73.僕と、食材探訪と、謎の独立国家(1)
僕はさらなる新メニューのアイデアを閃き、カントウの街にある大型スーパーの食品売り場へと足を運んでいた。
お目当ての棚を探す。……けれど、お味噌や醤油の並ぶコーナーをいくら見回しても、僕が探している「それ」は見当たらなかった。
(おかしいな。これだけ基礎調味料や食材が揃ってきたんだから、あっても良さそうなものだけど……)
見落としがあるかもしれないと思い、近くで品出しをしていた獣人の店員さんに声をかけてみることにした。
「すみません、ちょっとお聞きしたいんですけど……このお店には『こんにゃく』って置いてないんですか?」
「えっ……!?」
僕がその単語を口にした瞬間、店員さんの身体がビクッと強張った。彼は持っていた商品を落としそうになりながら、周囲をキョロキョロと怯えたように見回し、声を潜めてしどろもどろになり始めた。
「そ、そんなもの、うちのような一般の店で取り扱えるわけないじゃないですか! お、お願いですから、滅多なことを大声で言わないでください……!」
「ええっ!?」
まるで裏ルートの危険な取引か何かを疑われたような拒絶っぷりに、僕はすっかり困惑してしまった。ただの灰色のぷるぷるした食材なのに、一体どうしてそんなに怯えられなきゃいけないんだ。
疑問が頭から離れないまま特別寮に帰った僕は、リビングで書類を読んでいたフェイ先生を見つけ、さっそく疑問をぶつけてみることにした。
「フェイ先生、ちょっと聞きたいことがあるんですけど……この世界には、もしかして『こんにゃく』ってないんですか?」
僕の言葉を聞いた瞬間、フェイ先生の手が止まり、その美しい顔がみるみる曇っていった。
「……ヒロキ、あなた今、なんて言ったの?」
「え、だから、こんにゃくですけど……」
フェイ先生は深くため息をつき、真剣な眼差しで僕を見つめてきた。
「あれはね、このカントウの中でも、特定の閉ざされた地域でしか作られていない特殊な食材なのよ。その製法は完全なる門外不出。荒くれ者として知られる『虎族』の長が直々に管理していて、彼らが気に入った者にしか決して卸さないと言われているわ。そんな食材を一般のスーパーで探そうだなんて、あなたって本当に怖いもの知らずな男なのね……」
「こ、こんにゃくってそんなに危険食材だったの!?」
僕の知っているこんにゃくは、おでんの具や煮物に入っている、あのヘルシーで地味な食材だ。それがこの世界では、まるでマフィアの利権のように扱われているなんて、意味が分からなすぎる。
「その、こんにゃくが作られている地域って、一体どこなんですか……?」
僕が恐る恐る尋ねると、フェイ先生はさらに声を潜めて、その禁忌の地の名を口にした。
「……地域の名前は『グヌマー』っていうんだけどね。同じカントウ領内でありながら、そこへ立ち入るためには特別な渡航許可証が必要なほど、危険で排他的な未開の地なのよ」
「ぐ、群馬……?」
「そう、グヌマー」
フェイ先生の神妙な面持ちとは裏腹に、僕の脳内には元の世界の「群馬県」の地図が浮かんでいた。
(まさか、この世界の群馬――いや、グヌマーって、そんなネットの都市伝説みたいな超危険地域になっていたのか……!?)
確かに元の世界でも群馬はこんにゃく芋の特産地として有名だけど、まさか異世界で治安の悪い秘境扱いされているとは夢にも思わなかった。
けれど、激しい衝撃を受けつつも、僕の中の「料理人としての本能」が、同時にドクドクと脈打ち始めていた。
それほどまでに希少で、手に入れるのが困難な幻の食材。もしそれを僕が手に入れることができたなら、そして『ししし屋』のメニューとして出すことができたなら――お店のウリとしては、これ以上ないくらい抜群のインパクトになるんじゃないだろうか。煮物はもちろん、あの歯ごたえを活かした新しい料理だって作れるはずだ。
「……フフ、そうか。グヌマーか」
気がつけば、僕の顔には不敵な笑みが浮かんでいた。他社がどんなに僕のソースやタレを模倣して追いつこうとしてこようとも、誰も立ち入れない聖域の食材を引っ張ってくれば、一気に引き離すことができる。
「よし、今度みんなに声をかけて、グヌマー捜索隊を結成して行ってみようかな?」
「ちょっとヒロキ、本当に冗談はやめてちょうだいね!?」
フェイ先生の焦る声を背中で聞きながら、僕は早くも、まだ見ぬ秘境「グヌマー」と、そこに君臨する虎族の長との交渉(あるいは対決?)へ向けて、心の中でそっと冒険のプランを練り始めるのだった。




