第14話 激闘の果ての極楽浄土(パンチラ)と、賢者の帰還
【現在の蓄積リビドー:99%】
【危険:限界値が近づいています。魔力への変換を推奨します】
ここは、夜の商業プラザ。
無人の広場で繰り広げられる、三人の天使と巨大生物『ヨクボーン』の死闘。
私はビルの屋上に腹ばいになり、超高性能一眼レフカメラのファインダー越しに、その神聖なる戦いを(主に下半身中心で)見守っていた。
「オラオラオラァッ! 燃え尽きなっ!」
メスガキ天使の雛ちゃんが、赤いミニスカートを翻しながら、アクロバティックな連続蹴りと炎の魔法を巨大生物に叩き込む。
(素晴らしい! 活発な蹴り技のたびに、健康的な太ももと純白の布地が夜空に舞っています! 連写、連写です!)
カシャカシャカシャカシャッ!!
私の隠密魔法によって完全に無音化されたシャッターが、限界を超えるスピードで切られていく。
「凍てつく氷壁、逃がしはしないわ」
清楚天使の魅夜さんが、華麗なターンを決めて氷の魔法を放つ。
その瞬間、エレガントなドレスの深いスリットから、息を呑むほど美しい生足のラインと、その奥の神秘が露わになる。
(おおおっ! 魅夜さん、普段のガードが固い分、戦闘時のダイナミックな動きによるチラ見せの破壊力が桁違いです! ピント調整、完璧です!)
カシャカシャカシャカシャッ!!
私のサキュバスとしての動体視力と、異常なまでに研ぎ澄まされた変態的集中力が、彼女たちの動きをコンマ一秒の狂いもなく捉え続ける。
「ルキ、今よ!」
『任せるワン! 天界の聖なる光で、悪しき欲望を吹き飛ばすワン!』
ポメラニアンのルキちゃんが背中の小さな羽を光らせ、天使たちの武器にエネルギーを充填していく。
そして、私の妹——
天衣ちゃんが、光の弓矢を構えて天高く跳躍した。
「これで……終わりよっ! 『ピュア・ホワイト・アロー』!!」
重力を振り切って宙を舞う天衣ちゃん。
フリフリのピンクのスカートが、花びらのようにふわりと全開になった。
(天衣ちゃああああん!! お姉ちゃんは、立派に戦うあなたの姿を、そしてその下着のディテールを、一生の宝物にしますぅぅぅ!!)
【現在の蓄積リビドー:100%】
【 LIMIT BREAK:蓄積されたリビドーを魔力へと強制変換します】
私の脳内で何かが弾けた。
限界を突破したリビドーが爆発的な魔力へと変換され、身体能力強化に全投入される。
(限界を超えて、私はさらに強くなった!)
私はベストアングルを求めて、戦場の物陰から物陰へと超高速で移動を開始した。
さらに、彼女たちの衣服の乱れを“人工的”に作り出すため、魔力を練り上げて局所的な強風を発生させる。
——ごおっ!!!
ただの突風。
あるいは戦いの余波。
鋭い勘を持つ天使たちやナビゲーターのポメラニアンに不審に思われないよう、完璧に自然な大気の移動を偽装するには、凄まじい量の魔力を消費する。
しかし、芸術性の高い写真を撮るためであれば、これは必要なコスト、いや、安い投資というものだった。案の定、風に煽られた三人のスカートが、夜空に向かって盛大にひらひらと舞い踊る。
(素晴らしい……! これぞ神の領域!)
私が夢中でシャッターを切りまくる中、天衣ちゃんの放った極太の光の矢が、巨大生物ヨクボーンの脳天を正確に撃ち抜いた。
「ギシャァァァァァァァァッ!!」
断末魔の叫びとともに、ドロドロのヘドロウサギは眩い光に包まれ、浄化の粒子となって夜空に消えていった。
* * *
「……ふぅ。ミッション・コンプリートね」
天衣ちゃんが、ふわりと地面に着地して弓を下ろす。
「チィッ……! 忌々しいピュア・セラフィムどもめ!」
広場の隅で見ていた紫タキシードの男——インモラリアの幹部とかいう悪魔が、忌々しそうにギリッと歯を噛み締めた。
「今日のところはこれくらいにしておいてやる! このアデュー様の美しさに免じて、今回は引き下がってやろう。だが、次こそは必ずお前たちを俺の虜にしてやるからな! アデュー!!」
タキシードの男は、紫色の煙玉のようなものを地面に叩きつけ、古典的な悪役の捨て台詞とともに、文字通り煙のように姿を消した。
「逃げられたか……。まぁいいわ、街の被害は防げたし」
「それにしても、あのタキシードの悪魔、なんかナルシストでキモかったな」
「ええ。次に会ったら、問答無用で氷漬けにしてあげる必要があるわね」
『三人とも、見事な勝利だワン! 今日はもうパトロールを切り上げて、帰ってゆっくり休むワン!』
激闘を終え、変身を解いていく三人と一匹。
私はビルの屋上で、カメラを抱きしめたまま熱い息を吐き出していた。
* * *
(はぁ……はぁ……。やりました。見事なまでに女児向けアニメの展開。そして、私のSDカードの中には、何百枚もの奇跡のパンチラ写真が収められています……)
大・大・大成功である。
私は満足感に包まれながら立ち上がろうとして——ガクンッ、と膝から崩れ落ちた。
「……えっ?」
体に力が入らない。
漆黒のドレスを纏ったサキュバスの体が、羽のように軽く、そして鉛のように重いという矛盾した感覚に襲われている。
【現在の蓄積リビドー:15%】
【警告:魔力が枯渇寸前です。変身の維持が困難です】
「し、しまったぁぁぁ……っ!」
私は心の中で悲鳴を上げた。
サキュバスにとって、リビドーは魔力の源そのものだ。
私は先ほどの激しい戦闘の中、天使の光やポンコツ犬の探知から身を隠すための『超高度な隠密魔法』を維持しながら、同時に『超絶変態的カメラ連写』を行うために、ありったけのリビドーを燃やし尽くしてしまっていたのだ。
(い、いけません。このまま魔力が尽きれば、変身が解けて、ビルの屋上にただのジャージ姿の女子高生が取り残されてしまいます!)
それだけではない。
眼下では、天衣ちゃんたちが帰路につこうとしている。
彼女たちより先に家に帰り、パジャマに着替えて自分の部屋で寝たふりをしておかなければ、「お姉ちゃんがいない」と騒ぎになり、最悪の場合、この変態カメラマンの正体がバレてしまう。
「くっ……! ま、間に合って……っ!」
私は残された最後の力を振り絞った。
ドレスの裾を翻し、ビルの屋上から屋上へと、夜の闇に紛れて死に物狂いの跳躍を開始する。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」
普段の余裕のあるサキュバスの姿はどこへやら。今の私は、門限を破りそうになって全力疾走する、ただの哀れなジメ子だ。
【現在の蓄積リビドー:8%】
魔力が底を突きかけているため、足取りがおぼつかない。
それでも私は、カメラだけは胸にしっかりと抱き抱え、気合いと根性だけで夜の街を駆け抜けた。
——見えた。我が家の屋根だ。
私は最後の跳躍で二階の自室のベランダに飛び乗り、音を立てずにサッシを開けて、部屋の中へと転がり込んだ。
シュゥゥゥ……。
部屋に入った瞬間、ピンク色の光が弾け、漆黒のドレスがボロボロのジャージ姿へと戻っていく。
【現在の蓄積リビドー:0%】
【魔力残量ゼロ。完全な賢者モードに移行しました】
「あ、あぶな……かった、です……」
私はフローリングの床に大の字に倒れ込み、ぜえぜえと荒い息を繰り返した。
体中が鉛のように重く、もはや指一本動かす気力すらない。まさに、すべてを出し尽くした究極の賢者モードである。
しかし、私の口元には、だらしない笑みが浮かんでいた。
仰向けになりながら、胸に抱き抱えたカメラの再生ボタンを押す。
小さな液晶画面に映し出されるのは、美少女天使たちが激しく舞い踊る、芸術的とさえ言えるパンチラ写真の数々。
(ふふふ……。結果的に、溜まりに溜まっていたリビドーを使い果たし、さらには妹たちの超絶レアなパンチラ写真を大量にゲットできたのですから……私の完全勝利、大成功ですね)
「ただいまー! あー疲れたっ!」
『クゥーン。天衣、早く足洗ってほしいワン』
一階から、玄関のドアが開く音と、天衣ちゃんとルキちゃんの声が聞こえてきた。
どうやら間一髪で間に合ったようだ。
私はカメラを素早く——『絶対秘密の聖域(不可視の魔力ボックス)』へと封印し、ベッドの上にダイブして布団を被った。
(ふぅ……リビドーが完全にゼロです。一歩も動けません……)
しばらくして、少しだけ体力と魔力が回復したところで、私は何事もなかったかのように部屋を出た。
* * *
妹たちは、街の平和を守る正義の天使。
そして私は、その天使のパンチラを陰から狙う、世界一存在感の薄いサキュバスの姉。
(明日、写真部でこの山のような神データを、こっそりプリントアウトするのが本当に楽しみです……むふふ)
それから、天衣ちゃんや帰ってきた両親と一緒に何食わぬ顔で夕食を平らげ、お風呂に入ってから自室のベッドへと戻る。
お布団に潜り込み、深い疲労感と至福の喜びに包まれながら、私は泥のように深い眠りへと落ちていくのだった。




