65.アオイと、私らしさと、変わらぬ想い
お仕事に向かう途中。マネージャーさんが運転する車の後部座席で、窓の外を流れていく街並みをぼんやりと眺めながら、私はふと、ある「もしも」を考えていた。
もし、あの時。……ヒロキくんに出会ってなかったら。
今頃私は、何をしていたんだろう。
想像するだけで、体がすくんでしまいそうになる。
きっと私は、また昔みたいに。自分の大きな体が怖くて、周りの目が怖くて。うじうじして、おどおどして、誰とも話せないまま、ずっと俯いて生きていたに違いない。
この、頑張って、本当に頑張って入学した優美林の芸能コースも。きっと、恐怖に耐えきれなくなって、辞めなきゃいけなくなっていたかもしれない。……お母さんを、悲しませていたかもしれない。
それを変えてくれたのが、ヒロキくんだった。
『……美味しいな、ヒロキくんの料理』
彼の作る料理には、美味しさや物珍しさはもちろんある。けれど、それ以上に。なんて言うんだろう。……食べた人の心を震わせる、温かくて、力強いエネルギーみたいなものが、いっぱい詰まっている。
こんなに心を揺さぶられるものを作れる彼そのものに、私はいつの間にか、心を奪われていた。
でも。
それは私だけじゃない。
私を一番に支えてくれる、優しくて強いサリーも。
いつも冷静で、僕たちを導いてくれる賢いピピも。
元気いっぱいで、新しい世界に飛び込もうとしているアニーも。
ナンゴクから来た、真っ直ぐなユイナも。
そして。……去年芸能コースを卒業した、あの完璧なヨーコ先輩さえも。
みんな、彼に刺激を受けて、彼を知って、彼に惹かれていく。
『……あはは。ヒロキくん、モテモテだなぁ』
心の中で、少しだけ切ない笑みが漏れた。
私なんて、体が大きいだけで、臆病で、気の利いたことも言えなくて。
いつまでも誰かの後ろに隠れて、彼のことを遠くから眺めているだけだったら。あっという間に、他の誰かに攫われちゃうよね。
(……でも、私は。私が、私でいられるようになったのは、彼のおかげだから)
窓に映る自分の顔を見る。昔より、少しだけ、自信のある目をしてるかな。
私は、私らしく。私ができる精一杯のことで、彼を支えてあげたい。
彼が作る新しい世界を、一番近くで応援していたい。
例え――。
例えこの気持ちが、報われなくても。
私が私でいるために。そして、彼を笑顔にするために。
車が仕事現場に到着するまで、私はもう一度、窓の外の流れる景色に、小さな、けれど確かな決意を誓うのだった。




