第16話 パンチラ研究会の掟と、等価交換の儀式
ガチャリ、と無情にも開かれる部室のドア。
私は全身の血の気が引き、心臓が口から飛び出しそうになるのを感じていた。
「……あれ? 潮見ちゃん、もう来てたんだ」
「クンクン……デュフフ、この真新しいインクの匂い。さては潮見さん、すでに本日の『活動』を開始していると見ましたぞ?」
「も、もう! アリス先輩も暦先輩も、勝手に開けちゃダメですぅ! 潮見先輩がお着替え中だったらどうするんですかぁ!」(チラッ!)
——その声を聞いた瞬間、私の中で張り詰めていた緊張の糸が、プツンと音を立てて千切れた。
「……あ、アリス、先輩……それに暦さんに、紡ちゃん……」
部室に入ってきたのは、生活指導の鬼教師でも、風紀委員でもなかった。
ブロンドヘアを揺らすハーフの陽キャギャル・アリス先輩。
前髪で完全に目を覆い隠した、同類(陰キャ)の匂いがする暦さん。
そして、おさげ髪を揺らしてオロオロしている唯一の良心、紡ちゃん。
私立百合ヶ丘高校写真部。
またの名を、パンチラ研究会。
私の(ある意味で)最も信頼できる共犯者たちの姿を見て、私はプリンターの前でへなへなとその場に座り込んでしまった。
「どしたの潮見ちゃん、幽霊でも見たような顔して。……あら? 何か「良い物」でも印刷していたのかな? 見せて、見せて~!」
アリス先輩が、制服の開いた胸元を揺らしながら、プリンターの排紙トレイにずかずかと歩み寄ってくる。
隠す暇などなかった。
トレイの上には、たった今印刷されたばかりの、最高品質の光沢紙が鎮座している。
* * *
被写体は、躍動する赤髪の天使・雛ちゃん。
アクロバティックな蹴りを放った瞬間の、健康的な太ももと純白の布地が、これ以上ないほど鮮明に写し出された『奇跡の一枚』である。
「あっ……!」
私が声を上げるより早く、その写真を見たアリス先輩の動きがピタリと止まった。
次いで、背後から覗き込んだ暦さんと紡ちゃんの動きも停止する。
部室に、奇妙な沈黙が落ちた。
ゴクリ、と誰かが唾を飲み込む音が聞こえた。
「こ、これは……」
最初に沈黙を破ったのは、暦さんだった。
彼女は震える手でその一枚を持ち上げると、前髪の奥にある目をカッと見開き、変態特有の荒い息を吐き始めた。
「潮見さん、凄いですよ、これは……! 激しいアクションの中で生じるスカートの乱れ、重力と遠心力の完璧な計算! そして何より、この被写体の表情! 必死に戦う少女の無防備な瞬間を切り取った、まさに至高の芸術! ぐへ、ぐへへへへっ!」
「ひゃわわわっ!?」
紡ちゃんが顔を真っ赤にして、両手で顔を覆う。
だが、指の隙間からバッチリと写真を見つめていた。
「潮見先輩、これ、どこで撮ったんですか!? この子たち、すっごく可愛いですぅ! まさかモデルさんですか!? 雇ったんですか? でも、こんな写真をどうやって……? しかも、この三人の絶妙な距離感と連携……ああっ、私の中に眠る百合の波動が刺激されますぅ!」
「……潮見ちゃん」
普段は軽いノリのアリス先輩が、かつてないほど真剣な声色で私を見た。
「あなた、普段からただ者ではないと思っていたけれど、まさかここまでだとはね……。このプロポーションの美しさ、筋肉の躍動、そして布のシワ一つに至るまでのフェティシズムへの理解。プロの犯行じゃん」
【現在の蓄積リビドー:60%】
(承認欲求が満たされ、快感指数が上昇中)
* * *
「ふ、ふふ……むふふふふ!」
三人のあまりの絶賛ぶりに、私は先ほどの恐怖などすっかり忘れ、ジメ子らしからぬドヤ顔で立ち上がった。
サキュバスとしての高度な隠密魔法と、超高速移動。さらには一眼レフの超連写機能を駆使した私の全てを出し尽くした作品。それが、この道のプロ(変態)たちに認められたのだ。
優越感で脳汁がドバドバと溢れ出てくる。
「まあ、私にかかればこれくらい造作もないことですよ。被写体はちょっとした……ええ、街の平和を守る魔法少女たち、とでも言っておきましょうか。私の『特別な技術』がなければ、決してカメラに収めることのできない奇跡の瞬間です」
私は髪をかき上げ、調子に乗ってふんぞり返った。
三人は、私が次々とプリントアウトした天衣ちゃんや魅夜さんの写真群を机の上に並べ、まるで国宝でも鑑定するかのように熱い視線を注いでいる。
「素晴らしい……。我がパンチラ研究会の歴史に名を残す大傑作だよ、これは」
アリス先輩が、ほうっと感嘆の溜息を吐いた。
「ええ、ええ。もう一生ついていきますぞ、潮見さん……」
暦さんが写真を頬に擦り付けながらデュフフと笑う。
「でも、困ったわね」
不意に、アリス先輩が腕を組み、深刻そうな表情を浮かべた。
「困った? 何がですか?」
私が首を傾げると、アリス先輩は机の上の写真と、私たち部員を交互に見比べた。
「我が部には、創設以来守り続けてきた絶対のルールがあるでしょ。それは『等価交換』。部員が新たなパンチラ写真を提供した場合、他の部員はそれと同等の価値を持つストック(秘蔵写真)を提供し、互いの業を深め合う……それが掟」
アリス先輩は、悔しそうに唇を噛んだ。
「でも、潮見ちゃんが持ち込んだこの一連のコレクション……芸術点、希少性、エロティシズム、すべてにおいてレベルが高すぎる。正直に言うわ。今の我が部のストックに、これと同等の価値を支払えるだけの『弾』はないのよ」
「あ……」
言われてみれば、確かにそうだ。
普段は登下校中の女子生徒の無防備な瞬間や、体育祭のチラリズムを重宝している彼女たちだが――今回の『魔法少女の激しい戦闘パンチラ(連写)』は、明らかに次元が違った。
「そうね……。支払える物がない以上、あれをやるしかないわね」
アリス先輩が、何かを決意したようにコクリと頷いた。
その言葉に、暦さんと紡ちゃんもビクッと肩を揺らしたが、すぐに覚悟を決めたような真剣な表情になる。
* * *
「……あの、みなさん? あれ、というのは……??」
私が戸惑っている間に、三人は部室の壁際——撮影用に用意されている白いスクリーンの前へと移動し、横一列に揃って並んだ。
そして。
「いくわよ、二人とも」
「承知しました」
「は、はいぃ……っ」
アリス先輩の合図とともに、三人は自らの手で、穿いている制服のスカートの裾を掴んだ。
そして、一切の躊躇なく、一斉に胸元までたくし上げたのだ。
「——っ!?」
バサッ、という布擦れの音とともに、三者三様の『秘められた領域』が、蛍光灯の光の下に無防備に曝け出された。
ゴージャスなプロポーションを誇るアリス先輩の、大人びた黒のレース。
陰キャな暦さんの、意外にも可愛らしい水玉模様。
気弱な紡ちゃんの、純白で清楚なコットン地。
三つ並んだ極上の絶景が、私の視界を暴力的なまでに埋め尽くす。
「さあ、潮見ちゃん。思う存分、シャッターを切りなさい! 私たちの『体』で、この写真の対価を支払わせてもらうわ!」
「ひゃああっ! は、恥ずかしいですぅ……っ!」
「こ、こうなれば死なばもろともです! ぶへへへへ」
なんと三人は、自らが被写体(生贄)となることで、等価交換を成立させようというのだ。
【現在の蓄積リビドー:99%】
【警告:致死量のリビドーを検知。脳内の魔力回路が暴走を開始しました】
私の脳内で、警報がガンガンと鳴り響く。
ただでさえ昨夜から高ぶっていたリビドーが、目の前の信じられない光景——『自発的な美少女三人組のパンチラ』という特大の劇薬を過剰摂取したことで、臨界点をあっさりと突破した。
「あ……あぁ……っ」
喉の奥から、甘く熱い吐息が漏れる。
全身の血が沸騰し、体の奥底から、ドス黒くも甘美な『魔力』がドクン、ドクンと脈打ち始める。
——ああ、ダメだ。
——この極上の餌を前にして、ジメ子の皮を被り続けることなんて、私にはもう限界だ。
「……ふふっ」
私の唇から、陰キャのそれではない、妖艶な笑みがこぼれ落ちた。
部室の空気が、ピンク色の淫靡な魔力によって染まり始める。
(第17話へ続く)




