95.僕と、定例発表会と、フェス飯
カレンダーの暦は『250日』。
この世界にやってきて、気づけば随分と長い時間が経った。
窓の外からは、元の世界と同じように猛烈なセミの声が響いていて、空気は肌にじっとりとまとわりつく。世はまさに、夏真っ盛りだ。
「そういえば、こっちに来てから夏らしいことなんて、これっぽっちもしてないな……」
ふと、そんな寂しさが頭をよぎるけれど、そもそもこの世界における『夏らしい』って何なんだろう?
この世界には、僕がいた頃のような数週間に及ぶ「夏休み」というまとまった休暇の概念がない。そのためか、街を見渡しても海開きだの、花火大会だの、お神輿だのといった夏特有の大型イベントがまったく見当たらないのだ。
つまり、この世界の住人たちには「夏祭りの屋台で買い食いする」という、あの最高の夏の思い出が存在しないのである。
けれど――この学校には、唯一、それに対抗できるビッグイベントがあった。
芸能コースの全学年、総勢60人の生徒たちが一堂に集結して開催される、その名も、
『優美林女子高校芸能コース定例発表会』。
名前だけ聞くと、いかにも学校行事らしい堅苦しい響きだけど、その実態はまったく違う。一般のお客様にも広く開放され、アオイさんたち現役のトップアイドルや未来のスターたちが本気でステージを繰り広げる、この世界における臨時の大エンターテインメント空間。
元の世界で言うところの、まさに熱狂の『夏フェス』そのものだった。
そして、フェスと聞いて僕が黙っていられるはずがない。フェスと言えば、切っても切り離せないのが『フェス飯』だ!
「夏祭りが存在しないこの世界なら……僕がここで初めての『屋台』、初めての『出店』の文化を味あわせてあげるよ」
ステージの熱気に負けないくらい、外でのお祭り感を爆発させる美味しい料理。片手で持てて、汗をかきながらガツンと食べられて、フェスの興奮を何倍にも跳ね上げるようなメニュー。
『ししし屋』のお好み焼き技術や、『ししし餃子』のノウハウ、そして完成したばかりのあの便利な魚型ランチャームだって、屋外の出店なら最強の武器になるはずだ。
「よし、芸能コースの発表会を、僕の料理で最高の『夏祭り』に変えてやる!」
いよいよ発表会を明日に控えた前日、学校のグラウンドは朝からお祭り特有の活気と、ハンマーが響く金属音に包まれていた。
中央にドカンとそびえ立つのは特設ステージ。そしてその両サイドを固めるように、僕たちの「屋台」が次々と組み立てられていく。ステージの目の前には広大なテーブルスペースが用意され、お客様が演目を観ながら、僕の作ったフェス飯をその場で楽しんでもらえるという最高の配置だ。
さらに今回は、食品業界の二大巨頭である『獅子丸食品』と『大象食品』の両社から異例の全面協賛をいただくことができた。
ステージの巨大な柱、校門の入り口はもちろん、もう一つの会場である体育館の内部、そしてテーブルスペースの卓上に至るまで、両企業のロゴや美味しそうな商品写真がズラリと掲出されている。レミ社長とアキラ専務、あの二人が「お祭りを盛り上げるためなら」と、あっさりと手を組んでバックアップしてくれたのだから、本当に心強い。
この『優美林女子高校芸能コース定例発表会』は、特設ステージと体育館の両方をフルに使って合計3日間にわたり開催される。
出演順は、初日が2年生、2日目が1年生、そして最終日のオオトリを3年生が務めるシステムだ。
「〜♪ ──ッ!」
ふと特設ステージに目をやると、きらきらとした真夏の日差しを浴びながら、2年生のアオイさんが早くも私服姿で歌のリハーサルを行っていた。マイクを通してグラウンド中に響き渡る彼女の生の歌声は、リハーサルだというのに鳥肌が立つほど圧倒的で、設営の手を止めて見惚れてしまう職人さんもいるくらいだった。
僕たちも負けてはいられない。
本番でパニックにならないよう、早めに組み上がった屋台を使って、お昼時から大規模な販売シミュレーションを開始した。
売り手側の助っ人として、芸能コース以外の一般生徒のみんなや、街の『ししし屋』『ししし餃子』の店舗から熟練のスタッフたちが応援に駆けつけてくれている。
ちょうどお腹が空く時間帯ということもあり、一般の生徒たちだけでなく、ステージ設営の職人さんたちや、リハーサルに同行している芸能コースのマネージャーさんたち総勢数十人が、一斉にお客様役として協力してくれた。
グラウンドに、一気に香ばしい匂いと熱気が立ち込める。
それぞれの屋台では、特別寮のメンバーが汗を流しながら大奮闘していた。
「はい、お好み焼きお待たせしました! 肉巻きも焼きおにぎりも、今めちゃくちゃ良い焼き色ですよ!」
鉄板系を担当するのはサリーとユイナだ。獅子丸食品のホットプレート技術をフル活用した屋台からは、お好みソースの焦げる極上の匂いと、甘辛いタレを纏ってジューシーに焼ける肉巻きおにぎりの爆弾級の香りが辺り一面に広がり、職人さんたちの行列を作っていた。
「はーい、冷たくてビタミンたっぷりの特製スムージーだよぉ! 熱中症対策にぐびっといってねぇ!」
その隣のカラフルな屋台では、ピピがミキサーをフル回転させてスムージー系を担当。照りつける太陽の下で汗をかいた生徒たちが、「生き返る〜!」と嬉しそうに冷たいカップを受け取っていく。
「特製たこ焼きに、甘〜いベビーカステラ! それと……ミートボールや!」
一番の元気な声を張り上げているのはアニーだ。たこ焼き、ベビーカステラに加え、今回のフェスのために開発した新メニュー『たこ焼き器で作るミートボール(特製甘酢あんかけ付き)』を実演販売している。
あの丸い穴を器用に使い、外はカリッと、中はジューシーに焼き上げた球体の肉団子に、獅子丸のお酢を効かせたトロトロの甘酢あんをたっぷり絡める。それを「魚型ランチャーム」に入れてお客様に提供するスタイルだ。これがマネージャーさんたちに「片手でつまめて最高に美味い!」と大絶賛されていた。
「ししし餃子、焼き立てだよ! お家で焼ける生餃子や冷凍パックの受付もここでやってるからね!」
コニーの担当する餃子屋台からは、パチパチと小気味よい音が響く。持ち帰り用の生餃子や冷凍餃子は、学校帰りの生徒やスタッフの間ですでに予約が殺到するほどの人気ぶりだった。
そして僕は、一番奥の屋台で大象食品の冷凍うどんと、あの特製鶏ガラスープを大鍋で煮込んでいた。
グラグラと沸き立つ琥珀色の清湯スープと、濃厚な白湯スープ。そこに、あの驚異的なコシを持つ冷凍うどんをサッとくぐらせ、冷水で締めた冷やしうどんや、熱々のスープうどんとして提供する。
「いやぁ、この茹だるような暑さの中で食べる冷やし鶏白湯うどん、悪魔的な美味さだな……!」と、職人のおじさんがスープまで完飲してくれた。
カンカンに照りつける太陽の下、寮生たちもスタッフも、みんな顔を真っ赤にしながら笑顔で汗を流している。
シミュレーションは大成功。課題もいくつか見えたけれど、それ以上に「これは絶対に最高のイベントになる」という確信が、メンバー全員の顔に溢れていた。
アオイさんの力強い歌声がバックグラウンドに流れる中、僕は手元のうどんをきゅっと引き締めながら、明日から始まる人生で初めての「夏フェス」の本番に向けて、静かに闘志を燃やすのだった。




