第3話 完全覚醒、その名はレディ・ドロップ
それは、私のささやかな世界の崩壊を告げる、あまりにも鮮烈な色彩だった。
階段の下――
薄暗い踊り場に大の字でひっくり返った私の目に飛び込んできたもの。
心配そうに腰をかがめる生徒会長、天ヶ瀬清子様のスカートの奥。
夕日の残光を浴びて、それは黒い蜘蛛の糸のように、繊細で、妖艶で、そしてどうしようもなくハレンチな自己主張を放っていた。
極薄の、透け感のある黒レースの下着。
(く、黒……!? 清純を絵に描いたような清子様が、学校にこんな、大人の色気が大爆発しているような勝負下着を穿いてくるなんて……ッ!!!)
その事実を脳が理解した瞬間、私の全身の細胞が一斉に悲鳴を上げた。
頭のてっぺんから足の先まで、ドロドロとした甘く熱い衝撃波が駆け巡る。
心臓が爆音を立てて脈打ち、胸の奥に閉じ込めていた魔力のダムが、音を立てて決壊した。
【警告:リビドーゲージ100%突破!!!】
【エラー:上限値を計測不能——過剰収穫モードに移行します】
【完全体への強制覚醒を開始。肉体再構成を行います】
(あああ、脳が、脳が溶けてしまいます……! 体が熱い、熱くて破裂しそうです……!)
「きゃあっ!? な、何、この光は……!?」
上から清子様の短い悲鳴が聞こえる。
私の身体から、物理的な質量を持った紫色の妖しい魔力の光が、ボコボコと泉のように湧き出していたからだ。
光は瞬く間に踊り場を包み込み、夕闇の空間を淫らな紫一色に染め上げていく。
バキ、バキ、と――
ブレザーのボタンが引きちぎれる音が、静かな空間に響いた。
私の肉体が、内側から劇的に作り変えられていく。
猫背だった背筋が強制的にピンと引き伸ばされ、不健康に白かった肌は、まるでもぎたての果実のように瑞々しく、艶やかな色気を帯びて上気していく。
何より凄まじいのは胸元だった。
普段は貧相なAカップを大きめの制服で隠していたはずなのに、大気を吸い込むたびに、むくむくと質量を増していく。
ブレザーの合わせ目が弾け飛び、白シャツのボタンが悲鳴を上げて吹き飛んだ。
(信じられません……。私の胸が、一気にEカップまで大増量していますよ……! 重いです、歩くたびに揺れて大変なことになりそうです……!)
変貌はそれだけに留まらない。
跳ねていた紺藍色の髪は、しっとりとした濡れ感のある漆黒のロングヘアへと変化し、紺色のローファーからは、細くしなやかな、先端がハートの形をした悪魔の尻尾がニュルリと這い出た。
そして紺藍の髪の隙間から、小さな、しかし存在感のある漆黒の角が二本、天を突くように生える。
仕上げとばかりに、私の顔面に魔力が集束した。
具現化能力が発動し、私の両目を覆うように、妖艶な『漆黒のバタフライマスク』が形成される。前髪はすっきりと上がり、マスクの隙間から覗く私の瞳は、完全に正気を失った深い紫色へと染まっていた。
——完全覚醒。
サキュバスの完全体。
その瞬間、私の内面を支配していた臆病でジメジメした陰キャの『ジメ子』は、どこか深い海の底へと沈んでいった。
代わりに浮上したのは、すべてを支配し、すべてを貪る、肉食の化身。
(ふふ……。素晴らしいです。身体中が極上のリビドーで満ち満ちています。よわよわな私はもういません。さあ、目の前の可愛い子羊を、どう料理してあげましょうか?)
私はゆっくりと身体を起こした。
動きの一つ一つに、無自覚な色気が滲み出る。
引きちぎれかけた制服の隙間から、豊満なEカップの胸の谷間が大胆に露出していたが、恥ずかしいという感情は微塵も湧かなかった。
むしろ、見せつけてやりたいとすら思う。
階段にへたり込み、腰を抜かしたように私を見上げている清子様。
彼女は、突然目の前に現れた「謎のバタフライマスクの美女」に、完全に圧倒されていた。
「あ、あなたは誰……!? 何者ですか……っ! 本校の生徒ではないわね……部外者は立ち入り禁止です……っ!」
震える声で、それでも生徒会長としての毅然とした態度を保とうとする清子様。
健気です。
実に愛らしいです。
ですが、そのお堅い唇が、私の魔力に触れた時にどんな甘い悲鳴を上げるのか、想像するだけでゾクゾクしてしまいます。
「おや、天ヶ瀬先輩? そんなに怯えないでください。私は怪しい者ではありませんよ?」
私の口から出たのは、自分でも驚くほど低く、鼓膜を優しく撫でるような、とろけるようなソプラノボイスだった。
一歩、清子様へと近づく。
その瞬間、私の身体から無意識に放たれる『サキュバスの魅了オーラ』が、濃厚な霧となって清子様を包み込んだ。
「ひゃあ……っ!?」
清子様の身体がビクンと跳ねる。
彼女の白い頬が、またたく間に林檎のように真っ赤に染まっていく。
呼吸が荒くなり、完璧だった瞳が、トロンと潤みを帯びてドギマギし始めた。
サキュバスのフェロモンが、彼女の純潔な理性をダイレクトに汚染している証拠だ。
「あ、あの……本当に誰なの、ですか……? どうやって校内に……?」
警戒しているはずなのに、私の顔から目が離せない様子で、清子様がうわ言のように呟く。
完全に私の魅力にロックオンされている。
(ふふ、効いていますね。私の魅力に早くも溺れかけています。ですが、ここで誰かに邪魔をされては興醒めです。少し、二人きりの空間を作りましょうか)
私はそっと指先を鳴らした。
パチン、と小さな音が旧校舎に響く。
サキュバスの隠密・結界能力が発動し、この階段と廊下、そして隣接する保健室のエリア一帯が、現実世界から隔離された【閉鎖空間】へと変貌した。
これで、外から誰かが入ってくることも、私たちの声が外に漏れることも一切ない。
完全なる、二人だけの秘密の花園だ。
「私の名は『レディ・ドロップ』。――それよりも、あなた、体調が悪いのではなくて? お顔が真っ赤です。風邪でしょうか? それとも……私にときめいてしまいましたか?」
「な、何を言って……っ、私は、ただ……っ!」
言葉がうまくまとまらない清子様の前にしゃがみ込み、私はその形の良い顎を、人差し指でそっと持ち上げた。
バタフライマスクの奥の紫の瞳で、彼女の潤んだ目を至近距離から見つめる。
「そんなに震えて、可哀想に。安静にできる場所に移動しましょう。幸い、すぐそこに保健室がありますから」
「保健、室……?」
「ええ。そこでお話ししましょう。……天ヶ瀬先輩の、その、誰にも言えない秘密について」
私の指先から、ほんの少しだけ『暗示の魔力』を流し込む。
清子様の身体から完全に力が抜け、私の胸元にコテリと頭を預けてきた。Eカップの柔らかい感触に、彼女の顔が埋まる。
(さあ、お楽しみの時間です。学校に黒レースなんて不埒な下着を穿いてくるいけない子には、レディ・ドロップ直々の『指導』が必要ですよね?)
私は清子様の華奢な身体を横抱きに——
お姫様抱っこで軽々と持ち上げると、妖しく微笑みながら、静まり返った保健室の扉を蹴り開けるのだった。




