97.僕と、定例発表会と、オープニングアクト
まもなく、開演を告げるブザーがグラウンドに鳴り響く。
「みなさーん! 優美林女子高校芸能コースの定例発表会へようこそー!」
特設ステージのスピーカーから、アオイさんの弾けるような元気な声が響き渡った。グラウンドを埋め尽くした観客から、地鳴りのような大歓声が沸き起こる。
「入り口で配られたこのパンフレットにあります通り、まずは私たち2年生のステージからスタートです!」
アオイさんはトップバッターの大役を完璧にこなし、流れるようにイベント全体のタイムスケジュールや注意事項を説明していく。あんなに頭の中がうどんでいっぱいだったとは思えない、プロフェッショナルなアイドルの姿がそこにはあった。
「それじゃあ、私たちの歌を聞いてください!」
アオイさんがそう叫ぶと、ステージの袖から同じきらびやかな衣装を着た、猫族の女の子と鹿族の女の子の2人が小走りで登場し、アオイさんの横に綺麗に並んだ。鹿族の子は角がない種族のようで、ぱっと見は人間に近いけれど、手元のパンフレットの生徒紹介には確かに「鹿族」と書かれている。
同時に、いかにも王道アイドルらしい、アップテンポで華やかなイントロが鳴り響いた。
(……ん? 待てよ、この音)
よくステージの奥に目を凝らしてみると、流れているのは録音された音源ではなく、本物の楽器を持った生バンドの演奏だった。屋外の特設ステージで生バンドを従えて歌うなんて、めちゃくちゃ本格的で贅沢な発表会だ。
驚きながら演奏陣を見つめていた僕は、ベースをゴリゴリと掻き鳴らしているファンキーな髪型の男性の顔を見て、思わずひっくり返りそうになった。
「あ、あのベースの人……! 昨日、うちの屋台でうどんメニューを全種類コンプリートして『冷やし鶏白湯うどん、悪魔的だな!』ってスープまで完飲してくれた職人風のおじさんじゃん!!」
設営スタッフのガテン系のお兄さんだと完全に勘違いしていたけれど、まさかのバックバンドの凄腕ベーシストの方だったらしい。昨日はスッピンに作業着みたいな格好だったから気付かなかった。美味しいスープをたっぷり補給したベースの重低音が、グラウンドの地面をビリビリと心地よく揺らしている。
ステージの上の3人は、息の合ったフォーメーションで完璧に歌い踊っていく。観客のボルテージも最高潮だ。
そして、曲が間奏に入ったその時だった。
センターのアオイさんを中心に、3人が息を合わせてバッと前に腕を突き出した。
(……あれ?)
右手をカッと握り込み、手首のスナップを鋭く利かせて、上下に「シュッ、シュッ!」と激しく振る動作。
(あの動き……どう見ても、さっき控室の裏で猛練習してた『うどんの湯切り』のモーションにしか見えないんだけど!?)
アオイさんだけじゃない、横の猫族の子も鹿族の子も、もの凄くキレッキレな動きで笑顔のまま「湯切りダンス」を踊っている。これ、たぶんアドリブだよな…。
その湯切りダンス(仮)のキレが良すぎるステップに、客席のコールも「ハーイ! ハーイ!」と一段と熱を帯びていく。
疾走感のある曲がバシッと完璧なポーズで決まり、割れんばかりの拍手がグラウンドを包み込んだ。
曲が終わると、アオイさん以外の2人のメンバーは「ありがとうございましたー!」と手を振りながら、一足先にステージ裏へ。
ステージに一人残ったアオイさんは、最後にマイクをしっかりと握り締め、グラウンドの屋台エリアに向けてこれ以上ない満面の笑みを向けた。
「それでは皆様! これから始まる定例発表会と……そして、ちびっ子寮長さんの渾身の美味しい屋台を、お腹いっぱい楽しんでいってくださいねー!」
その宣伝文句に、客席からは「おおおお!」「うどん食うぞーー!」という野太い歓声が上がり、僕の屋台の前に一瞬で長蛇の列が形成されていくのが見えた。
アオイさんは最後にカメラに向かってバッチリとウィンクを決めると、文字通り弾むような足取りでステージ裏へとハケていった。
「……よし、有言実行で最高に会場を温めてくれたな」
ステージ裏から、おそらく衣装のまま猛ダッシュでこっちに向かってきているであろうアオイさんの足音(幻聴)を感じながら、僕は大鍋の前に立ち、気合を入れ直した。
湯切りダンスはあの某アイドルグループのヒット曲のそれをイメージしてください。




