表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
獣人しかいない世界で 僕は胃袋掴んで無双する  作者: けろ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
71/137

69.僕と、獅子丸食品と、工場の拡大

カントウの経済界、ひいては世界の市場において、今もっとも「飛ぶ鳥を落として、そのまま美味しく焼いて食べちゃう」ほどの勢いを持つ企業を挙げろと言われれば、誰もが間髪入れずにその名を叫ぶだろう。

――『獅子丸食品』。その躍進は、もはや一企業の成長という枠組みを遥かに超え、この世界全体の歴史を塗り替えるほどの激動となっていた。

ほんの1年前までの獅子丸食品を知る者は、現在のこのお祭り騒ぎのような状況を一体誰が予想できただろうか。

当時の彼らは、『しょうゆ』『みりん』『お酢』といった、伝統的ではあるが、悪く言えば地味な基礎調味料を細々と、しかし堅実に製造・販売する老舗企業に過ぎなかった。

職人気質の強い獣人たちの世界において、調味料とは「各家庭や店ごとに、その都度独自の配合で作るもの」という風潮が根強く、工場で大量生産されたソースが食卓の主役になるなど、当時の常識では考えられなかったからだ。

しかし、その硬直した市場に、異世界(または遠い過去)からやってきた人間の少年――ヒロキという名の特異点が現れたことで、すべての歯車が猛烈なスピードで回転を始めた。

その伝説の幕開けを飾った記念すべき第一弾商品こそが『獅子丸印の焼肉のたれ』と『獅子丸印のポン酢』であった。

それまで、獣人たちにとっての「肉を焼いて食べる」という行為は、ただ塩を振るか、あるいは素材の味のままに貪り食うという原始的なスタイルが主流だった。そこに突如として投入された、旨味の塊のような『しょうゆ味』と、肉食獣たちの本能を激しく揺さぶる『にんにく味』の2種類のボトル。そしてさっぱりとした酸味で油物を変革した『ポン酢』。

じゅうじゅうと音を立てて焼かれる肉にこのタレを絡めた瞬間、立ち上る香ばしい匂いだけで獣人たちは理性を吹き飛ばされた。一口食べれば、肉の脂の旨味を何倍にも引き立てる未知の濃厚な味わいに、誰もが驚愕し、貪るように白米を掻き込んだ。

この『焼肉のたれ』『ポン酢』の鮮烈なデビューによって、獅子丸食品の名は一躍、新時代の寵児として世界に轟くことになったのである。

そして、この成功は単なる一過性のブームに留まらなかった。ヒロキの頭の中から溢れ出る「美味しい」のアイデアは、ここから怒涛の勢いで連発されることになる。

お好み焼きの概念そのものを世間に定着させた『お好み焼きソース』、万能の傑作『中濃ソース』、独特の香ばしさでスープや炒め物の風味を劇的に変えた『ごま油』が市場に投入された。

さらに、ショッピングモールの大人気店『ししし屋』の看板メニューの味をそのまま家庭に持ち込めるようにした『ししし屋の塩ダレ』と、子供から大人までを虜にした『ししし屋のてりやきソース』。

発売されるすべての商品が市場を完全にドミナントしていった。ボトルが店頭に並んだ瞬間に買い物カゴへと吸い込まれ、棚がまたたく間に空になるという、前代未聞のメガヒットを連発。

獅子丸食品のロゴが入ったボトルたちは、今やカントウのあらゆる家庭の冷蔵庫、そして飲食店の厨房に常備される「新時代のインフラ」と化していた。

そんな中、獅子丸食品の二代目社長であるミナカミ・レミが、さらなる一手を仕掛けた。家庭用『たこ焼き器・民生用セット』の発売に合わせた『たこ焼き新ソースコンテスト』の開催である。

このイベントは、単に新しい味を募集するだけのものではなかった。参加者が「自分で新しいソースを試作するためには、まず家庭用たこ焼き器を購入しなければならない」という、極めて緻密で計算されたビジネス戦略でもあったのだ。そしてこの試みは、獣人たちの底知れぬハングリー精神と見事に噛み合い、爆発的なシナジーを生み出すことになる。

厳しい審査を勝ち抜き、見事優勝の栄冠を手にしたのは、虎族のノムラ・コテツさんが考案した『甘辛ソース』であった。

ニンニクのコク、唐辛子のピリッとした刺激、そこへ絶妙な甘みと酸味が調和したその液体を口にした瞬間、ヒロキは言葉を失うほどの衝撃を受けたという。それは、彼が元いた世界における『スイートチリソース』そのものの味であり、多国籍な美味の領域へ、この世界の獣人たちが自力の探求で到達した証だったからだ。

外はカリッと、中はトロリとしたたこ焼きに、このトロリとした甘辛ソースが絡み合う。その完璧な相乗効果は、『ししし屋』の期間限定メニューとして登場するや否や、連日長蛇の列を作るほどの大反響を呼んだ。

この成功を受け、レミ社長は即座に動いた。

『甘辛ソース』のレギュラーメニューへの格上げ、およびこれまでのヒット作と同様に、ボトルに詰めての「単体販売」へ向けたラインの構築を決定したのである。

ちなみに、このコンテストの優勝賞品として掲げられていた「特製ソース3点セット1年分」という約束に対し、獅子丸食品は「だいたい6日に1本消費する」という大盤振る舞いな計算の元、各種60本ずつ、計180本という規格外の量をノムラさんの自宅へ送り届け、世間を大いに沸かせた。

しかし、あまりにも急激な進化と需要の爆発は、同時に獅子丸食品に巨大な物理的限界を突きつけることとなった。

『焼肉のたれ』から始まった大ヒット商品の数々により、カントウにある既存の工場は、すでに24時間体制のフル稼働を続けていた。

だが、それでも全域のスーパーや小売店からの発注書、そして『ししし屋』をはじめとする飲食店からの注文の嵐を捌ききるには、完全にキャパシティが不足していた。

そこへさらに『甘辛ソース』のボトル販売が加わり、今後のヒロキからさらなる魅力的な新提案が舞い込んでくる可能性も非常に高い。

「今の生産ラインだけじゃ、地球がひっくり返っても足りないわ!」

そう判断したレミ社長の決断は、電光石火だった。カントウという狭い枠組みを飛び出し、世界のパワーバランスそのものを動かす超巨大プロジェクト――『カンサイ』および『ナンゴク』への、大規模な海外工場の新設へと舵を切ったのである。

それからの数ヶ月間、獅子丸食品の幹部(黒服)たちは、文字通り世界中を飛び回ることになった。慣れない外交交渉、土地の買収手続き、現地の建築ギルドや自治体との折衝、そしてカントウから持ち込む最先端の生産ラインのセキュリティ確保。

彼らはスーツの裾を泥で汚しながら、未開の可能性が眠る大地へと奔走し続けた。

この「嬉しい悲鳴」から始まった大ドタバタ劇は、思わぬ形で世界の歴史に巨大な恩恵をもたらす。

新工場が建設される地域は、これまで産業が乏しく、多くの若者や腕力を持て余した獣人たちが定職に就けずに治安を悪化させているような、いわゆる過疎地や困窮地が多かった。

そこへ獅子丸食品が、近代的な巨大工場をドカンと建て、破格の待遇で求人を出したのだ。

「あそこの工場で働けば、美味いソースの製造に関われる上に、まともな暮らしができるだけの給料が確実に貰える!」

その噂は飢えた狼のように各地の獣人たちの間を駆け巡り、募集窓口には連日、長蛇の列が作られた。

カントウ、カンサイ、ナンゴクの3国にまたがる巨大な製造ネットワークが稼働を始めると同時に、各地で数万、数十万という規模の健全な雇用が次々と爆発的に誕生していった。

始まりは、肉を美味しく食べるために作られた、たった一本の『焼肉のたれ』だった。

これまで、各国の王や政府がどんなに法を厳しくし、兵を動かしても解決できなかった根深い地方の「失業率」と、それに起因する「治安の悪化」。それが、たった一人の人間の少年がもたらした「美味い調味料を世界に届ける」という経済の濁流によって、劇的に、そして目に見えて解決へと向かい始めたのである。

かつてはただの「お腹を満たすための作業」に過ぎなかったこの世界の食卓が、今や世界を動かし、国境の壁を溶かし、何万人もの獣人たちの生活を豊かに支える巨大なエネルギーへと変貌を遂げていた。新工場の煙突から立ち上る白い煙は、まさにこの世界の新しい時代の夜明けを告げる、希望の狼煙そのものであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ