第21話 廃部の危機と、美しき生徒会長の庇護
私は絶望のどん底にいた。
私立百合ヶ丘高校・新校舎三階、生徒会室。
そこは、普段私が生息しているカビ臭い旧校舎の写真部部室とは、完全に別次元の空間だった。
床にはふかふかの絨毯が敷かれ、壁には歴代生徒会長の肖像画。
中央に鎮座する巨大なマホガニー製のデスクからは、権力と規律の匂いがプンプンと漂ってくる。
「座りなさい」
「ひゃいっ!」
生徒会副会長・御園絵里香さまの冷徹な一言で、私はパイプ椅子(なぜか私のためだけに用意された粗末なもの)に弾かれたように腰を下ろした。
証拠画像を突きつけられた私は、抵抗する間もなくドナドナされる子牛のように、この生徒会の聖域へと連行されてきたのだ。
デスクの向こう側で腕を組む絵里香さまは、まさに冷酷な審問官そのものだった。凛とした銀髪のハーフアップが、窓からの光を受けて鋭く輝いている。
「潮見雫さん。あのSNSの投稿……いえ、悪質な盗撮行為については、もはや弁明の余地はないわね。あれだけの反応(閲覧)を引き起こしておいて、手違いでしたでは済まされないわ」
「うぅ……っ。はい、ぐうの音も出ません……」
私は猫背をさらに丸め、消え入りそうな声で呻いた。
完全に私のミスだ。
「以前から、あなたたち写真部については良からぬ噂を耳にしていたのよ」
絵里香さまが、冷たい氷のような瞳で私を見下ろす。
「女子生徒のスカートの中を狙っているだの、部室からいかがわしい声が聞こえるだの、他の生徒からの苦情もいくつか寄せられているわ。今回の盗撮事件は、その決定打よ」
(ぎくぅっ!?)
私は心臓を鷲掴みにされたように身をすくませた。
苦情が来ていた!?
しかも、スカートの中だの、いかがわしい声だの……完全に全部図星じゃないですか!
「よって、生徒会は写真部の『廃部』を正式に検討するわ」
廃部。
その二文字が、重いハンマーのように私の脳天を直撃した。
写真部がなくなれば、私の平穏な学校生活は終わりを告げる。
アリス先輩の黒レースも、暦さんの変態トークも、紡ちゃんの純情なリアクションも、すべて失われてしまう。サキュバスとして気兼ねなく付き合える交友関係が絶たれれば、私は干からびて死んでしまうかもしれない。
「ま、待ってください! 廃部だけは、それだけはどうかご勘弁を……!」
「却下よ。清子をあんな好奇の目に晒した罪は重——」
「——いきなり廃部というのは、少し乱暴じゃないかしら、絵里香」
その時、生徒会室の奥にある来賓用のソファから、鈴を転がすような澄んだ声が響いた。
立ち上がり、こちらへと優雅な足取りで近づいてくるのは、我が校の頂点に君臨する生徒会長・天ヶ瀬清子さまだった。
歩くたびに、艶のある黒髪のストレートロングがさらさらと揺れ、ふわりと花のようないい香りが漂ってくる。
「清子……でも、この生徒はあなたを……」
「絵里香の心配は嬉しいけれど、まずは話を聞かせてあげて」
清子さまは絵里香さまを優しく制すると、私の目の前に立ち、その美しい黒曜石のような瞳で私を見つめた。
「潮見さん、と言ったわね。どうしてあんな風に、私の写真を撮ってSNSに投稿したの? 理由を聞かせてちょうだい」
慈愛に満ちた声。
しかし、その奥には確かな威厳がある。
私はごくりと唾を飲み込んだ。
ここで下手な言い訳をすれば、確実に殺される(絵里香さまに)。
ならば、正直に、私のカメラマンとしての、いや、一人の人間としての魂の叫びをぶつけるしかない!
「そ、それはですね……っ!」
私はパイプ椅子からガタッと立ち上がり、両手をギュッと握りしめた。
「誰もいない教室の写真を撮っていた私は、偶然、窓越しに清子さまのお姿をお見かけしたんです。夕暮れの光の中、物憂げに外を見つめるその横顔があまりにも、あまりにも美しくて……! まるで名画から抜け出してきたかのようなその神々しさに、私の魂は激しく揺さぶられました!」
「えっ……」
予想外の熱弁に、清子さまがパチクリと瞬きをする。
「私はつい、無我夢中でシャッターを切っていました! そして、現像された(スマホに保存された)その奇跡の一枚を見た時、私は思ってしまったのです。この圧倒的な美しさを、私一人で独占してはいけない。世界中の迷える子羊たちと共有し、この美を讃えなければならないと……! もちろん、事前に許可を取るべきだったと海より深く反省しております! ですが、私の行動の根源にあったのは、清子さまの美貌に対する純粋な『信仰心』なのです!!」
ハァ、ハァ、と息を切らしながら一気にまくしたてる。
生徒会室に、静寂が落ちた。
絵里香さまは「こいつ、頭がおかしいのでは?」というような軽蔑の目を向けていたが、当の清子さまは違った。
「う、美しいって……そんな、それに――信仰心だなんて……大袈裟よ……」
清子さまは、両手で自らの頬を覆い、耳の先まで真っ赤にして照れていたのだ。
完璧超人として常に気を張っている彼女にとって、あそこまでド直球の容姿への賛美(と変態的な熱量)をぶつけられたのは初めてだったのかもしれない。モジモジと身をよじる姿は、破壊的なまでに可愛らしかった。
【現在の蓄積リビドー:10%】
(清子の照れ顔により急速回復)
(いける……! この流れ、完全にいけます!)
持ち前の図太さを発揮した私は、ここぞとばかりに一歩踏み込んだ。
「清子さま! 廃部をお許しいただけるのであれば、これからもどうか、私の専属モデルになっていただけませんか!? あなたのその輝きを、私に一番近くで記録させてください!」
「ええっ!? も、モデル……?」
清子さまは戸惑いながらも、どこか嬉しそうに目を泳がせた。
「そ、そうね……。そういうことなら……たまになら、いいわよ?」
「本当ですか!? ありがとうございます!!」
ガッツポーズを取る私。
起死回生の特大ホームランだ。
これで廃部も免れ、あわよくば生徒会長の秘蔵写真まで合法的に撮り放題——。
「いい加減になさいッ!!」
ドンッ!!
激しい音が響いた。絵里香さまが、私の背後の壁を強く叩き、いわゆる『壁ドン』の体勢で私の退路を断ったのだ。
「騙されないで、清子。この潮見という生徒はただの変態よ。言葉巧みにあなたを誑かそうとしているだけだわ」
絵里香さまは清子さまに向けてそう言い放つと、ギリッと歯を鳴らし、私に向かって顔を近づけてきた。
「調子に乗らないで。モデルなんて、絶対に許可するわけないでしょう。これ以上清子に近づいたら、ただじゃおかないわよ……」
凄みのある低い声。
完全に殺意がこもっている。
しかし。
至近距離まで迫ってきた絵里香さまの顔は——怒りで歪んでいてもなお、ゾッとするほど美しかった。
透き通るような白い肌、長い銀色の睫毛、そして彼女から漂う、冷たいミントのような上品な香り。
【現在の蓄積リビドー:50%】
(至近距離の超絶美少女からの威圧により急上昇)
(ひぃぃっ……怖い、怖いですけど……顔がいいっ! 匂いがいいっ!)
私は恐怖と同時に、サキュバスとしての厄介な本能を強烈に刺激されていた。
足の震えが止まらず、頭の中が快楽とパニックでぐちゃぐちゃになる。
「ひゃうっ」
限界を迎えた私の足腰はぐにゃりと力を失い、バランスを崩して後ろへと尻もちをつくように倒れ込んでしまった。
痛い、と目を瞑った——
その直後。
「だ、大丈夫!? だから、やり過ぎよ、絵里香!」
床に叩きつけられるはずだった私の身体は、背後からふわりと柔らかな何かに包み込まれた。
慌てて駆け寄った清子さまが、倒れ込む私を膝立ちになって抱き止めてくれたのだ。
そして、私の顔面は、清子さまのふくよかで、信じられないほど柔らかい『胸』に、真正面からムギュッと深く埋もれていた。
「〜〜〜〜〜〜ッ!!?!?」
花の香りが爆発する。
顔中を包み込む、規格外の弾力と圧倒的な女性の温もり。
「きゃっ……ご、ごめんなさい、潮見さん、苦しくない!?」
清子さまが慌てて私を抱き直そうとするが、その動きがさらに摩擦を生み、私の顔面を極上の天国へと誘っていく。
【現在の蓄積リビドー:100%】
【警告:リビドーゲージ、限界を突破しました】
私の中で、何かがパチンと弾けた。
恐怖も、廃部の危機も、すべてがどうでもよくなるほどの、どろりとした甘い快楽が全身の血管を駆け巡る。
視界が紫色の淫靡な光に包まれ、隠しきれない魔力が生徒会室の空気を震わせ始めた。
「……あ、あら? 潮見さん……? なんだか急に、雰囲気が……?」
私を抱きかかえる清子さまが、不思議そうに瞬きをする。
壁際で睨みつけていた絵里香さまも、異様な気配にハッと息を呑んだ。
「ふふっ……ふふふふふっ♡」
私の口から、もうジメ子のものではない、甘く艶やかな笑い声が漏れた。
極上の生贄を前に、レディ・ドロップの時間が、再び始まろうとしていた。
(第22話へ続く)




