53.僕と、別れと出会いと、年越しぺぺたま
カレンダーが『365日』の終わりに近づく中、年明けを待たずに、特別寮には少し早めの「別れ」と「出会い」の季節がやってきた。
まずは、別れ。
いつも寮の雰囲気を明るく盛り上げてくれていた狐族のコニーが、チアダンスのレベルアップと語学研修のために、最低でも半年間、外国へ留学することが決まったのだ。
カントウから見て、カンサイやナンゴクとは比べものにならないほど遠い海の向こう。
元気印なコニーがいなくなるのは本当に寂しいけれど、これは彼女自身の大きな夢のため。僕は寂しさをグッとこらえて、最後は思いっきりの笑顔で送り出してあげようと心に決めた。
「コニー、これ。向こうの国に材料があるか分からないけど、もし『いなり寿司』が恋しくなったら作ってみて」
「わあ、ヒロキくんのいなり寿司のレシピ!? 嬉しい! 向こうのチアの仲間たちにも作って、カントウの……ううん、ヒロキくんの味を世界に広めてくるね!」
コニーちゃんは狐耳をピンと立てて、いつもの眩しい笑顔でレシピを大事そうに抱きしめてくれた。彼女ならきっと、海の向こうでもみんなに愛されるに違いない。
そして、コニーと入れ替わるように、特別寮に新しく2人の住人がやってきた。
1人は、すっかりお馴染みになったカンサイのネズミっ娘、アニー。
そしてもう1人は、専門課程コースにナンゴクから留学生としてやってきた、猿族のユイナ。黒髪の爽やかなショートカットで、その髪の中に耳が完全に隠れているのが特徴的だ。そのシルエットから、おそらくは元の世界でいうところのテナガザル系の獣人さんだと思われた。
この寮に入るにあたって、2人にはあらかじめフェイ先生から、僕がこの世界の住人ではないという『秘密』が伝えられている。
それを初めて聞いたときのアニーちゃんの反応は、驚くほど前向き(?)だった。
「な、なんやて!? 寮長さん、そんな美味いもんがいっぱいあった時代から来たん!? ってことは……これから先、うちがもっともっと見たこともないような『食いだおれ』ができるってことやんか! 頼むで、寮長さん!」
「あはは、期待に応えられるように頑張るよ」
不安がるどころか、これからの料理に目を輝かせるアニーちゃんを見て、僕はホッと胸をな下ろした。
一方、ナンゴク出身のユイナは、僕の目をじっと見つめながら、少し緊張した様子で口を開いた。
「あの……ヒロキくん。もしよかったら、そのヘッドギアを外した、本当の『耳』を見せてもらってもよかですか……?」
「うん、いいよ」
僕はゆっくりとパンダ耳のヘッドギアを外した。髪をかき分け、この世界の誰とも違う、平らな人間の耳があらわになる。
それを見たユイナちゃんは、ぱあっと表情を明るくして、自分の黒髪のショートカットをそっと手で持ち上げた。そこには、やはり僕たちと同じように、頭の横にちょこんと位置する、人間のものに酷似した丸い耳が隠れていたのだ。
「あ……やっぱり。私に近い種族なんですね」
ユイナちゃんは、どこか親しみやすくて温かいナンゴク訛り(元の世界の『博多弁』)の言葉でそう言って、嬉しそうに目を細めた。テナガザル系の彼女は、この世界の中でも特に人間の姿に近い特徴を持っているらしかった。同じ「頭の横の耳」を持つ仲間として、僕の存在をすんなりと受け入れてくれたみたいだ。
コニーを笑顔で見送り、新メンバーの2人を迎えて。
新年からの特別寮の住人は、僕、サリー、アオイさん、ピピ、アニー、ユイナ、そしてフェイ先生の7人になる。
新しい風が吹き込んだ特別寮。これから始まる新学期、そして新メンバーたちと囲むこれからの食卓が、一体どんな美味しい笑顔で満たされるのか――僕は今から楽しみで仕方がなかった。
そして、ついにこの世界の暦も『365日』を迎え、1年の最後の日となった。
こちらでは年末のラスト3日と年始の3日は世界共通の休日と定められていて、街全体がどこかお祭り前の静けさのような、独特ののんびりした空気に包まれている。
一部のスーパーなんかでは、年末年始も忙しそうに働いている獣人さんもいるみたいだけど。
優美林高校は全寮制だから、この休みを利用して実家に帰省する生徒も多い。けれど、この特別寮の面々は、フェイ先生も含めて誰一人として帰省していなかった。みんなそれぞれ事情があったり、あるいは「この寮にいる方が楽しいから」という理由だったりする。
もちろん、この世界には元の世界のような『年越しそば』の風習なんて存在しない。
だけど、やっぱり日本人のDNAが騒ぐというか、1年の締め括りにはズズッと麺類をすすりたくなってしまう。
そこで、僕がこの大晦日の夜のために作ったのは、そばではなく一風変わったパスタ料理だった。
「はい、お待たせ! 今年の締め括りの料理だよ」
湯気を立てる大皿を食堂のテーブルに並べると、寮生たちの耳が一斉にピコピコと小気味よく跳ねた。
「わあ……! すっごいいい匂い! ニンニクと、それからこの香ばしい香りは……レミ社長のごま油!?」
サリーが真っ先に身を乗り出し、尻尾をブンブンと振る。
僕が作ったのは『ぺぺたま』だ。
ニンニクと唐辛子を効かせたペペロンチーノに、とろとろのスクランブルエッグを絡ませた、濃厚でクセになるパスタ料理だ。
元の世界では、新しく入ってきたユイナちゃんの出身地である『ナンゴク』の有名店発祥の名物料理なんだけど、もちろんこの世界のユイナがそれを知る由もない。
ちなみに、こちらにはオリーブオイルがないので、新発売されたばかりの「獅子丸印のごま油」で代用してみた。これがまた、ニンニクの風味を極限まで引き立てて最高の相性なのだ。
「ヒロキくん、これ……パスタに卵が絡んでる。ボロネーゼともカルボナーラとも違う匂いがして、めちゃくちゃ美味しそう!」
アオイさんがおっとりとした目を輝かせ、ピピも「早く食べたーい!」とフォークを握りしめている。
「みんな、温かいうちに食べて。ユイナも、どうぞ」
「わあ、いただきまーす!」
小麦色の肌に黒髪ベリーショートのユイナが、細身の身体を器用に折り曲げて椅子に座り、さっそくフォークでパスタを巻き取って口に運んだ。
次の瞬間、ユイナの動きがピタッと止まる。髪に隠れた頭の横の耳が、驚きでピクッと動いたのが分かった。
「……! なん、これ……めちゃくちゃ美味しいっ!! ニンニクがガツンときて辛いとけど、卵がふわふわで優しくて、フォークが止まらんくなるとよ!」
嬉しそうにナンゴク訛りを炸裂させながら、ユイナはものすごい勢いでパスタを頬張り始めた。自分の故郷のソウルフード(のベース)だとは知らなくても、やっぱりそのDNAに刻まれた味覚が、この美味さを本能で理解しているのかもしれない。
「ちょっとユイナ、うちの分までそんな勢いで食べんといてよ! ズルいわ、うちも……んんんーっ!? なんやこれ、ピリ辛やのにまろやかで、ごま油のコクが爆発しとるがな! 最高の食いだおれや!」
アニーも負けじと口いっぱいにパスタを詰め込み、黒い三つ編みを激しく揺らしている。
「ふふ、これならいくらでも炭酸水が進んじゃうわね。ヒロキ、獅子丸食品の新しいフレーバー炭酸水、持ってきちゃっていいかしら?」
この世界は厳しい『禁酒法』が敷かれているので、フェイ先生が飲むのは専ら『炭酸水』だ。
シュワッと爽快な獅子丸食品特製の炭酸水(最近は果実フレーバーの種類も増えている)のボトルを嬉しそうに掲げた。
「いいですよ、フェイ先生。ピリ辛のぺぺたまには、冷たい炭酸水が一番合いますからね!」
僕がそう言って冷蔵庫からキンキンに冷えた炭酸水を取り出すと、テーブルからは「うちにもちょうだい!」「私もー!」と一斉に手が伸びる。
「ぷはぁーっ! このピリピリくるパスタの後に流し込む炭酸水、最高やね! 」
ユイナが小麦色の肌を火照らせながら、ナンゴク訛りで美味しそうにグラスを干す。
「ほんまや、この刺激だけで十分トんでまいそうやわ!」
アニーも黒い三つ編みを揺らして、パスタと炭酸水の無限ループに突入している。
みんなでひとつの大皿を囲み、賑やかにシュワシュワとグラスを傾けながら、特別寮の『365日』、大晦日の夜は温かく更けていくのだった。




