第27話 放課後の文芸部と、暴走する問題作
「……納得がいきません。なぜ、私だけがあんなに怒られなければならないのでしょうか」
放課後。
人気のない旧校舎の廊下を歩きながら、私はブツブツと恨み言をこぼしていた。
午前中の休み時間のことだ。
ギャルの莉愛さんに絡まれ、物理的な制裁(と見せかけた極上のスキンシップ)を受けていたところを、クラスの委員長である杉田橙子さんに激しく叱責された。
校則違反だの、風紀の乱れだの、いかがわしいだの。
莉愛さんは軽く注意されただけで席に戻ったというのに、私に至ってはまるで『クラスの治安を脅かす汚物』のような、親の仇でも見るかのような冷たい視線を向けられたのだ。
(あんな堅物で潔癖症の委員長がいるクラスでは、私の平穏な学園生活も先が思いやられますね……)
か弱い日陰者の自分を、正義の委員長が優しく助けてくれる——そんな百合妄想満開の都合の良い展開を少しでも期待した私が馬鹿だった。
しかし、そんな鬱屈とした気分も、旧校舎の奥へ進むにつれて少しずつ晴れていく。
今の私には、密かな楽しみがあるのだ。
* * *
「失礼します、千代田さん」
ギィ、と立て付けの悪いドアを開け、文芸部の部室へ足を踏み入れる。
古い紙とインクの匂いが漂う静寂の密室。
そこには、先日の『限界密着取材』を経て、すっかり私と共犯関係(?)になったパステルグリーンの髪の文学少女——千代田野乃さんが、長机に座って一人で待っていた。
「ああっ、お待ちしておりました、潮見さん!」
私を見るなり、野乃さんはパァッと顔を輝かせて立ち上がった。
その目の下にはうっすらとクマができているが、瞳孔は不思議なほどギラギラと輝いている。
「あの、新作の小説を拝読しに来たのですが」
「はいっ! 唐突に閃いたインスピレーションのおかげで、筆が……いえ、キーボードを叩く手が全く止まらず、徹夜で一気に書き上げてしまいました。是非とも潮見さんから感想をもらいたく――さあ、どうか読んでみてください!」
ドンッ!
野乃さんが私の目の前に差し出してきたのは、クリップで留められた分厚いプリントアウトの束だった。
ざっと見積もっても数十枚はある。
これを一晩で?
私は彼女の執筆スピードと狂気的なまでの情熱に戦慄しながら、パイプ椅子に腰を下ろし、ゴクリと唾を飲み込んでから原稿の1ページ目をめくった。
* * *
『——冷たいリノリウムの床に、カツ、カツ、と鋭いヒールの音が響く』
冒頭の一文から、私は一気に野乃さんの創り出した世界へと引きずり込まれた。
今回の登場人物は、前回の「生徒会長と副会長とモブ生徒」ではない。
一人は、学年主任であり、規律と情操教育に厳しいことで恐れられる『鉄の女』こと、現代文の佐々木冴子先生。
そしてもう一人は——なんと、今朝私を理不尽に叱りつけた、あの生真面目な委員長、杉田橙子さんだったのだ。
(なっ……!? これは……っ!?)
私は目を見開き、活字を追う。
物語の舞台は、放課後の旧校舎にある使われていない保健室。
最近、極度の緊張とストレスから酷い便秘(お通じの悪さ)に悩まされていた橙子さんが、ふとしたきっかけで冴子先生にその秘密を知られてしまい、誰にも言えない『特別な治療』を受けるために呼び出されるという導入だった。
『「杉田。日頃から規則に縛られ、我慢ばかりしているから、そんなところに溜め込んでしまうのよ。……さあ、力を抜いて。私が優しく、全部出してあげるから」』
原稿の上の活字が、私の脳内で鮮明な映像となって再生される。
タイトスカートのスリットから艶めかしい脚を覗かせ、冷徹な大人の色気を漂わせる冴子先生。
彼女の細く長い指先が、医療用の潤滑ゼリーをたっぷりと掬い取る。
対する橙子さんは、普段の「第一ボタンまでキッチリ留めた制服姿」を無残に剥ぎ取られ、冷たい診察台の上に四つん這いにさせられていた。
『「ひぐっ……あ、あぁっ……! 先生、だめ、です……っ。こんなの、校則違反……っ!」』
『「いいえ、これは『治療』よ。ほら、委員長なのに……こんなにヒクヒクと震えて、可愛らしいこと」』
信じられない内容だった。
あの隙のない、私を汚物扱いした憎き委員長が、冷たいチューブを挿入され、屈辱と快感に涙とよだれを垂らして喘いでいる。
冴子先生の容赦のない浣腸液の注入。
下腹部を満たしていく異物感と、破裂しそうなほどの排泄欲求。
限界を迎え、診察台の上でブルブルと痙攣しながら、大人の女性に完全に支配され、身も心も作り変えられていく橙子さんの姿——。
【現在の蓄積リビドー:65%】
(急上昇中)
(す、素晴らしい……ッ!!)
私は原稿を持つ手をガクガクと震わせていた。
普段は強権を振るい、生徒たちを見下している真面目な人間たちが、密室で理性を失い、ドロドロの欲望にまみれている。
なんという背徳感。
なんという圧倒的なギャップ萌え。
そして、あの憎き橙子さんが辱めを受けているという事実が、私のサキュバスとしてのサディスティックな欲望を猛烈に刺激した。
「むふっ、はぁっ、はぁっ……」
無意識のうちに息が荒くなり、下腹部がじんわりと熱を帯びていく。
私は一言も発することなく、取り憑かれたように数十枚の原稿を最後まで読み切った。
* * *
「ど、どうでしたか……?」
最後のページをめくり終えた私に、野乃さんがおずおずと、しかし期待に満ちた上目遣いで感想を求めてきた。
私は深く息を吐き出し、原稿を机に置くと、かつてないほど真剣な表情で彼女の目を見つめ返した。
「……傑作です」
「えっ!」
「支配する大人の女教師と、服従を強いられる潔癖な委員長。その剥き出しの羞恥心が暴かれる関係性の妙が見事に描かれています。特に、排泄という人間の根源的な欲求を管理されることでの『尊厳の破壊』……文学として、完璧な仕上がりです」
私が熱弁を振るうと、野乃さんは「ああっ……!」と両手で口元を覆い、感激の涙を浮かべた。
「潮見さん……っ! わかってくれるんですね! そうなんです、あの厳しい冴子先生と、真面目すぎる杉田さんの裏側に、こんな倒錯した関係があったら最高だなって……!」
控えめに、しかし確実に狂喜する野乃さん。
自分の妄想(性癖)を完全に肯定された彼女は、もはや私をただの同級生ではなく、『唯一無二の理解者』として見ているようだった。
「潮見さん! 私、決めました!」
野乃さんはバンッと両手で机を叩き、鼻息を荒くして身を乗り出した。
「この素晴らしいインスピレーションを、この作品を、私と潮見さんだけで楽しむのはもったいないです。ぜひ、潮見さんの所属している写真部の『同志』たちにも、これを読んでもらいましょう!」
「……っ! それは、素晴らしい提案ですね!」
リビドーの急上昇で完全に思考回路が焼き切れていた私は、その提案が持つ『恐るべき危険性』に全く気づいていなかった。
アリス先輩や暦ちゃんといった、変態揃いの写真部メンバー。
彼女たちにこの劇薬のような官能小説を読ませれば、間違いなく大絶賛の嵐が巻き起こるだろう。
実在する教師とクラスメイトをモデルにした、極めて不適切で破廉恥な同人誌を、学校の部室で堂々と回し読みする。
それが発覚した時、どれほどの大惨事を引き起こすことになるのか——。
その時の私は、近づく破滅の足音に微塵も気づくことなく、野乃さんと共に悪魔のような笑みを浮かべ合っていたのだった。
(第28話へ続く)




