59.僕と、ししし屋と、プレオープン
何度も重ねた実地研修の甲斐あって、スタッフみんなの動きが少しずつ形になってきた頃、ついにショッピングモールのフードコートに、僕たちの『ししし屋』が完成した。
お店の前に立って見上げると、看板には狙い通り「ねじり鉢巻」をビシッと締めた『ししし獅子』が大きく描かれている。遠くからでもものすごく目立っていて、なんだか胸がワクワクしてくる。
「よし、みんな。中に入ってみよう!」
僕が声をかけて一歩足を踏み入れた厨房は、まさに機能美の塊だった。
中央に鎮座するのは、お好み焼きが一度に10枚ほど一気に焼ける極厚の巨大鉄板。その横には、最大120個を同時に焼き上げることができるプロ仕様のたこ焼き器が並んでいる。どれもロンが僕の要望を完璧に形にしてくれた特製品で、熱の通り方が計算し尽くされていた。
さらに奥のカウンターには、スムージー用のジューサーミキサーが3台、綺麗に並んでいる。これなら『バナナ』『イチゴ』『グリーン』の3種類を、混ざることなくそれぞれ1台ずつ専用で使える。これまでの実地研修の中で、みんなが一番スムーズに動けるように調味料やたれの配置を吟味したから、動線もバッチリだ。
うちはフードコート内のテイクアウト専門店だから、容器にも僕なりのこだわりを詰め込んだ。
本当は、たこ焼きといえばあの風情ある「舟型の器」にしたかったんだけど、この世界での製造コストを計算したら予算を大幅にオーバーしてしまって、今回は泣く泣く断念。その代わり、ロゴ入りのしっかりとした特製の紙箱を用意した。
逆にお好み焼き用の容器は、前世のピザの箱から着想を得た、この世界にはまだない「スクエア型の薄い紙箱」を特注で作ってもらった。これなら潰れる心配もないし、持ち帰りにもぴったりだ。
「よし……! これだけの城を用意してもらったんだ。やってやろうじゃねえか!」
厨房のど真んでそう言って腕まくりをしたのは、厨房担当のリーダーに抜擢した犬族のケンジさん(21)だ。
タンクトップから覗く屈強な腕の筋肉をグッと誇示しながら、やる気に満ちた熱い表情でピカピカの鉄板を見つめている。ケンジさんのこの力強い筋肉があれば、120個のたこ焼きをひたすら回し続ける重労働も、安心して任せられる。
そして、カウンター側を仕切ってくれるのは――。
「ふふ、アタシに任せときな。お昼のラッシュが来ても、自慢のレジ打ちとこの笑顔で、お客さんを一人も待たせやしないよ!」
腰に手を当てて頼もしく笑う、接客担当リーダーの狼族のイチカワさんだ。頭に巻いた『ししし屋』特製のねじり鉢巻が、驚くほどよく似合っている。
近所のスーパーで僕を可愛がってくれたあのおばちゃんの「鬼のレジ打ち」があれば、接客部門は文字通り鉄壁だ。
「ケンジさん、イチカワさん、よろしくお願いします! いよいよ明日はプレオープンです。地元の皆さんに、僕たちの最高の味を届けましょう!」
僕が小さな拳を握って声をかけると、厨房とカウンターから「おぅ!」と地元の頼もしいスタッフたちの声が響き渡った。
いよいよ迎えた、本店舗でのプレオープンの日。
今まで優美林女子高校の学生食堂でしか買えなかったメニューが、ついに一般の店舗で食べられる。しかもプレオープン記念の割引もあるということで、なんと開店前からショッピングモールの通路には長い行列ができていた。
「オーナー、外がすごいことになってるよ!」と、ねじり鉢巻を締めたイチカワさんが少し興奮気味に教えてくれた。
様子を見に外を覗くと、その行列の整理や誘導のために、黒いスーツに身を包んだ獅子丸食品の社長室付きの社員さん――通称『黒服』の人たちが、ざわざわせずにテキパキと列の最後尾の案内や看板の設置に回ってくれていた。さすが大企業のサポート、本当に頼もしい。
「あはは! このくらいは想定の範囲内だっつーの! 獅子丸食品の動員力をナメないでよね!」
僕の隣で、レミ社長が金髪のセミロングをかき上げながら、いつものギャルモードで完璧なドヤ顔を決めていた。でも、これだけの混乱を見越して事前に黒服の皆さんを手配してくれていたんだから、本当に感謝しかない。
そして、いよいよ開店の瞬間。セレモニーのテープカットという大役を引き受けてくれたのは、アオイさんだった。
本当は「働きたい!」と言ってくれていたのを僕が泣く泣く不採用にしてしまったから、その埋め合わせというわけじゃないけれど、アオイさん自身が「ぜひやらせて!」と猛烈に売り込んできてくれたのだ。
きらびやかな衣装をまとったアオイさんが、集まったお客さんたちの前に立つ。芸能科のホープである彼女の登場に、行列からは「わあ、本物のアオイちゃんだ!」と大きな歓声が上がった。
アオイさんの前にマイクが向けられる。
「――お母さん、たこ焼き焼けたよ〜っ!」
アオイさんが出演している『獅子丸印の焼肉のたれ』のCMおなじみのセリフがフードコートに響き渡った。その声と同時にハサミが入れられ、鮮やかな紅白のテープが綺麗に切られる。パチパチパチ、と盛大な拍手が沸き起こった。
無事に大役を終えたアオイさんは、そのままカウンターへ直行。
たこ焼き3種、お好み焼き2種、そしてスムージー3種。全メニューを「これ全部ください!」と、満面の笑みでご購入してくれた。
そう、これがアオイさんとの約束だった。お店で働けない代わりに、記念すべき『お客様第1号』になってもらうという約束。
アオイさんは両手いっぱいに特製の紙箱とスムージーのグラスを抱えて、モール側が用意してくれた楽屋へとホクホク顔で戻っていった。今頃、誰もいない楽屋で「んむーっ!」って言いながら、幸せそうに頬張っているに違いない。
「よし、みんな! アオイさんが最高のスタートを切ってくれたよ。緊張すると思うけど、実地研修の通りにいこう。お腹を空かせたお客さんたちを、僕たちの味で笑顔にするんだ!」
僕が厨房に向かって声をかけると、「おうよ!」とケンジさんが極厚の鉄板の前で太い腕を鳴らし、たこ焼き器の前に立つスタッフたちも千枚通しを握り直した。レジのイチカワさんも、ねじり鉢巻の下で完璧なプロの笑顔を作っている。
「――『ししし屋』、オープンします!」
僕の合図とともに、イチカワさんがカウンターの扉を開けた。
一列に並んだ黒服の皆さんの誘導に従って、ついに本格的にお客さんの入場が開始される。香ばしいソースの匂いと、ごま油のいい香りが立ち込める厨房の中で、僕たちの本当の挑戦が幕を開けた。




