48.僕と、カンサイの交通事情と、ソース品評会
「ヒロキくん! 特設チームがマジで寝る間も惜しんで作ってくれたんだけどさー、お好み焼きソースの試作品、一発目でとんでもないの上がってきたから! 今すぐ本社来て!!」
レミ社長から液晶画面越しに、ギャルモード全開の超大興奮な連絡が入ったのは、アニーにたこ焼き器を授けた数日後のことだった。
あのドロッとした究極のソースがついに形になったのだ。僕はすぐに移動の準備を始めた。今回は僕とサリーだけでなく、もう一人、心強い特別ゲストを同行させることにした。
数億年の時を超えて『カンサイ魂』をその身に宿す鼠族の留学生、アニーだ。
「うちがソースの味見役!? 責任重大やんか……! でも、あのたこ焼きをさらに美味しくするソースやろ? うちの舌がちぎれるまで味わい尽くしたるわ!」
黒い三つ編みを揺らしながら、アニーは鼻のヒゲをピコピコと震わせてやる気満々だ。
獅子丸食品の本社へ向かう道中、僕たちは特別寮の電気自動車に乗り込んだ。
車が道路を滑るように走り出すと、アニーが車の窓に小さな手をペタッとくっつけて、外の景色を珍しそうに眺め始めた。
「へぇ、カントウの道路って、ホンマに車が綺麗に一列に並んで走るんやなぁ。うち、これ見るたびに感動してまうわ」
「え? カンサイは違うの?」
運転手のサリーが不思議そうに尻尾を揺らしながら後部座席のアニーに話しかける。
「全然違うわ! 電気自動車も、地面から勝手に充電してくれるワイヤレスの技術もカンサイに普通にあるんやけどな? とにかくあっちの連中は交通ルールって言葉を知らんねん! 『ちょっとそこまで買い物やさかい』言うて、そこら中にハザードも点けんと車をポイポイ路上駐車しよるから、どこもかしこも大渋滞や。クラクションの音がBGMみたいな街やで」
アニーは呆れたように小さなしっぽをパタパタと振った。
どうやら、いくらエネルギーや蓄電池の技術が最先端でも、運転する獣人たちの気質まではワイヤレスで制御できないらしい。
元の世界の関西のステレオタイプな賑やかさが、この世界でも別の形で受け継がれているようで、僕は思わずクスッとしてしまった。
「あと、うちがこっち(カントウ)に来て一番慣れへんのは、『カントウ者』の歩くスピードやわ」
「カントウ者、かぁ。やっぱりみんな早足かな?」
僕が握りながら尋ねると、アニーは150cmの身体をさらに縮めるようにして溜め息をついた。
「早足どころの騒ぎちゃうって! カントウ者はただでさえ180cmとか190cm超えのデカい奴らばっかりやんか。そんな巨体が一斉に、軍隊みたいなスピードで駅のホームとかをガツガツ歩いとるんよ。うちみたいなチビなネズミ族なんか、ちょっとでもボーッと立ってたら、巨大な壁が早回しで迫ってくるみたいで生きた心地がせえへんわ! しょっちゅうドカンとぶつかって弾き飛ばされそうになるし、ホンマにカントウの街はスリル満点やわ……」
「あはは、確かに192cmのアオイさんとか198cmのヨーコ先輩が早足で迫ってきたら、アニーちゃんじゃなくてもビビるよね」
サリーがクスクスと笑うと、アニーも「やろ!?」と大きく同意して身を乗り出した。
そんな賑やかな車内トークを繰り広げているうちに、EVは巨大な『獅子丸食品』の本社ビルへと到着した。地下の自動ワイヤレス充電スペースに車を停め、僕たちは最上階にある「社長室兼開発研究所」へとエレベーターで向かった。
そこには、白衣の上にいつものサングラスをかけ、完璧な「キャリアウーマンモード」を演じながらも、僕たちの姿を見るなり「待ってたよー!」と一瞬でギャル社長に逆戻りするレミ社長が、数本の試作ボトルを並べて手ぐすね引いて待っていた。
数億年の歴史と、カントウ・カンサイの文化が交錯する部屋で、いよいよ世界の食卓を揺るがす「ソースの歴史」が動こうとしていた。
社長室兼開発研究所の広いデスクに、僕が持ち込んだたこ焼き器と、研究所にあった大型ホットプレートが並べられた。
ジュウジュウと小気味よい音を立てて焼き上がる、丸いたこ焼きと、ふっくらとしたお好み焼き。
そこに、レミ社長の特設チームが調整を重ねた数種類の試作ソースが、それぞれボトルに分けられて厳かに並ぶ。
「さぁ、みんな! 獅子丸食品の技術の結晶、遠慮なくいっちゃって!」
キャリアウーマンの白衣を着たレミ社長が、サングラスをずらして目を輝かせる。
僕、サリー、そしてカンサイの舌を持つアニーの3人で、1種類ずつソースをかけてハフハフと口へ運んでいった。
さすがは大手食品メーカーのトップチームだ。
粘性(ドロドロ感)、甘みと辛みのバランス、色の濃さ、そしてベースとなる出汁の隠し味――それぞれ方向性は違うものの、どれをそのまま店頭に並べても大ヒット間違いなしの、文句のつけようがない完成度だった。
その中で、真っ先に声を上げたのはアニーだった。
彼女は一番ドロリとした、濃厚で粘性の高いソースをかけたお好み焼きを頬張り、黒い三つ編みを跳ねさせて目を丸くした。
「う、美味い……! 美味すぎるわこれ! うち、この一番ドロドロしたやつがめっちゃ好みやわ! 鉄板の上でソースが焦げたときの香りがたまらん!……あ、でもな? 贅沢言うてええなら、『このドロドロにもっとお出汁の旨味があると、なおええなぁ』。カンサイの人間は、粉の奥にグッと出汁が効いとるのが好きやねん!」
「なるほど、ドロ度を保ったまま出汁のパンチを強める……メモメモ! 超貴重なカンサイ意見あざっす!」
レミ社長が素早くノートにペンを走らせる。
カンサイのDNAが求める「出汁文化」の指摘は、まさに的を射ていた。
一方、サリーは少し毛色の違う、フルーティーな酸味と甘みが際立つサラッとしたソースにスプーンを伸ばしていた。
「私はこっちのフルーティーなやつが好きだな。……ねえヒロキ、これってお好み焼きもいいけど、『揚げ物』に合わせたら最高に美味しいんじゃない?」
「揚げ物……?」
サリーの言葉にハッとして、僕も改めてそのソースを指先につけてペロリとなめてみた。
「口の中に広がる、野菜と果実のみずみずしい甘み、ツンとこない爽やかな酢の酸味、形成された絶妙なとろみ。
「あ……これ、お好み焼きソースじゃなくて、僕のイメージにある『中濃ソース』っていう万能ソースの味だ!」
「チュウノウ……ソース?」
レミ社長とサリーが同時に首を傾げる。
「そうです! 社長、このソースはキャベツの千切りや、トンカツとかの『揚げ物』に合わせたら最高に美味しいやつですよ。お好み焼き用としては少しサラッとしてますけど、これはこれで『揚げ物用ソース』として新しく商品化すべきです!」
「マジ!?揚げ物用!?ヤバい、脳汁ドバドバ出てきたわ!」
レミ社長は机を叩いて大興奮。完璧なキャリアウーマンの格好でギャル言葉を連発する社長の姿に、研究所のスタッフたちも苦笑いしつつ、一斉に新商品のアイデアを記録していく。
「お好み焼きには出汁を効かせたドロドロソース、そして揚げ物にはこのフルーティーな中濃ソース。一石二鳥どころの騒ぎじゃないね、ヒロキ!」
サリーも誇らしげに尻尾をブンブンと振っている。
あちこちから「美味い!」「次はこれ試して!」と熱い意見が飛び交い、社長室はまるで放課後のパーティーのような熱気に包まれた。
この世界の豊かな電気インフラと、ヒロキの豊かな発想、そしてアニーやサリーたちのリアルな味覚が混ざり合い、獣人世界の食文化にまた新たな「ソース革命」の嵐が吹き荒れようとしていた。




