アルストリア(3)
早朝から農作業、お店の掃除、買い物の荷物持ち、体を使う仕事が多いので、体力的にかなりきつい。
僕の体の観察は、血液を採取するまで発展した。と言っても小指に針を刺して、数滴だけ採取するのだが、血液を試薬に入れて、調べている様子は、人体実験を想像させる。
「ショウちゃん起きて、寝ながら食べちゃダメよ」
「す、すみません」
「だいぶ疲れているな」
「明日は休んで良いわ、体力つけてね」
「レベルを上げたらどうだ」
「そうね、その方が早いわね」
「でも、どこで?」
「この町から西へしばらく行くと、ダンジョンがある、そこでモンスターを倒すといい」
「ダンジョン?」
ダンジョンとは、古い洞窟が何かの作用で、迷宮に変わり、地下深くへ伸びていった、状態をそう呼ぶらしい。ダンジョンには普通の魔物と違い、ゴブリンなどの幻獣がいる。
「つまり幻獣は幽鬼と魔物の中間と言っていい」
「実態があるようで、ないような感じ?」
「大体あってるよ、倒せば経験値がもらえるから、レベル上げに便利だ」
「決まりね、エミリも手伝ってあげて」
「え?私も!」
この世界がRPGゲームの様な世界なのを忘れていた。
明日の為に、僕の体の観察は中止になった。エミリさんはなぜか、残念そうな顔をしていた。
ノックの音がした。
僕が自分の部屋に戻り、濡らした手ぬぐいで体を拭いている時だった。
「はい?」
「ちょっと、いいか?」
「いいですけど、裸ですよ」
エミリさんは気にせず入ってくる。
僕も気にしない、もっと凄い場所を見られている。
「体液を採取したいんだ」
「今からですか?」
「ママはやらないって言ったけど、気になってな」
「じゃあ、服着ますね」
「いや、そのままの方が、採取しやすいだろ」
状況を理解できていない僕をよそに、エミリさんは試験管を持って近づいて来た。
「私が出してあげるから、ママには内緒にしてよ」
耳元でいつもと違うやさしい声がした。
この世界に来てから、水鉄砲の機能しか使っていなかった、僕の大事な部分がやさしい刺激を受けて、高揚していく。
「座った方が出やすいか?」
「じゃぁ、ベッドで」
ベッドに座り、エミリさんは僕に試験管を手渡し、続きを始める。
僕の右肩に手のぬくもり、左肩に胸のぬくもりが、エミリさんの左手の動きに合わせて、しだいに熱くなる。
「明日は雨だから、朝からダンジョンに行くよ」
「はい、おやすみなさい」
「おやすみなさい」
白濁した体液の入った試験管を持って、エミリさんは何事もなかったように、部屋を出て行った。しばし呆然として、僕は眠りについた。
朝は雨の音で目が覚めた、エルフの力なのか長年の経験なのか、天気予報は当たった。
お出かけを諦めたくなるほど、大粒の雨が地面を叩いている。
「ダンジョンの中は雨は降らないよ」
「お弁当に水筒、光魔導具、忘れ物はないわね」
「この光魔導具ってなんですか?」
「魔石を入れると光るんだ、ランプより明るいぞ」
「ショウちゃん、矢が5本は心細いから、これを持って行きなさい」
「10本も、ありがとうございます」
「おまえが外したら、私が剣で倒すから、安心しろ」
エミリさんはいつも通りで、昨晩の事を気にする様子はない。
装備を整えフード付きマントを被り出発。
ショウの装備
鉄の弓
木の矢(15本)
短剣(補助装備)
布の服(上下)
皮の上着
鉄の胸当
鉄のこて(弓術士用)
皮のブーツ
布のマント
エミリの装備
エルフの長剣
短剣(補助装備)
布の服(上下)
皮の上着
皮のブーツ
布のマント
エルフの長剣は浅い反りのある両手剣で、柄の部分が長いのが特徴、日本の『ナギナタ』に似ているが、柄の長さはナギナタの3分の1ぐらいだ。
アルスウエストへ向かう道の途中に、ダンジョン化した鍾乳洞がある、近くを通る馬車に乗せてもらった。
「お嬢さん、薬屋の娘さんかい?」
「そうだ、ダンジョンの近くで、降ろしてくれ」
「若者が勇ましいのはいいが、危ないぞ」
「心配ありがたいが、貴方の倍は年上だ」
「こりゃ、失礼、お兄さんは?」
「見た目どおりの歳です」
ダンジョンの中は真っ暗で、道は枝分かれしていて、鍾乳洞そのものだった。
光魔導具に魔石を入れ明かりを照らす。 懐中電灯みたいだ。
「いたぞ、ゴブリンだ、あいつ等は弱いから、弓で一撃だ」
「あの、服を着てるんですけど」
「幻獣だからな、倒せば服も消える」
人型の醜い小人がいる、粗末な服と石の斧、頭に髪の毛はなく短いツノが生えている。
殺して良いのか?と戸惑ったが、見た目はゲームの雑魚モンスターそのまま、矢を射ると胸に命中する。
「あれ?消えた!」
「一定以上のダメージを与えると消えるんだ」
「石の斧も消えた!」
「幻獣だからな、魔石を拾って次だ」
ゴブリンがいた場所には、矢と魔石が落ちていた。
何匹かゴブリンを倒した、高画質のVRゲームをやっている気分がした。
「ここで戦ってたら、仲間と別れる必要が、なかった?」
「幻獣は消えるから、金にならないだろう」
「この石は、売れないんですか?」
「売れるが、10個で1Bかな」
「まとめ買いの単三電池より安い」
「また、おかしな事を」
魔石は魔力の結晶なので、魔力が高い人なら自分で作れる。魔導具は高級品なので普通の人は持っていない。需要と供給で価格が決まる、どこの世界も同じだ。
「奥に行くと幻獣が強くなるから、気を付けろよ」
「あのデカイの動いてる?」
「?」
鍾乳洞の天井に、大きくゆっくりと動くモノが見えた。明かりを向けると動きが激しくなった。
「ロックビートルだ、すごい数だな」
「幻獣ですか?」
「石を食べる魔物だ、雨を避けて入って来たんだろう」
「戻りましょう、刺激したら」
「そうだな、別ルートで行こう」
しばらく歩くと、空間の広い場所に出た。
鍾乳洞の絶景、石柱がキラキラと輝き、天井から『つらら』のような、白い石筍が無数に輝いている。
「綺麗ですねー」
「こんな広い空間、今まで無かったぞ」
エミリさんの疑問と共に、足元がグラグラと揺れた。地震?と思った時、地面が割れ、隙間から滑り落ちる。
辺りが闇に包まれた。




