第11話 美少女たちのかしましい包囲網と、限界の向こう側
【現在の蓄積リビドー:85%】
(くっ……! 落ち着きなさい、潮見雫! ここでリビドーを暴走させたら、妹の友達の目の前でレディ・ドロップに変身するという前代未聞の大惨事になってしまいます!)
美少女が用を足した後のトイレに魅了される私は、小刻みに震えながら、溢れ出そうになるサキュバスの魔力——そして、それと同時に限界を迎えつつある猛烈な尿意を我慢していた。
ドアの向こうには、ついさっきまでその空間にいた青髪の超絶美少女、雅魅夜さんの残した甘やかな残り香があるはず。それが私の変態的な妄想を加速させ、リビドーと膀胱を同時に破壊しにかかってくる。
まさに、天国と地獄が同居する我が家のトイレ前。
私がその場で悶絶していると、静かな廊下にバタバタと騒がしい足音が響き、リビングのドアが勢いよく開く音がした。
「ちょっと、下に降りてくるなって言っておいたでしょ!? もうっ、何してるのよ、そんなところで!」
リビングから怒鳴り込んできたのは、私の妹である天衣ちゃんだった。
ミルクティーベージュのセミロングヘアを怒らせるように揺らし、鋭いジト目で私を睨みつけている。
読者モデル仲間が来ているから冴えない姉の姿を見せたくないと言われていたのに、速攻で鉢合わせてしまったのだから彼女の怒りもごもっともである。
しかし、私が「あ、うあ……」と情けない声を漏らすより先に、外の魅夜さんが鈴を転がすような声でフォローを入れてくれた。
「あっ、違うのよ天衣。私がちょっと、お姉さんを引き留めてしまっていたの。天衣ってば、こんなに素敵なお姉さんがいて羨ましいな」
「ちょ、魅夜!? どこがよ! 姉貴のことなんて、恥ずかしくて人に見せられないわ!」
天衣ちゃんは顔を真っ赤にして、ぷいっと私から視線を逸らした。
私の妹の天衣ちゃんは、言葉こそキツいものの、その実重度のシスコンであり、(きっと)お姉ちゃんのことが大好きな可愛い子なのだが、とにかく素直じゃないのでいつもこんな感じのツンツンした態度になってしまうのだ。
そんな私たちがトイレの前の廊下で押し問答をしていると、リビングの奥からさらにもう一人、小さな人影がひょっこりと顔を出した。
「確かにー、これは恥ずかしくて人に見せらんねーな。天衣が正しいわ」
現れたのは、ルビーレッドの鮮やかな髪をツインテールに結った、小柄な女の子だった。
天衣ちゃんと同じティーン誌の読モ仲間だという彼女——日向雛ちゃんは、いかにも「人を煽るのが大好きです」と言わんばかりの、ひん曲がった笑みを浮かべていた。
お手本のようなメスガキである。
「ちょっと、雛! お姉さんに失礼でしょ!」
魅夜さんがすかさず雛ちゃんをキッと睨みつける。
そして、私に向き直ると、申し訳なさそうに深々とお辞儀をした。
「ごめんなさい、お姉さん。あの子には後できつく『言い聞かせ』ておきますから」
その瞬間、さっきまで勝ち誇ったような顔をしていたメスガキの雛ちゃんが、ヒッと喉を鳴らして顔を青ざめさせた。
「ちょ、まて魅夜、怖いんだよ。お前のその、笑顔での『言い聞かせ』はマジでシャレになんねーから……っ」
どうやら、清楚系美少女の魅夜さんには、身内だけが知る恐ろしい裏の顔(?)があるらしい。
女三人寄ればかしましいとはよく言ったもので、我が家の狭い廊下は、一気に賑やかで華やかな美少女地帯と化していた。
(可愛らしい美少女たちが目の前に大集結しているのは大変眼福なのですが……それどころではありません! 私の尿意が、文字通り限界の向こう側に到達しそうなのです!)
早くこの場から、全員リビングに戻って欲しかった。
いくら変態の気がある私でも、ドアのすぐ向こうにこれだけの美少女たちが群がっている状況で、トイレの快音(?)を響かせるわけにはいかない。サキュバスとしてのプライド以前に、一人の女子高生としての尊厳が死んでしまう。
音漏れが気になって、どうしても中で用を足すことは躊躇われてしまうのだ。
そして、トイレに入れないとなると、意識が集中してさらに尿意が牙を剥いてくる。
私が内股をぎゅっと締め、冷や汗をダラダラと流しながらガタガタと震えていると——。
メスガキの雛ちゃんが、私の不審な気配に気づいた。
「あれぇ〜? 天衣のお姉さんさぁ。さっきから静かだけど、ひょっとして……うんこ我慢してんじゃない? 顔真っ赤にしてプルプルしちゃってさ〜」
「ひゃ、ふんぬっ!?」
私は飛び上がらんばかりに驚き、決死の覚悟で括約筋に力を込めた。
(な、何というデリカシーのない発言ですか! 違います、私は今、魅夜さんの聖なる残り香の誘惑と戦いながら、至極繊細な乙女のプライバシーを守ろうと必死になっているだけですぅー!)
羞恥心と絶望で、あれほど燃え上がっていたリビドーゲージが一気に急降下していく。
「こらっ! 雛、いい加減にしなさいって言ってるでしょ!」
魅夜ちゃんの、どこかドスの利いた声が響いた。
「お姉さんが困っているじゃない。ほら、私たちは邪魔をしないで、リビングに戻るわよ」
魅夜ちゃんは気を利かせてくれたのだろう、雛ちゃんの首根っこを掴むようにして、強引にリビングへと引っ張っていってくれた。
最後に残った天衣ちゃんが、リビングのドアを閉めながら、「ほんと、サイアク……」と、氷点下のジト目を私に向けて呟き、パタンと扉を閉めた。
(ううう、いろいろと致命的な誤解をされている気がしますが……!)
静まり返ったトイレの中で、私はようやく全ての呪縛から解き放たれ、便座へと崩れ落ちたのだった。
* * *
「ふはぁ〜〜〜〜……。助かりました……」
数分後。
完全にすっきりした私は、魂が口から抜け出たような顔でトイレから出てきた。
【現在の蓄積リビドー:70%】
尿意はすっかり落ち着き、それに伴い一時的にリビドーゲージも下がったのだが――魅惑の残り香によって、ゲージは再び上昇してしまっている。
(早く、リビドーゲージを下げましょう)
ジャージの襟元を正し、二階の自室へ戻ろうと廊下を歩き出す。
その時、リビングのドアの隙間から、天衣ちゃんの少し真剣な声が漏れ聞こえてきた。
「それじゃあ、雑談はこのくらいにして――二人とも……そろそろ『ピュア・セラフィム』の話をするわよ」
ピタ、と私の足が止まった。
(ピュア・セラフィム……? はて、何のことでしょうか? 中学生の間で流行っているアニメの名前か何かですかね……?)
なにか、嫌な予感がする。
私は妹たちの会話を盗み聞きすべき、さりげなくその場に立ち止まって聞き耳を立てた。




