第13話 女児向けアニメの様式美と、物陰の専属カメラマン
【現在の蓄積リビドー:80%】
夜の帳が下りた街を、私は漆黒のドレスを翻しながら音もなく駆け抜けていた。
サキュバス『レディ・ドロップ』に変身した私の身体能力は、人間のそれを遥かに凌駕している。ビルの屋上から屋上へと、まるで重力など存在しないかのように軽やかに跳躍していく。
頬を撫でる夜風が心地よい。
私はサキュバスの中でも、隠密と潜入に特化した能力を持っている。
魔力で自身の気配を完全に周囲の空間と同化させ、姿はもちろん、音や匂い、果ては魔力の波長すらもゼロにする絶対のステルス機能。
この能力のおかげで、学校ではクラスの底辺である『ジメ子』として誰にも気に留められることなく平和に過ごせているし、今こうして天使たちの後を追跡していても、先を飛ぶ彼女たちや、あの鼻の利きそうなポメラニアン(ルキちゃん)に気づかれることは決してない。
(ふふっ、やはり隠密行動は私の天職ですね。誰にも気づかれずに他人の秘密を覗き見る……なんと甘美な背徳感でしょうか)
そんな変態的な思考を巡らせながら、先ほど我が家の窓から出撃していった三つの光の尾を追いかけていくと、やがて街の中心部にある大きな商業プラザの広場へとたどり着いた。
「む……あれは」
私は広場を見下ろすビルの屋上の貯水槽の陰に身を潜め、眼下の光景に目を凝らした。
休日の夜だというのに、広場には不自然なほど人っ子一人いない。
どうやら、天使たちが張った『人払い』の結界が機能しているようだ。
そして、その無人の広場の中央で暴れ回っていたのは——巨大な『ウサギのぬいぐるみ』のような姿をした、奇怪な巨大生物だった。
「ギシャァァァァァァッ!!」
可愛らしいウサギのシルエットとは裏腹に、その体はドロドロとしたヘドロのような物質で構成されており、目は血走って爛々と赤く輝いている。周囲のベンチや街灯を、太い腕で次々と薙ぎ払っていた。
「はーっはっはっは! 暴れろ、暴れ回れ俺のヨクボーン! この街を俺の魅力にひれ伏す愛の巣に変えてやるのだ!」
巨大生物の足元で、大仰なポーズを決めながら高笑いしている男がいた。
紫色の派手なタキシードに身を包み、手には一本の赤い薔薇を持っている。顔立ちは無駄に整っているが、その体からはドス黒い悪魔の魔力が立ち昇っていた。
(なるほど……。あのタキシードの男が、悪魔の力に覚醒した元凶ですか。そして、自分の欲望を具現化させてあの巨大生物を召喚した、と。何やら『ヨクボーン』とかいうネーミングセンスの欠片もない名前で呼んでいますが)
私が冷静に状況を分析していると、夜空から三筋の神聖な光が降り注いだ。
『そこまでだワン! 破廉恥な悪魔め、この街の平和を乱すことは許さないワン!』
空から降ってきたのは、白い羽をパタパタと羽ばたかせる尊大なポメラニアン——ルキちゃんだった。
そして、それに続くように、光の中から三人の少女が舞い降りた。
「純白の祈り、あなたに届け! ピュア・ホワイト!」
「冷徹なる氷刃、悪を断つ。ピュア・ブルー」
「灼熱の炎で、全部燃やし尽くしてやるぜ! ピュア・レッド!」
ババーン!
と、背後で謎の爆発エフェクト(光)が弾ける。
「「「三人揃って——『ピュア・セラフィム』!!」」」
三人の少女は、広場の中心で完璧なシンクロ率を見せつけながら、ビシッと決めポーズをとった。
「おお……っ」
私はビルの上で、思わず感嘆の声を漏らしてしまった。
私の妹である天衣ちゃんは、白とピンクを基調としたフリルたっぷりのドレス姿。
ミステリアスな魅夜さんは、青いリボンがあしらわれたエレガントなドレス姿。
メスガキの雛ちゃんは、活動的でスポーティな赤いミニスカートのドレス姿。
(完璧です。それぞれのイメージカラーに合わせた衣装、変身完了後の名乗り口上、そして背後で弾ける謎の光。これはもう……まるで、日曜日の朝八時半から放送されている女児向けアニメの様式美そのものではありませんか!)
限界オタクの血が騒ぐ。
まさか自分の妹たちが、こんなコテコテの魔法少女ヒロインをやっていたなんて。
【現在の蓄積リビドー:85%】
「チィッ! 天界の犬どもめ、また邪魔をしに来たか!」
タキシードの悪魔男が舌打ちをする。
「やれ、ヨクボーン! あの目障りな小娘どもを潰してしまえ!」
男の命令に従い、巨大なヘドロウサギが咆哮を上げてピュア・セラフィムの三人へと襲いかかった。
いよいよ、激しい戦闘の始まりである。
「みんな、散開よ! 雛は右から牽制して! 魅夜は左から足止めを!」
「了解っと! オラァッ、燃えカスになりやがれっ!」
「永久の氷結を……」
天衣ちゃんの的確な指示のもと、雛ちゃんの手から灼熱の炎の弾丸が放たれ、魅夜さんの足元から氷の棘が伸びて巨大生物の足を縫い止める。
そして、空高く跳躍した天衣ちゃんが、光の弓矢を引き絞り、巨大生物の脳天に向かって強力な一撃を見舞った。
「すごい……っ。三人の連携が完璧です。それに、あの魔法の煌めき、まさに正義のヒロインですね……」
私はビルの上から、手に汗握りながら三人の天使たちの戦いを見守っていた。
サキュバスである私とは完全に相反する、神聖で清らかな光の力。
その眩しさに、少しだけ胸がチクリと痛む。
彼女たちは光の道を歩む正義の戦士。
対する私は、陰に隠れて欲望を啜る悪魔。
決して交わることのない運命。
もし私がサキュバスだとバレたら、あんな風に容赦なく浄化されてしまうのだろうか。
そう思うと、なんだか少しだけ切なくなって……。
「——ハッ!」
感傷に浸りかけたその時。
私の恐ろしく優秀なサキュバスの動体視力が、とある『重大な事実』を捉えた。
「はぁっ!」
と声を上げて、巨大生物の腕を側転で回避する雛ちゃん。
その瞬間、彼女の赤いミニスカートがふわりと捲れ上がり、健康的な太ももの奥にある純白の布地が、夜の闇の中にチラリとフラッシュしたのだ。
「なっ……!?」
私は息を呑んだ。
さらに、氷の魔法を放つために深く腰を落とした魅夜さん。
エレガントなドレスのスリットから、スラリとした生足が大胆に露出し、見えそうで見えないギリギリのラインを攻めている。
そして極めつけは、私の妹である天衣ちゃんだ。
空中で何度も跳躍し、光の矢を放つ彼女のフリフリのスカートは、重力の法則と風の抵抗に抗うことができず、跳ぶたびにひらひらと、バサバサと、惜しげもなくその奥の『聖域』を曝け出していたのである。
【現在の蓄積リビドー:95%】
【警告:リビドーゲージが急上昇しています】
(な、ななな、なんという事でしょう! あの衣装、激しい戦闘を全く考慮していない丈の短さです! 少し動くだけで、スカートの防御力がゼロになっています! 女児向けアニメの皮を被った、深夜帯のエロアニメではありませんか!)
感傷など、一瞬で彼方へと吹き飛んだ。
私の下腹部の奥底で、サキュバスの根源たるリビドーのマグマが、ボコボコと煮え滾り始めた。
可愛い妹とその美少女の友人たちが、あんな破廉恥な格好で、汗を流しながら巨大生物と戦っている。
スカートが翻るたびに、健康的な肌が、布の隙間が、私のサキュバスとしての瞳(高性能レンズ)にダイレクトに飛び込んでくる。
【現在の蓄積リビドー:99%】
【危険:限界値が近づいています】
「はぁ……っ、あぁ……っ、ダメです。尊すぎます。この神聖にして破廉恥な光景を、私の記憶の中だけに留めておくなど、人類の損失……っ」
熱い吐息を漏らしながら、私はビルの屋上のコンクリートをギュッと掴んだ。
私は正義の味方ではない。陰に生きるサキュバスだ。
だから、彼女たちと一緒に戦ってあげることはできない。あの中で光を浴びて活躍するのは、ピュア・セラフィムの三人の役目なのだ。
ならば、陰に生きる私にできることは何か?
ただ黙って、この尊い光景を見逃すことか?
否、断じて否である。
「……この状況でやることは、一つです」
私は己の欲望に忠実に従うことを決意した。
胸元の谷間(亜空間収納)に手を突っ込み、ゴソゴソと探る。
そして引きずり出したのは——最新式のオートフォーカス機能と、夜間でもブレずに被写体を捉える超強力な手ブレ補正を搭載した、プロ仕様の一眼レフカメラ(望遠レンズ付き)であった。
「ふふふ……。ピント良し、シャッタースピード良し。隠密魔法で、フラッシュの光もシャッター音も外には漏れません」
私は腹ばいになってコンクリートに身を沈め、スナイパーのようにカメラを構えた。
ファインダーの向こう側で、三人の天使たちが躍動している。
「さあ、可愛い天使の皆様。その華麗なる舞を、この専属カメラマンが余すことなく記録して差し上げましょう……!」
こうして、街の平和を守る激しい戦いの裏側で、一人の変態隠密サキュバスによる、己の存在の全てを賭した『激写ミッション』が幕を開けたのである。
(第14話へ続く)




