63.ピピと、この先の進路と、専門課程
将来の進路について頭を悩ませているのは、リビングで手をバタバタさせているサリーだけじゃなかった。
専門課程コースに通うピピにとっても、2年生のこの時期は将来を決めるにあたってものすごく大事な時期だ。
優美林女子高校の専門課程の生徒は、系列の優美林女子大学への内部進学がほぼ既定路線になっている。だけど、大学で「何を専攻するのか」については、高校生のうちからある程度、方向性を定めて単位やレポートを準備しておく必要があるんだ。
同じ専門課程2年生で、『ナンゴク』からの留学生であるユイナは、そのあたりの決断が早かった。
「うちはもう、大学では語学専攻って昔から決めとるけんね! カントウの言葉もナンゴクの言葉も、もっと完璧にして、将来はいろんな国を繋ぐ仕事がしたいったい」
以前、そう笑顔で語っていたユイナは、すでに自分の進むべき道を真っ直ぐに見据えて、迷いなく勉強に励んでいる。
一方のピピはというと、当初は一番身近で尊敬する大人であるフェイ先生と同じ「歴史学専攻」を考えていた。古い文献を紐解き、過去の事象から未来を予測する学問は、理知的で読書好きなピピの性分にも合っている。
だけど、最近のピピの心境には、少しずつ変化が生まれ始めていた。
それは、ヒロキのことを近くで、じっと見守っていたからだ。
『ししし屋』の立ち上げ。メニューの開発から、モールのフードコートへの出店、そしてレミ社長と渡り合って『ししし屋の塩ダレ』や『てりやきソース』を商品化し、ビジネスとして大成功させていくヒロキの姿。
ピピはいつもヒロキの隣で、黒い丸メガネの奥の瞳をキラキラさせながら、ノートに熱心にメモを取っていた。
『……経営学、という道もありかもしれませんね』
ふと、ピピは自室の机でそんなことを考え、手元の進路ノートをめくった。
ヒロキが次々と生み出すアイデアや美味しい料理を、もっと論理的に、もっと大きな仕組みとして世の中に広げていくためのサポート。
それを体系的に学ぶなら、歴史学よりも「経営学」のほうが、今の自分には合っているんじゃないかと思い始めているのだ。
それに、ピピの憧れであるフェイ先生だって、専門は歴史学だけど、実際にはそれだけじゃない。経済の動向にも、大人の複雑な社会の仕組みにも、あらゆる分野に深く精通している。
『ひとつの軸を持つことは確かに必要。けれど、それだけに留まる必要もない……フェイ先生がそうであるように、私も自分の可能性を狭めるべきではないのです』
ピピはふっと、小さく、けれど確かな決意を秘めた笑みを浮かべた。
歴史という過去を学ぶか。経営という未来を動かす学問を学ぶか。
机の上の進路希望調査票を見つめながら、ピピはメガネの位置を指先でキュッと直した。
その瞳には焦りはなく、むしろこれから自分が学び、実践していくであろう新しい世界への、静かな知的好奇心が満ちていた。




