91.僕と、ランチャームと、魚の形
「ヒロキ、できたぞ! ついに完成だ!」
ロンの弾んだ声に呼び出されて工房へ駆けつけると、そこにはついに、僕たちが待ち望んでいた『ししし餃子』用のランチャーム容器と、それを製造・充填する自動注入器が鎮座していた。
デザインに関しては、ロンじいたちに「使い切りで、お弁当に入れやすい小さなプラスチックの容器」としか伝えていなかったのだけれど、出来上がったものを見て僕は思わず声をあげてしまった。
「……これ、魚じゃん!」
そこにあったのは、元の世界でもお馴染みすぎる、あの「魚の形」をしたタレ瓶だった。どうやらこの世界でも、機能性と持ちやすさを突き詰めた結果、ロンたちの職人の直感であの形に行き着いたらしい。
何も言わなくても見覚えのあるデザインに仕上がるなんて、なんだか不思議な縁を感じてしまう。
そして驚くべきは、大学の博士たちも巻き込んで開発した自動注入器のギミックだ。
ベルトコンベアを流れる1つ1つの小さな魚型ランチャームに対し、機械から伸びた精密な針がシュッと正確に刺さり、タレとラー油をそれぞれ高速で注入していく。さらにその直後、キャップを自動でパチッと閉める機構まで完璧に連動していた。ロンたちのハンドメイドとは思えない、まさに「精密機械」の誕生だ。
「よし……! これでようやく、タレとラー油がセットになった『完璧版』のししし餃子をお客様に届けられるぞ!」
僕は拳を握りしめ、さっそく店頭や冷凍パックへの同梱を開始した。
……が、蓋を開けてみると、売場のお客様たちの反応は僕が期待していたほど劇的なものではなかった。
「あ、タレ付いたんだ。かわいいお魚だねぇ」
「でも僕、大象食品さんのうどんの裏に載ってた『ピリ辛卵黄うどん』にハマっちゃって、この前獅子丸食品さんから出たラー油の小瓶、もう買っちゃったんだよね」
そう、オープン初日の泥臭い対応と、その後のレミ社長の電撃的な動きの早さが仇(?)になっていた。すでに常連さんたちの多くは、1滴ずつ出せるあの便利な「ラー油の小瓶」を個別に購入してしまっていたのだ。お家にはすでに万全のタレ環境が整っているため、「魚のボトルが付いた!」という驚きや感動は、そこまで大きくは広がらなかった様子。
ちょっと肩透かしを食らった気分になり、僕は厨房の隅で苦笑いしてしまった。
だけど、これは決して無駄なんかじゃない。
アキラ専務と話し合ったあの「今後の支店展開や世界への進出」という大きな視点で見れば、この機械の完成はとてつもない大躍進だ。
これまでは、店舗でわざわざ目薬の容器に手作業でラー油を詰めるような力技をしていたからこそ、これ以上の店舗拡大は不可能だった。でも、この自動注入器があれば、工場での大量生産が一気に現実味を帯びてくる。カントウだけでなく、他の国や地域へ『ししし餃子』を流通させるための、一番大きなピースがようやくハマったのだ。
「フフ、常連さんには当たり前になっちゃったかもしれないけど……ここからが本当のスタートだな」
僕は新しく完成した、可愛い魚の形をしたランチャームを指先でチョンとつついた。
未完成の船出から、ようやく手に入れた完璧な形。ロンじいたちが作ってくれたこの小さな魚たちが、これから世界中の食卓へ僕の料理を運んでいくことになる。
進路の悩みや、アキラ専務、レミ社長とのややこしい人間関係は相変わらず頭を悩ませているけれど、技術の進歩という確かな一歩に、僕は未来への大きな弾みを感じて、新しく仕込んだ餃子を力強く包み始めるのだった。




