不便な捜索隊(6)
「夕食の前にサウナに行ってきます」
「昼も食べてないのに、大丈夫か」
「今更、空腹はいっしょですよ」
「そうだな、牢屋は臭かったし、私も先に行くか」
「さすがエルフ、鼻も利く」
「ショウ、ちょっと来い」
「いえ、サウナに行きます」
リコちゃんと2人の少女を救出して、自警団へ報告した。
リコちゃん達は念のため、治療院で診てもらっている。領主が人さらいと内通しているため、病院などの公共施設は危険と自警団の団長が判断した。
病院があるんだ、と言ったらエミリさんに、薬屋失格と言われた。しかし、『魔女の薬』は病院と取引していない。
リコちゃん達の警護と人さらい達の逮捕は、自警団が中心となっておこない。商工ギルドの所長の救出と城主の責任追及は冒険者、商工ギルドが担当する。
「あぁー、貸切のサウナ、最高ですね」
「今頃は城主の館を、取り囲んでいるかな」
「町の人通りも少ないし、ここの店主もいないし」
「金を置いてるから問題ない、問題は夕食だ」
「閉まってる店、多かったですね」
ポルトト始まって以来の大事件に、民衆は城主の館や衛兵の詰所に押しかけた。普段から威張っている貴族や兵士が、弱い立場になるところを見たいのだろう。
サウナは店主がいなくても、暖炉に薪をくべれば暖まるが、レストランは料理人がいないと食べられない。
サウナから出ると、数件の店が開いていた。
「サウナが先で、正解だしたね」
「まったくだ、ショウは冴えてる」
エミリさんが行きたかった、レストランも開いていた。
コース料理専門のお店で、新鮮なイカを使ったパスタが有名な店だ。
「ここのパスタは、色がすごいぞ」
「イカ墨パスタですか」
「なんだ、知ってたのか」
「あの、食事中、すみません」
ウエイトレスが声をかけてきた。
「今日、人さらいをやっつけた方ですか?」
「ああ、そうだけど」
「すごい、エルフの方って、やっぱり弓の名手なんですね」
「まあ、そうかな」
エミリさんは僕を見ながら、ニヤリと笑う。
「すごいですよ、相手の喉の中心に、一撃必殺!」
「あの、食事中なんだ、その話しは後でな」
「すみません、失礼しました」
夕食の後、リコちゃんの様子を見に、治療院へ向かった。
リコちゃんは寝ていた、精神的な動揺はあるものの、取り乱した様子はなく、今は安心して寝ている、と治療院の院長が教えてくれた。
他の女の子も問題ない様子で、付き添いの母親に泣きながらお礼を言われた。
僕達も安心して、宿に戻った。
「ショウ、宿の主人が1本どうぞだと」
「ワイン1本ですか、どうして?」
「領主の別邸の場所を聞いたからだろう」
2人で祝杯をあげる。
エミリさんは他にも行きたい店があるらしく、食べ物の話しばかりしていた。
「ショウ、大丈夫か?」
「まだ、飲めますよ」
「誤魔化すな、つらい時に無理に明るく振舞うと、もっとつらくなるぞ」
「・・・・・」
僕は自分の中で戦っていた。
あの時、剣を持った男が攻撃してくると思って矢を放った、目の前の人達を守るため、自分が出来る事をした。
しかし、あの男は異変に気付いて、表に飛び出しただけかもしれない。攻撃の意思はなく、警告すれば剣をおいたかもしれない。
僕は何度も何度も、あの瞬間の戦いを繰り返している。
「僕は、自分が出来る事をしました。それが、最善の方法だったのか」
「ショウ・・・・・」
「何度、考えても、あの瞬間には戻れません」
「・・・・・」
「僕は・・・怖くて・・・」
エミリさんは、そっと僕を抱きしめた。
その時、自分が震えていることに気がついた。
「つらい時や悲しいとき、頭の中へ感情があふれてくる。
その時、心はからっぽになって、何かで埋めようとする。
ショウ、心を埋める代わりの物は無い。
時間をかけて少しずつ自分の経験に変えて、前へ進んで行くんだ」
エミリさんは、立ち上がり部屋を出て行く。
「そうだ、困ったときの、おまじないがある」
「おまじない?」
「スタン ング エイツ コーンツ」
「スタナ エ?」
「焦らずに、少し待ってから、立ち上がれ。という意味だ。
スタン ング エイツ コーンツ」
おまじないの効果は定かではないが、震えが止まっていた。
船は朝、出港するため早起きして治療院へ向かう。
リコちゃんはすでに起きていた、顔色も良く問題無い様子だ。院長も両親に合わせる事が一番の治療と言って、早朝の退院を認めてくれた。
「ショウさん、エミリさん、ありがとうございました」
「早く帰って、ご両親を安心させよう」
「はい」
船着場で乗船手続きをする。
冒険者ギルドの所長ガルドスさんが走ってきた。ギルドの職員と自警団の団員も一緒だ。
「バザロは体調が悪くて来れないが、ギルドを代表して、お礼を言わせてくれ」
「お礼なんて、とんでもない」
「本当にありがとう、いつか共に酒を酌み交そう」
「はい、喜んで」
「牢屋に入れて、悪かったね」
「いえ、牢屋を壊して、すみません」
「あんなの簡単に直るさ、またポルトトに来てくれよ」
「はい、必ず」
出航時間が近づき船に乗り込む。
大勢の人に見送られ、船はミドラスト河を上り始める。
ミドラスト河の河口は広く 岸が小さく見える
広大な大河の流れの中 船は小さく 僕はさらに小さい
空から見れば 大河も小さく見えるかな
水鳥の群れが優雅に舞い上がる
教えて・・・
「なにを黄昏ている」
「いや、遠くを見てないと、気持ち悪くて」
「やっぱり、冴える時と、抜けてる時の差があるな」
笑い声がオールを漕ぐ音に飲み込まれていく。
「上りは大変ですね」
「手伝って、体を鍛えたらどうだ」
「勘弁してください」
「あの、ショウさんとエミリさんは、お付き合いしてます?」
「ま、まさか、私は見習いの教育係だ」
「そっか、私にもチャンスがありますね」
『頑張れ、道具屋見習い』
『勘弁してください』




