60.僕と、ししし屋と、開店御礼
プレオープンが始まると、フードコートの一角は一気に熱気に包まれた。
正直、あれだけの行列を見て最初は少し肝を冷やしたけれど、いざ蓋を開けてみればオペレーションは思ったよりもスムーズに回っていった。
それもそのはず、お好み焼きもたこ焼きも、作った側から売れていくので、あらかじめある程度の数は最高の状態のまま作り置きができた。
それに加えて、イチカワさんたちが機転を利かせて行列に並んでいるお客さんから先行でオーダーを取ってくれたこと、そして「お一人様、各メニュー2点まで」と注文数に制限をかけさせてもらったことも大正解だった。
おかげで厨房がパンクすることなく、次々と特製の紙箱にお好み焼きやたこ焼きが吸い込まれていく。
「ほらケンジさん、次は海鮮玉3枚や! 鉄板の温度上げてな!」
「おぅ、任せとけ! ソースのハケ準備よろしく!」
厨房の中では、アニーとサリーも鉄板の前に立ち、スタッフたちと一緒に汗だくになってコテを動かしてくれている。
一方、注文が殺到しているスムージーのブースでは、ピピとユイナが文字通り奔走していた。
「ユイナ、次はグリーンが2つとイチゴミルクが3つです! ミキサーの洗浄を急いでください!」
「分かっとるばい! 氷とリンゴ、すぐ入れるけんね!」
ピピが冷静かつ超高速で会計処理をこなし、ユイナがそれに合わせて果物や野菜をジューサーに投入していく。3台並んだミキサーがガガガガと小気味いい音を立ててフル稼働していた。
ちなみに、楽屋で全メニューを完食したアオイさんが、たこ焼きの匂いに釣られて「私もやっぱり手伝うー!」と厨房に突撃しようとしていたけれど、「これ以上スケジュールを遅らせるわけにはいきません!」と迎えにきたマネージャーさんに両脇を抱えられ、ドナドナのように引き摺られて仕事へ連れて行かれてしまった。
アオイさん、後ろ髪を引かれまくった顔で「ヒロキくん、また絶対来るからねー!」と叫んでいたな……。
そんな賑やかなドタバタが続いたプレオープンだったけれど、なんとショッピングモールの閉店時間を待たずして、用意していたキャベツやたこ、スムージーの果物といったすべての材料が底を突いてしまった。
「オーナー、生地がもうこれっぽっちも残ってないよ!」とケンジさんが空になった寸胴を掲げる。
「よし……ここまでだね。イチカワさん、列の後ろのお客さんに本日分終了のアナウンスをお願いします」
やむなく、少し早い時間での営業終了。
看板の電気を消した瞬間、厨房とカウンターの全員から「ふぅーっ!」と大きなため息が漏れ、その場にへたり込むスタッフもいた。
みんな汗だくで、服からはソースの香ばしい匂いがぷんぷんしている。けれど、やりきったその顔には、誰もが最高に充実した笑顔を浮かべていた。
「みんな、本当にお疲れ様! 初日としてはこれ以上ないくらい大成功だよ!」
僕が声をかけると、ケンジさんが力強く拳を突き上げ、イチカワさんが「明日からの本番も、バッチリ稼がせてもらうよ!」とウインクをくれた。
初めて世に出た僕の粉ものとスムージーが、この街の獣人たちの胃袋をガッチリと掴んだ瞬間だった。
この手応えなら、明日からの本番もきっと大丈夫。僕は心地いい疲労感の中で、確かな自信を感じていた。
プレオープンの熱狂から一夜明け、ついに迎えた本格オープンの日。
昨日の大盛況が嘘みたいに、営業は驚くほどスムーズに、そして大きな混乱もなく滑り出した。
それもこれも、実地研修を何度も重ねて、プレオープンの修羅場を一緒に乗り越えた地元のスタッフたちのおかげだ。
厨房のケンジさんはすっかり鉄板の主としての風格を漂わせているし、レジのイチカワさんの鬼のようなレジ打ちと明るい接客は、すでにお店のトレードマークになりつつある。
おかげで、特別寮のメンバーがずっとお店に張り付いている必要もなくなった。
みんなそれぞれの学業や生活に戻っていったけれど、アニーだけは別だ。アニーは『ししし屋』のアルバイトとして正式に雇用され、放課後の時間はほぼ常勤のシフトに入ってくれている。
「ほらケンジさん、手が止まっとるで! たこ焼きのねぎ塩、注文3つ追加や!」
「おうアニー、分かってるよ! 火力最大で一気に仕上げるぜ!」
ねじり鉢巻をきゅっと締めたアニーが、地元のスタッフたちとすっかり打ち解けて楽しそうに厨房を仕切っている姿を見ると、本当に「地元密着型」にしてよかったなと胸が熱くなる。
さらに数日後、お店の知名度を決定づける出来事があった。
テレビのニュースや情報番組で、先日のプレオープンの様子が大きな特集として放送されたのだ。
画面に映し出されたのは、華やかな衣装でテープカットに臨むアオイさんの姿。
そこからカメラは厨房の熱気へと切り替わり、ケンジさんが屈強な腕でたこ焼きをリズミカルにひっくり返す様子や、アニーがフワフワのお好み焼きを鮮やかに裏返す瞬間が映し出される。香ばしい湯気まで伝わってきそうな映像に、ワイプの芸能人たちも「おいしそう!」と声を上げていた。
番組の中では、アオイさん自身がマイクを持って、行列に並んでいるお客さんたちにインタビューする一幕もあった。
「優美林の学食でしか食べられなかったあの味が、ついに街で食べられるって聞いて飛んできました!」と興奮気味に語る地元の獣人さんの姿が映り、僕たちの狙いが間違っていなかったことを証明してくれている。
そして番組のハイライトは、楽屋に戻ったアオイさんの食レポだった。
衣装のまま、特製の紙箱から『てりたま味』のたこ焼きを大きなお口でパクリと頬張り、目を丸くして「んむーーっ!!」と悶絶するアオイさん。
『甘辛いたれとゆで卵のコクが、外カリ中トロの生地に絡み合って……もう、悪魔的な美味しさです!』
続いて『バナナとにんじんのハニースムージー』をストローでゴクゴクと飲み、『にんじんが苦手な人でも絶対に大好きになります! 毎日飲みたいっ!』と満面の笑みでカメラにピースサイン。
テレビの前で観ていた僕が思わず照れてしまうくらい、本当に美味しそうに、幸せそうに食べてくれていた。
このメディア効果は絶大だった。
放送翌日からは、アオイさんの食べっぷりに魅了された新しいお客さんたちが連日フードコートに詰めかけ、ねじり鉢巻を締めた『ししし獅子』の看板の下は、さらに活気あふれる笑顔で満たされることになった。
僕たちの『ししし屋』は、この街の新しい「美味しい定番」として、しっかりと根を張り始めていた。




