68.僕と、製麺機と、初めての餃子
『ししし屋』の運営やソースの商品化でバタバタしていた日々が少し落ち着いた、ある日の放課後のこと。
特別寮のキッチンで、僕はロンに作ってもらった「製麺機」を調理台にセットしていた。
この製麺機、本当に信じられないほどの優れもので、麺の太さをダイヤル1つで極細から極太まで自由に変えられるのはもちろん、カッターのパーツを外せば、生地をただ綺麗に薄く伸ばしたいときにもそのまま使える。
さらに驚くべきことに、専用のアタッチメントを装着すると、肉を細かく挽くための「ミンサー(肉挽き機)」にまで早変わりする。ロンの技術力には、毎回本当に頭が下がる思いだ。
この日はそのマルチな機能をフルに活用して、僕はある料理を仕込んでいた。
アタッチメントのミンサーで豚肉をジューシーなひき肉にし、細かく刻んだキャベツやニラ、調味料と合わせてしっかりと捏ねて「タネ」を作る。次にカッターを外したローラーに小麦粉の生地を通し、限界まで薄く伸ばしてから丸く型抜きして、自家製の「皮」を用意した。
そう、今夜の特別寮のメニューは「餃子」だ。
僕が丸い皮を左手に乗せ、スプーンでタネを適量すくい、手際よくヒダを寄せながら包んでいく。その作業を、すぐ横からじーっと熱い視線で見つめている気配があった。
振り返ると、184cmの長身を少し屈めるようにして、黒髪のポニーテールを揺らしたサリーが、猫耳をぴょこぴょこと動かしながら興味津々で僕の手元を覗き込んでいた。
「ねえ、ヒロキ。それってお店の新作?」
サリーにそう聞かれて、僕は一瞬、包む手を止めた。
「え? いや、これは普通にみんなで食べる夜ご飯のつもりだけど……」
そう答えながらも、僕はハッとした。
言われてみれば、僕はこの世界に飛ばされてきてから、一度も餃子を作ったことがなかった。それどころか、この街の市場でも定食屋さんでも、皮で肉や野菜を包んで焼くような料理は一度も見かけたことがない。
僕にとっては見慣れた実家の定番料理でも、サリーたちにとっては「見たこともない未知の料理」だったんだ。
「なんか、包むの楽しそうだね。私にもやらせて!」
「いいよ。じゃあ、まずは皮の縁にぐるっと指で水をつけて……」
僕はサリーにタネの包み方を教えてあげることにした。
けれど、これが思った以上に難しい。アオイさんほどではないにしても、サリーの手も僕に比べればずっと大きくて、繊細なヒダを作るのに大苦戦している。
「あ、あれっ? 破けちゃった……。ヒロキ、これどうやるの? 右手の親指でこう?」
「あはは、欲張ってタネを詰めすぎると閉じなくなっちゃうよ。ヒダは片側だけ寄せるイメージで」
サリーは長い黒尾をパタパタと忙しなく揺らしながら、真剣そのものの表情で生地と格闘していた。
結局、サリーが包んだものは、ヒダがなくて平べったいものや、中身がはみ出しかけてちょっと不格好なものばかりになってしまったけれど、「できた!」と満足そうに笑う彼女の顔を見ていたら、僕まで嬉しくなってしまった。
「よし、じゃあ一気に焼いちゃおう!」
キッチンからダイニングテーブルへ移動し、大容量のホットプレートを取り出す。
油を引いて、僕が作った綺麗な餃子と、サリーが作ったちょっと不揃いで愛嬌のある餃子を隙間なく並べていく。ジューっという心地いい音とともに、差し水をしてフタを閉めると、蒸気とともにニンニクとごま油のたまらない香りがリビングいっぱいに広がった。
フタを開ければ、底はパリッと黄金色、上はモチモチの焼き餃子が完成だ。
「みんな、ご飯だよー!」
食卓に大皿を出した瞬間、匂いに釣られて集まってきたみんなの目が一斉に輝いた。
「ほう……これはまた、今まで見たことのない形状の料理ですね」
「うわっ、めっちゃええ匂いする! いただきまーす!」
みんなで箸を伸ばし、ハフハフと言いながら口に運ぶ。
「――っ! ん、んんーっ!!」
最初に声を上げたのはアニーだった。
「何これ、外はパリパリやのに、中から肉汁がジュワッと溢れてきて最高に美味いんやけど!」
「皮のモチモチ感と、野菜のシャキシャキした食感のバランスが絶妙です」と、ピピもメガネを指でクイッと直しながら、早くも2個目に手を伸ばしている。
「これ、なんぼでも白米が進みよるね……!」と、ユイナも大きな口で餃子を頬張り、幸せそうに身をよじっていた。
自分で包んだ不揃いな餃子を、ちょっと照れくさそうに、でもすごく美味しそうに食べているサリーの姿を見て、僕の胸の奥は温かいもので満たされていった。
みんなの食べっぷりを見ながら、僕の頭の中では、料理人としての「次なる野望」が静かに首をもたげていた。
(これだけみんなが喜んでくれるなら……この餃子も、そのうち『ししし屋』のメニューとしてお店で出せる日が来るのかな)
もしメニュー化するなら、ただの醤油だけじゃなくて、あのピリッとした辛みと香ばしい風味をプラスする『ラー油』も一から手作りしたいな。あの他社の模倣のスピードを考えたら、僕が特製のラー油を添えて出せば、またこの世界の食文化が一段と面白くなるに違いない。
そう思っていると、ユイナが醤油を入れずにお酢だけで、アオイさんはスイートチリソースで食べてみたりと、この食卓だけでも早くもアレンジがなされている。
「ヒロキ、顔がニヤニヤしてるよ? また何か美味しいこと考えてるでしょ」
口の周りに少しタレをつけたサリーが、悪戯っぽく笑いながら僕の顔を覗き込んできた。
「うん、ちょっとね」
僕はそうはぐらかしながら、餃子をもう1個、自分の口へと放り込んだ。




