94.僕と、獅子丸食品と、大象食品
レミ社長が僕の提案をすんなり受け入れてくれたことで、僕の中にあった一つの疑問が大きくなっていった。
獅子丸食品と大象食品。この2つの巨大企業は、ただいがみ合っているライバルというだけではないのではないか。
僕は思い切って、レミ社長にその疑問をぶつけてみることにした。
「あの、レミ社長。ちょっと気になっていたんですけど……『獅子丸食品』と『大象食品』って、お互いにとってどういう関係なんですか? それぞれの本当の強みとかも、もしよかったら教えてほしくて」
僕の質問を聞いた瞬間、レミ社長の動きがピタッと止まった。
「ふぇ……それって、将来ヒロキくんがどちらの会社に行くか、参考にするために選びたいってことよね……?」
一瞬、その大きな瞳がウルウルと涙目になりかけた。けれど、彼女はすぐに自分の感情をグッと堪えるように両手で頬をパチンと叩くと、キリッとしたいつもの「冷徹なトップ」の顔に戻った。
「……いいわ。これは企業のトップとして、あなたに誠意を込めて、包み隠さず正直に話すしかないわね」
レミ社長はソファーの上で綺麗に背筋を伸ばし、大企業の経営者としての口調で語り始めた。
彼女の話によると、獅子丸食品と大象食品は、同じ「食品会社」という括りでありながら、得意とするジャンルが全く異なっているらしい。だからこそ、市場を奪い合うライバルでありながら、実はお互いの足りない部分を補完し合える、奇妙な共生関係でもあるのだという。
「まず、私たち『獅子丸食品』はね、とにかく『液体』には滅法強いの。醤油、お酢、みりんのシェアに関しては、昔からずっと業界1位を独走しているわ」
レミ社長は誇らしげに胸を張る。
「そこに現在は、ヒロキくんが持ち込んでくれたアイデアが加わったでしょう? 焼肉のタレ、お好みソース、そして『ごま油』に、あなたが苦労して作ってくれた『ラー油』……。今や液体の調味料市場において、私たちの強さは他社の追随を許さないレベルにまで跳ね上がっているわ。あと、こうして『ししし屋』や『ししし餃子』みたいに、実際に店舗を展開して外食産業にまで手を広げていること。これも、純粋なメーカーである大象さんにはない、私たちの大きな強みね」
なるほど。獅子丸食品の強みは、伝統的な醸造技術に裏打ちされた「液体」の圧倒的なシェアと、フットワークの軽い「外食展開」にあるわけだ。僕の調味料が爆発的に売れたのも、その強固なベースがあったからこそなんだろう。
「対して、あっちの『大象食品』はね……食品加工の技術が飛び抜けているわ」
レミ社長の口調が、ライバルへの敬意を孕んだものに変わる。
「彼らは元々、うどんやパスタといった『乾麺』の分野で高い市場シェアを持っていたの。技術力に関しては本当に侮れないわ。今回の『餃子』に関しては、私たちが世界初という枠で先行したように見えたかもしれないけれど……彼らが市場に投入した『冷凍唐揚げ』のクオリティ、そして今回出す『冷凍うどん』の完成度を見れば分かるでしょう? 今後、パスタやラーメンといった冷凍麺類系のシェアは、すべて大象さんに持っていかれるだろうって言われているわ」
やっぱりそうか。アキラ専務のあの自信に満ちた態度、そしてあの冷凍うどんの異次元のコシの強さは、大象食品の圧倒的な加工技術の賜物だったんだ。
「それに、これはまだ業界の噂レベルの話なんだけど……」
レミ社長は少し声を潜め、真剣な目付きになった。
「大象食品は今、『温風で麺を乾かす』新技術や、『冷凍して真空にする』という新技術を極秘に開発しているらしいの。これが実用化されたら、世の中の食生活を一変させるようなとんでもない商品が生まれる、って噂されているわ」
温風で乾かす麺……それって、僕の世界でいう「ノンフライ麺」のことじゃないか?
さらに冷凍して真空にする技術って、まさに「フリーズドライ」そのものだ。お湯を注ぐだけで一瞬で作りたての味に戻るスープや具材が、この世界にも誕生しようとしている。
大象食品の持つ、その未来のテクノロジーの凄まじさに、僕はヘッドギアの裏で鳥肌が立つのを感じていた。
「どうかしら、ヒロキくん。これが、私たちが置かれている現状よ」
レミ社長は話を締めくくると、少しだけ不安そうな、だけど僕の選択を信じるような目でじっと見つめてきた。
圧倒的な調味料のシェアと、僕のアイデアをすぐに形にして店舗展開してくれる『獅子丸食品』。
最先端の食品加工技術を持ち、麺類や未来の乾燥技術で世界のインフラを塗り替えようとしている『大象食品』。
「……2つの会社、どっちも凄すぎるな」
お互いの強みがここまでハッキリしているからこそ、僕はますます贅沢な悩みに頭を抱えることになってしまった。
レミ社長が「大象食品の冷凍うどんをメニューに置きたい」という僕の提案に、あんなにあっさりと「美味しそうねー!」って賛同してくれた理由が、後から考えてみてようやく腑に落ちた。
彼女が怒らなかったのは、僕への個人的な感情だけが理由じゃない。経営者としてのレミ社長には、そもそも「世に出された優れた商品やインフラを、自社だけで独占しよう」という狭い考えが最初からないのだ。
現に、アキラ専務が持ってきてくれた大象食品の『冷凍うどん』のパッケージ裏をもう一度よく見てみると、そこに載っている『ピリ辛卵黄うどん』のレシピには、当然のように「獅子丸食品のラー油」を使うことが指定されている。
大象食品側もまた、自社の冷凍麺を一番美味しく食べてもらうために、ライバルであるはずの獅子丸食品の優れた調味料(液体)を、プライドを捨てて大々的に推奨しているわけだ。
「お互い、本当に器が大きいというか……大物の経営者なんだな」
『獅子丸』は圧倒的な液体のシェアと外食チェーンのノウハウを持ち、『大象』は最先端の食品加工と冷凍技術を持つ。
2つの会社は、お互いの得意分野を独占して潰し合うのではなく、「良いものは良い」と認め合って、自社の商品と組み合わせることでさらに大きな市場を作ろうとしている。今回の『まんぷくししし亭』で、獅子丸の焼肉とタレの横に大象の冷凍うどんが並ぶのも、彼らにとっては至極真っ当で、最高に合理的なコラボレーションの形なのだ。
敵対する二大巨頭のバチバチした派閥争いに巻き込まれていると思っていたけれど、実は彼らはもっと高い次元で、「食」の未来をより豊かにするための共闘を楽しんでいるのかもしれない。
だけど同時に、自分がこの二代巨頭から必要とされているという事実に、不思議と料理人としての武者震いが止まらないのだった。




