第28話 写真部へのガサ入れと、絶体絶命の押収劇
「素晴らしい……ッ! 素晴らしいよ千代田ちゃん! 君は我が写真部が求めていた至高の芸術家だ!」
放課後の写真部室は、かつてないほどの熱気に包まれていた。
私が文芸部の野乃さんを連れ立ち、彼女が一晩で書き上げたという『新作小説』を持ち込んだところ、部室は一瞬にして合法的な変態たちの集会所へと変貌を遂げたのだ。
「ひゃぅっ!? あ、アリス先輩、近いです、胸が当たってます……っ!」
部長の五反田アリス先輩は、興奮のあまり野乃さんの華奢な肩を抱き寄せ、その豊かな胸に彼女の顔を埋め込ませている。
原稿を奪い合うようにして読んでいた副部長の暦さんも、いつもは曇りがちな瞳をらんらんと輝かせ、何度も激しく頷いていた。
「……見事ですね。ただの百合官能小説じゃないわ。学校の規律を象徴する『学年主任』と『委員長』という役職にある者たち。それが密室の保健室で、医学的治療という大義名分の元に解体され、羞恥の極致である『浣腸』によって調教されていく……。この精神的、肉体的な尊厳の破壊。写真で表現するなら、広角レンズであおり気味に、屈辱に歪む顔をドアップで捉えたいシチュエーション!」
「でしょ!? でしょ暦ちゃん! 特にこの、冴子先生が『ほら、我慢しちゃダメよ』って言いながら、橙子ちゃんの可愛いお尻に容赦なくチューブを突っ込むシーン! ゾクゾクしちゃうよねぇ!」
アリス先輩と暦ちゃんが鼻血が出そうな勢いで絶賛するのを見て、原稿の生みの親である野乃さんは、顔を真っ赤にしながらも嬉しそうに身を縮めていた。
もちろん、私もその輪の中心で、我が事のように胸を張っている。
「ふふふ、みなさん。この傑作のインスピレーションを与えたのは、他ならぬこの私、潮見雫ですよ。きっと、私が野乃さんから受けた『特別取材』が、彼女の眠れる文才を呼び覚ましたに違いありません!」
私が内心でサキュバスとしての全能感に浸り、部員たちと一緒になって破廉恥な妄想トークに花を咲かせていた、まさにその時だった。
* * *
写真部の面々が、千代田野乃の執筆した小説の回し読みをしていた。
その頃――
旧校舎の薄暗い廊下を、二つの鋭い足音がこちらに向かって近づいてきていた。
一つは、カチッと寸分の狂いもなく踏み締められるローファーの音。
もう一つは、廊下に「カツ、カツ」と冷徹な響きを轟かせる、高いパンプスのヒールの音。
「——佐々木先生。やはり、写真部に対する取り締まりを強化すべきです」
憤慨した声を上げていたのは、クラス委員長の杉田橙子だった。
彼女はその日の放課後、職員室にいる学年主任の佐々木冴子先生の元へと直訴に赴いていたのだ。
「あの潮見雫という生徒、日頃の挙動不審な態度だけでなく、今日は休み時間に教室で、軽井沢さんを相手に極めて不純で、いかがわしい破廉恥な発言をしておりました。あの調子では、写真部の部室が不健全な行為の温床になっている可能性が非常に高いです!」
橙子の熱心な訴えに、ワンレンボブの知的で美しい髪を揺らしながら、冴子先生はスクエア型の眼鏡を指先でクイと上げた。
「……そうね。潮見に関しては、前々から素行に問題があると思っていました。真面目な生徒たちからも、彼女の周囲で妙な噂が流れていると報告を受けています。……ちょうどいいわ、これから早速、写真部の部室の様子を見に行ってみましょう」
「はい! よろしくお願いします!」
自分たちがどれほど恐ろしい『地獄の蓋』を開けようとしているのか、二人は知る由もなかった。
* * *
「むふふ! じゃあ次の章では、冴子先生が橙子さんに『実習』と称して、自分でチューブを挿入させるプレイなんてどうですか!?」
「それ最高! 潮見ちゃん天才! 千代田ちゃん、今すぐアイデアをメモして!」
わいわい、ギャーギャーと、私たちは旧校舎の防音性の低さを完全に忘れて盛り上がっていた。
野乃さんがノートに新しい変態シチュエーションを書き込もうとした、その瞬間——。
バアンッ!!!
とてつもない衝撃音と共に、写真部室の古びた木製のドアが、文字通り蹴破らんばかりの勢いで盛大に開け放たれた。
「ひゃいっ!?」
「うおっと!?」
あまりの爆音に、私たちは一斉に飛び上がった。
埃が舞う入り口の向こうに立っていたのは、腕を組み、仁王立ちでこちらを冷酷に見下ろす、学年主任の佐々木冴子先生。
そして、その背後から「正義の鉄槌を下しに来ました」と言わんばかりの引き締まった表情で見つめる、委員長の杉田橙子さんだった。
一瞬にして、部室の温度が氷点下まで下がったような錯覚に陥る。
「……ずいぶんと賑やかね、写真部の皆さん」
冴子先生の、低く、有無を言わせない大人の威圧感が部室を支配する。
「教室内、および部活動における大声での私語、ならびに風紀を乱すような不健全な笑い声。廊下まで丸聞こえですよ」
「げっ、冴子ちゃん……じゃなくて、佐々木先生!?」
アリス先輩が引きつった笑顔を浮かべ、咄嗟に机の上の原稿を隠そうと、バッと覆いかぶさった。
しかし、その不審すぎる動きを、鋭い鷹のような冴子先生の目が逃すはずがなかった。
「蓮見アリス。今、何を隠したのですか?」
「え? い、いや〜? 何も隠してないですよ〜? これはただの、写真の構図に関する、ちょっとしたお勉強の資料というか何というか……」
「杉田。押収しなさい」
「はい!」
冴子先生の冷徹な命令を受け、橙子さんが素早い動きでアリス先輩を押し退け、机の上に散らばっていたプリントアウトの束を、ガサッと強引に掴み取った。
「ああっ! それはダメです、委員長! それはまだ校正中で、あ、いや、違くて……っ!」
私が慌てて止めようとしたが、時すでに遅し。
橙子さんは奪い取った原稿を、しっかりと冴子先生の手へと手渡してしまったのだった。
* * *
「いったい、何を読んでいたのですか? 現代文の教師として、あなたたちの『お勉強の資料』とやらを確認させてもらいます」
冴子先生はフンと鼻で笑うと、手元に渡された原稿の1ページ目に視線を落とした。その横では、橙子さんも「ふん、どうせ大したものではないでしょう」と、勝ち誇ったような笑みを浮かべて覗き込んでいる。
静寂。
部室の中を、ただ時計の針の音だけが刻んでいく。
最初は、不快そうに眉をひそめていた冴子先生だった。
しかし、ページを2枚、3枚とめくるにつれて、彼女の完璧に整った美貌が、見たこともないほど奇妙に引きつり始めた。
隣で一緒に読んでいた橙子さんに至っては、もはや目を見開いたまま完全に石化している。丸眼鏡の奥の瞳が、恐怖と羞恥で激しく震えていた。
なぜなら、そこに書かれているのは——。
『佐々木冴子は、屈辱に震える杉田橙子の制服を剥ぎ取り、冷たい診察台の上で、その秘所へと過激な治療(浣腸)を施した』
という、今まさに目の前にいる二人をモデルにした、この世で最も破廉恥な百合官能小説だったからである。
「な……ななな……っ!?」
橙子さんの顔が、一瞬にして茹で上がったトマトのように真っ赤に染まった。
あまりの羞恥に、頭からボッと湯気が出そうなほどだ。
「なっ!? なぜ、私と先生の名前が、こんな……こんな卑猥で頭のおかしい文章に……っ!!」
冴子先生の手も、ワナワナと激しく震えていた。
額に青筋を浮かべ、顔を真っ赤にしながら、地獄の底から響くような声で呟く。
「……なんですか、これは? 説明しなさい、潮見雫。蓮見アリス。これは一体、どういうことですか」
言い逃れのしようのない、完全なる現行犯逮捕。
しかし、ここで認めれば人生が終わる。私は冷や汗を滝のように流しながら、必死に脳細胞をフル回転させて言い訳を捏造した。
「せ、先生! 誤解です! それは……それは、我が写真部と文芸部が合同で挑んでいる、最先端の『前衛芸術』なんです! 人間の排泄欲求と権力構造を風刺した、ポストモダン文学の一種でありまして……決して、先生方を侮辱する意図は——」
「黙りなさい!!!」
キィィィンッ!
と鼓膜が破れそうなほどの、冴子先生の怒声が部室に炸裂した。
彼女は原稿をバサァッ!
と机に叩きつけると、氷よりも冷たい、殺意すらこもった眼差しで私たち全員を見据えた。
「実在する教師と生徒を侮辱し、このような卑猥かつ破廉恥な妄想を文書化して部内で共有するなど、到底許されることではありません! 芸術だの文学だの、見苦しい言い訳は一切通用しません!」
冴子先生は激しい呼吸で胸を上下させながら、メガネをクイと直すと、無慈悲な、確定した未来の宣告を口にした。
「……写真部、ならびに千代田野乃。あなたたちの活動は本日を以て全面禁止。そして——私の権限において、写真部は『廃部』処分とします。明日、正式な書類を作りますから、覚悟しておきなさい!」
「ええええええええええええええええええっ!!!?」
部室に、私たちの絶望の悲鳴が木霊した。
自業自得とはいえ、あまりにも最悪すぎる結末。
勝ち誇ったような、しかし未だに羞恥で涙目の橙子さんと、怒り狂った冴子先生が部室を去っていく後ろ姿を見送りながら、私はただ、己の調子に乗りすぎた行動を激しく後悔し、その場に崩れ落ちるしかなかったのだった。
(第29話へ続く)




