第20話 生徒会副会長の襲来と、動かぬ証拠
【現在の蓄積リビドー:15%】
完璧な偽装工作を完了し、心身ともに充実した睡眠をとった翌日の放課後。
私は晴れやかな気分で写真部の部室のパイプ椅子に座り、鼻歌まじりに愛用のカメラのレンズを磨いていた。
(ふふふ……今日の私も絶好調です。あの冷酷無比な生徒会副会長の追跡を完璧なステルスで振り切り、さらにはSNSを使ったアリバイ工作も完璧。これで私の平穏な写真部ライフは盤石というわけです)
私が一人でドヤ顔を浮かべていると、隣でオカルト雑誌を読んでいた暦さんが、前髪の奥で不気味に目を細めた。
「フヒッ、潮見さん。今日はなんだかやけに機嫌が良いですね。何か極上の百合案件でも目撃したのでしょうか、デュフフフフ」
「ふふ、秘密です。強いて言うなら、圧倒的な勝利の余韻というやつでしょうか」
「はわわ……潮見先輩、すごく自信に満ちててかっこいいですぅ……」
一年生の紡ちゃんが、尊敬の眼差しで私を見つめてくる。後輩からの純粋な称賛に、私の自己肯定感は天を突き抜けるほど高まっていた。
しかし、陰キャが調子に乗ると、必ずしっぺ返しを食らうというのがこの世の摂理である。
バンッ!!
突如、部室のドアが乱暴に開け放たれた。
笑い合っていた部室の空気が、一瞬にして凍りつく。
開いたドアのフレームに立っていたのは、氷のように冷たい眼差しを持った銀髪の美少女——生徒会副会長、御園絵里香さまだった。
「——お邪魔するわよ」
地を這うような低く凛とした声。
背筋をピンと伸ばした彼女が部室に一歩足を踏み入れるだけで、周囲の温度が5度は下がったように錯覚した。
「ひぃっ!?」
私は弾かれたように立ち上がり、危うくカメラを落としそうになった。
なぜだ。
なぜ彼女がここにいる。
私の偽装工作は完璧だったはず。
まさか、昨日の撮影がバレていたのか?
「あら、絵里香ちゃん、いらっしゃい。生徒会直々の視察? ご苦労なことねぇ」
パニックに陥る私とは対照的に、部長のアリス先輩は飄々とした態度のまま立ち上がった。彼女は同じ三年生ということもあり、絵里香さまの威圧感を全く気にした様子もなく、フレンドリーな足取りで近づいていく。
「それにしても、相変わらず良い匂いさせてるわねー。ちょっと疲れてない?」
アリス先輩はそう言うなり、ポンと絵里香さまの肩を抱き寄せ、流れるような自然な動作で、彼女の制服越しの引き締まったお尻を軽くポンッとタッチした。
「ひゃっ! ……ちょっと。馴れ馴れしくしないでください、蓮見さん!」
普段は完璧主義で隙のない絵里香さまが、アリス先輩のセクハラじみたボディタッチに目を白黒させ、わずかに頬を赤らめて距離を取る。
(な、なんと……! あの冷徹な副会長をあそこまで翻弄するなんて。流石はアリス先輩、三年生の陽キャギャルとしてのコミュ力と度胸が桁違いです……!)
【現在の蓄積リビドー:18%】
(美少女同士の尊いスキンシップにより微上昇)
私は恐怖を抱きつつも、眼福すぎる光景にちゃっかりリビドーを上昇させていた。
「フヒッ、素晴らしい絡みです……絵里香副会長の恥じらう顔、デュフフッ」と暦さんも隣で息を荒くしている。
だが、その和やかな(?)空気もそこまでだった。
絵里香さまはコホンと一つ咳払いをし、冷徹な仮面を被り直した。
そして、アリス先輩を邪魔な障害物でも見るように軽くあしらうと、その氷の視線をまっすぐに私へと向けたのだ。
「……今日ここへ来たのは、あなたに用があるからよ。潮見雫さん」
「えっ、ひゃいっ!?」
変な裏返った声が出た。
絵里香さまが、コツ、コツ、とヒールの音を響かせて私の目の前まで歩み寄ってくる。
「あなたですね。昨日、旧校舎の空き教室から……生徒会室を盗撮していたのは?」
心臓が、ドクンと激しく跳ねた。
空気がピンと張り詰める。アリス先輩も、暦さんも、紡ちゃんも、息を呑んで成り行きを見守っている。
しかし、私はここで折れるわけにはいかなかった。
昨日、私は完全に気配を絶ってトイレに隠れ切ったのだ。確たる証拠などどこにもないはずだ。カマをかけているに違いない。
「さ、さて。突然、なんのことですか……?」
私は顔面から滝のような冷や汗を流しながらも、必死で口角を引き上げ、引きつった愛想笑いを浮かべた。
「と、盗撮だなんて人聞きの悪い。私は昨日、誰もいない無人の教室という『静寂の美』をテーマに、真面目に活動実績用の写真を撮っていただけでして……清子さまの美しいお姿を望遠レンズで激写なんて、これっぽっちも身に覚えがありませんが」
「……そう。しらを切るつもりね」
絵里香さまは、氷点下の眼差しで私を射抜いたまま、スッと制服のポケットから自分のスマートフォンを取り出した。
「証拠はあるのよ」
「……え?」
彼女が私に向かって突きつけた、スマホの液晶画面。
そこに表示されていたのは、見覚えのあるSNSアプリの画面だった。
アカウント名は『百合ヶ丘高校写真部【公式】』。昨日、私たちがアリバイ作りのために急遽更新した、フォロワー数わずか4人の過疎アカウントである。
そのタイムラインの最新の投稿。
『撮影者:潮見雫(二年生)』というクレジットと共に、一枚の写真がデカデカとアップロードされていた。
「こ、これは……ッ!!」
私は目玉が飛び出そうになるほど見開いて、その写真に釘付けになった。
そこに写っていたのは、無機質な空き教室でも、夕焼けのグラウンドでもなかった。
窓際に佇み、物憂げな表情で外を見つめる——恋する乙女のような、儚くも息を呑むほどに美しい『生徒会長・天ヶ瀬清子』の超絶クローズアップ写真だった。
(あ、あああ……っ! し、しまったぁぁぁぁぁっ!!)
私の脳内に、昨日の部室での光景がフラッシュバックする。
『潮見ちゃん、あなたのスマホからもデータを一括で送って』
『了解しました。ええと、今日のフォルダを選択して……すべて選択、一括アップロード、と』
——あの時だ。
絵里香さまから逃げ切った安堵と焦りで手元が狂っていた私は、無人の教室の写真だけでなく、直前に撮影した『清子さまの盗撮データ』まで一緒に選択し、堂々と写真部の公式アカウントに放流してしまっていたのだ。
しかも、最悪なことはそれだけではなかった。
スマホの画面の下部に表示されている『いいね(ハートマーク)』と『リポスト』の数字。
フォロワーが4人しかいないはずのその投稿は、清子さまのあまりの美しさが世界中の同士の目に留まってしまったのか、わずか一晩で【2,500いいね】という、恐ろしいほどのバズを引き起こしていた。
「言い逃れできると思わないことね。潮見雫」
地獄の底から響くような、絵里香さまの宣告。
「あ、あばば、あばばばばばば……っ」
【現在の蓄積リビドー:0%】
(絶望により完全消滅)
動かぬ証拠――そう、自分自身の手で全世界に向けて発信してしまった『超高画質な動かぬ証拠』を前にして、私は泡を吹いて完全にフリーズするしかなかった。
(第21話へ続く)




