77.僕と、ミートボールと、サリーの妹
とある日の夕方前、キッチンに美味しそうな香りが漂う時間。
僕がいつも通り特別寮の夕飯の支度をしていると、玄関のほうからパタパタという足音に続いて、聞き慣れない声が響いた。
「ごめんください」
僕は作業の手を止め、ヘッドギアを装着して玄関へと向かった。
ガチャリと扉を開けて出てみると、そこに立っていたのは一人の猫族の女の子だった。
特徴的な耳や尻尾の形がどこかサリーに酷似している。けれど、決定的に違う部分があった。サリーよりも背が高いのだ。そして……胸部も、大きい。
ヒロキが呆気に取られて見上げていると、その女の子はパッと表情を輝かせ、人懐っこい笑みを浮かべた。
「あ! あなたもしかしてちびっ子寮長さん? あはは、噂通りだ。ちっちゃーい!」
初対面でいきなりサイズ感をイジられ、僕は眉をひそめてちょっとムッとしながら問いかけた。
「……で、何の御用ですか?」
「あ、ごめんなさい! 失礼なこと言っちゃいました。えっと、初めまして。私、コジマ・ジュリーと言います」
ぺこりと頭を下げる彼女の名前に、僕の頭の中でピンとピースが繋がる。
「コジマ? もしかして、サリーの……?」
「はい、そうです。サリーの妹です!」
ジュリーが満面の笑みで答えたその瞬間、背後の門が開き、「ただいまー」と賑やかな声が響いた。ちょうどサリーたちが学校から寮に戻ってきた。
「あ、お姉ちゃん!」
ジュリーが嬉しそうに声をかけると、カバンを抱えたサリーが文字通り飛び上がらんばかりに驚き、顔を引きつらせた。
「ジュリー、何でここに?!」
事情を聞けば、ジュリーは「優美林女子高校」の学校説明会に参加するため、こちらにやってきたのだという。その前日譚として、一足先にその学校に通っている姉の住む寮へ遊びに来たのだった。
「確かに『行くかも』って連絡はあったけどさあ……」
サリーのそっけない態度に、僕は姉妹の間にどことなく漂う見えない「壁」を感じ取っていた。
サリーは明らかにジュリーを寮に入れたくなさそうな様子を見せていた。けれど、お腹の虫を鳴らしそうな妹を前にして、料理人としての性分か、僕はつい横からお節介を焼いてしまう。
「せ、せっかくだから、ごはん食べて行かない? ちょうど今作ってるところだし」
「やったー! 噂のちびっ子寮長のごはんだー!」
ジュリーは待ってましたとばかりに目を輝かせ、寮の中にズカズカと入り込んできた。
その瞬間、僕の背中に冷たい視線が突き刺さる。振り返ると、サリーがこれ以上ないほど冷徹な「ジト目」を僕に向けていた。
この日は最近では珍しく、留学中のコニーを除く特別寮の寮生たちが全員勢ぞろいしていた。
リビングに突如現れた、サリーより発育の良い妹という存在に、アニーやアオイたちも興味津々で集まってくる。
「へぇ、サリーの妹さんですか! スタイル抜群ですねぇ」
感心したように見上げる熊族のアオイ(192cm)の言葉に、ジュリーが「アオイさんも結構背が高いですね。どっちが大きいかな?」と無邪気に背比べを提案した。
二人がリビングの柱の前に背中合わせで立つ。僕が真横から目を凝らして判定を下した。
「うーん……ジュリーちゃんの方が、ほんのわずか、数ミリだけど高いな!」
192cm超えという驚異的な結果に、「やったー! 勝っちゃった!」と大喜びするジュリー。その姿を見て、サリーがフンと鼻を鳴らした。
「ほんと、身体と態度の大きさは相変わらずね」
サリーの口から、刺のある悪態がぽつりと零れ落ちる。
不穏な空気を逸らすように、僕は夕飯をテーブルに並べた。
この日の献立は、ジューシーな『餃子』と、甘酸っぱいタレが絡んだ『ミートボールの甘酢あんかけ』。
実はこの世界では、あんかけのとろみをつけるための定番である『片栗粉』がまだ発見されていない。じゃがいものでんぷんで代用する手もあったが、僕はあえて『とうもろこし粉』(コーンスターチ)を使ってとろみを出してみた。
どうやらこの作戦は完璧にハマったらしい。
ツヤツヤに仕上がった甘酢あんがミートボールにしっかりと絡み、口に運んだ一同から歓声が上がる。
「んんーっ! このとろとろのタレ、すっごく美味しい!」
「これ、ごはんが進むばい!」
アニーやユイナ、ピピたちも、茶碗のごはんにミートボールをワンバウンドさせ、タレの染みた白米ごとガツガツと勢いよく食べていく。
ジュリーも「お姉ちゃん、毎日こんな美味しいもの食べてるの!? ズルい!」と目を輝かせていた。
ここまでは、美味しい料理のおかげで、いつも通りの穏やかで賑やかな食卓だった。
しかし、ジュリーがふと箸を止め、向かい側に座る姉を見つめて言った一言で、一気に雲行きが怪しくなる。
「ねえ、お姉ちゃん。……たまには、うちに帰ってきなよ。お父さんもお母さんも、待ってるんだよ?」
サリーの手の中で箸が止まった。
さっきまで美味そうに食べられていたリビングの空気が、一瞬にして冷たく張り詰めていくのを感じていた。
「は? ジュリー、何言ってるの? あの人たちが私を待ってるだなんて、ありえないわ」
サリーの瞳が明らかな怒りで収縮し、細くなる。その声は、これまで僕が聞いたこともないほど冷たく、拒絶に満ちていた。
「……ごちそうさま。私、もう寝るね。ヒロキ、片付け手伝ってあげられなくてごめん」
まだ食事の残る皿を置くと、サリーは席を立ち、自分の部屋へ戻ろうとする。
「お姉ちゃん聞いて! お母さんは……」
すがるように声を上げるジュリーの言葉を、サリーは冷然と遮った。
「ジュリー、それ以上は言わないで!」
ぴしゃりと吐き捨てると、サリーは早足で階段を駆け上がり、自分の部屋へと閉じこもってしまった。ガチャリと鍵を閉める乾いた音が響き、やがて布団を頭から深くかぶって外界を拒絶しているであろう姉の気配だけが、天井の向こうに残された。
静まり返る食卓。誰もが箸を止め、困惑と重苦しい空気に押しつぶされそうになっていた。




