96.僕と、定例発表会と、湯切りシミュレーション
ついに発表会の開催初日を迎えた。
従来の『定例発表会』ではおよそ考えられないことだが、なんと開演の3時間前には校門が開放されることになった。
というのも、「ちびっ子寮長」である僕がこれまでに作ってきた料理の集大成が屋台で食べられるということで、早朝から校門前に気の遠くなるような大行列ができてしまったからだ。
「開門します!」というスタッフの声と同時に、お客様が一斉になだれ込む……かと思いきや、そこは規律正しく統率された獣人たち。押し合うこともなく、ゆっくりと整然とした足取りでグラウンドへと入っていった。その姿には、僕たちを応援してくれている温かい気持ちが詰まっているようで、始まる前から胸が熱くなる。
グラウンドに並ぶ屋台のメニュー短冊を見渡すと、我ながらよくこれだけのバリエーションを揃えたなと思う。
【鉄板コーナー】(サリー・ユイナ担当)
お好み焼き(豚玉、海鮮玉)
ホイップ乗せパンケーキ
焼きおにぎり
肉巻きおにぎり
【たこ焼きコーナー】(アニー担当)
たこ焼き(ソース、ねぎ塩、てりたま、スイートチリ)
ベビーカステラ
あんかけミートボール
【餃子&スムージーコーナー】(コニー・ピピ担当)
餃子(焼き、生、冷凍)
スムージー
【うどんコーナー】(ヒロキ担当)
冷やしうどん
ピリ辛卵黄うどん
あったかうどん(清湯、白湯)
鶏ガラスープ(清湯、白湯)
お好み焼きにたこ焼き、そして餃子に冷食化が進むうどん……。この世界に迷い込んでから今日まで、たくさんの人と出会い、これだけの食文化を広めてきたんだなと、押し寄せる注文を捌きながら感慨が深くなっていく。
そんな中、ふと鉄板コーナーのほうを見ると、なぜかメニューにないはずの「TKG」をサリーが必死に盛り付けて売っているのが見えた。
「あれ? サリー、それって……」
「あ、ヒロキ! ごめんね、屋台の裏で自分で食べる用に作って食べてたら、それを見たお客さんから『それすっごく美味しそう! 私にもそれください!』って頼まれちゃって〜!」
サリーは照れくさそうに笑いながら、手際よく卵を割っている。
卵かけご飯(TKG)。
そういえば、僕がこの世界に右も左もわからず迷い込んだ最初の日、お腹を空かせた僕にサリーが作って食べさせてくれたのが、あの温かいTKGだった。あの時のシンプルだけど優しい味が、僕のこの世界での料理人としての第一歩だったんだ。
その思い出の味が、にんにくだれを纏って今、フェスのお客様の間で「手軽にかき込めて最高に美味い!」と口コミで広がっている。
あまりの好評ぶりに、急遽「これ、明日からの2日目は正式メニューに昇格させよう!」とその場で決定した。
「ふふ〜ん♪ 湯切りはこう、手首のスナップをきかせて……シュッ、って!」
特設ステージの裏手、出番を待つ控室エリアの片隅から、何やら聞き捨てならない不穏な声が聞こえてきた。
覗いてみると、そこには衣装に身を包んだアオイさんが、両手でエアのテボ(麺茹で用のザル)を持ち、もの凄くウキウキした顔で手首を振っている姿があった。
「アオイさん、何やってるの……?」
「あ、ヒロキくん! 見てて、今の湯切り完璧じゃない!? 自分の出番が終わったら、あとはもうずーっとヒロキくんのうどん屋さんのお手伝いができると思うと今から楽しみで〜!はわわわわ〜、どうしよう、エプロンは何色がいいかしらぁ……!」と、一人で勝手に限界突破して身悶えしている。
今回の定例発表会は3日間。
2年生のアオイさんは、今日のトップバッターとして15分間のステージさえ終わらせてしまえば、残りの時間はすべて自由時間、つまりフリーの身となる。
その事実が、彼女の脳内を完全に「ヒロキのお手伝いモード」へとシフトさせてしまっていた。
振り付けの最終確認をしているのかと思えば、手元はうどんの湯切り(エア)だし、目を閉じて歌詞を頭の中で整理しているのかと思いきや、
「いらっしゃいませ! こちら何名様ですか? はーい、ピリ辛卵黄うどん、一丁入りまーす!」
と、かなり本格的な接客シミュレーションが口から漏れ出している。
そんな様子を横で見ているアオイさんのマネージャーさんは、もう気が気じゃないという風に、顔を青くしてハラハラと時計とアオイさんを交互に見つめていた。
「ヒロキくん、おすすめはやっぱりあの濃厚な白湯うどんですよねえ? あ、マネージャーさんはサッパリした冷やしうどんのほうが好きですか?」
と、どこまでも呑気な調子で話しかけてくる。
「アオイ、お願いだから少しはステージに集中して……!」と頭を抱えるマネージャーさん。
だけど、僕は知っている。
いつもなら本番前のアオイさんは、プレッシャーのあまりガタガタと震えて、直前までマネージャーさんの手をギュッと握り締めて離さないくらい、もの凄く緊張してしまう繊細な人なのだ。
それを考えれば、頭の中が「終わった後のうどん屋の手伝い」で100%埋まって、緊張する暇すらなくなっている今の状態は、彼女にとってむしろ最高のメンタルコントロール(?)になっているのかもしれない。いい加減なようでいて、これがアオイさんなりのリラックス方法なのだ……。
「でも、ステージのことを流石に考えなさすぎるのも、それはそれで本番が心配だわ……」
ブツブツと呟きながら胃を押さえるマネージャーさんの気持ちも、僕には痛いほどよく分かった。獅子丸食品のレミ社長とはまた違う意味で、アオイさんの「手伝いたい欲」のエネルギーも大概もの凄い。
「アオイさん、お手伝いは大歓迎だから、まずは最初の15分、ステージの上のファンのみんなを思いっきりシビれさせてきてね」
僕がそう言って笑うと、アオイさんは「はいっ! 瞬きする暇もないくらい最高のステージにして、すぐヒロキくんのところに飛んでいきます!」と、満面の笑みで大きく頷いた。
まもなく、開演を告げるブザーがグラウンドに鳴り響く。
うどんの湯切りで培った(?)謎のイメトレを胸に、ウキウキ度MAXのアオイさんが、カントウの夏をさらに熱くする最初のステージへと力強く飛び出していった。




