覧の通り、負傷者多数、遺体はそのままです」
王子はしばし考えた。
ヴァンとエミリのイライラは最高潮だが、お構いなしに顎に手を当てて、地下への階段を塞いでいる。
「最高司令官への報告を急ぎます」
「最高司令官は私だ」
「あら、見るからに王族は逃げ仕度、司令の任は他者へ変更されるはずですが」
「なんだと、エルフめ、私を愚弄するか」
「ミカエル!通して差し上げなさい!」
地下から声が響いた。
旅の商人の服装をした女性が階段を駆け上がった。
「さあ、お通り下さい。貴方の報告で兵の士気も上がりましょう」
「ありがとうございます。女王陛下」
『え!女王陛下』
地下室には多くの王族や貴族が着替えをしていた。商人に変装して逃げる為、まさに逃げ仕度の最中だった。
女王の声に彼らは道を開け、セシリア達を通した。
地下通路は迷路のように入り組んだ作りになっている。そこをセシリアは迷わす進んで行く。
「地下は研究室なのよ。あなた達を召喚した場所もあるはずよ」
「そうか、ここから始まったんだね」
「テル、無理するな。もう敵の心配はない」
「・・・王族が逃げるって事は、ここも危ないんじゃ」
「そうね。第2城壁が破られたら、この先は修羅場よ」
第2城壁の城門は幻獣の攻撃を受けていた。
ドレーゼンの指揮の下、幻獣の数は12000まで減少していた。しかし、残った兵士の数は6000、倍の戦力さが城門の守りを低下させている。
「もう少しよ、みんな頑張って」
「出口は見えてます。俺は置いて行って下さい」
「馬鹿なことを、ここまで来て置いて行けるか」
エミリはテルを背負った。
第2城壁の中、研究者や学者が使う施設、今は誰もいない。施設の外にも誰もいなかった。
「どうして、誰もいないの」
「おい、城壁にも兵士が見えないぞ」
「捨てたのよ。みんな第3城壁へ走って」
第2城壁の城門が破られた。
幻獣達が内部に侵入し、攻撃対象を探して走り出した。
「ママ!早く!」
「お行きなさい。時間を稼ぐわ」
「そんな、だったら私が」
「エミリ、あなたは生きるのよ。早く行って!」
セシリアはアグレイを背負ったまま、魔法の詠唱を始めた。
涙をこらえて走るエミリの耳に詠唱が聞こえた。これから母が使う魔法の危険性が、彼女の足を重くした。
『ママ、信じてる。死なないで』




