47.僕と、アニーと、ソウルフード
「それじゃあアニーちゃん、これ食べてみて」
僕はあらかじめキッチンで焼いておいた、熱々のたこ焼きが乗ったお皿を彼女の前に差し出した。
元の世界では、関西といえばたこ焼き。
お好み焼きソースの開発を進める中で、もしかしたら『カンサイ』にも似たような粉もの文化があるんじゃないかと、ずっと気になっていたのだ。
アニーちゃんは丸い耳をピコピコと動かしながら、お皿の上の丸い物体を不思議そうに覗き込んだ。
「……なんやこれ? これ、食いもんなんか? まあるくて、なんかドロッとしたタレがかかってて……。こないなもん、カンサイでは一度も見たことも食べたこともあらへんがな」
やっぱりか、と僕は心の中で小さく頷いた。
お好み焼きソースの文化がない時点で薄々察してはいたけれど、本場のはずの『カンサイ』にも、たこ焼きという料理は存在しないらしい。
「まぁ、熱いから気をつけて食べてみてよ」
「んー……。じゃあ、いただきます……」
アニーちゃんは小さな手で爪楊枝を器用に持ち、たこ焼きを一つ持ち上げて、フーフーと息を吹きかけながら大きな口でパクッと頬張った。
じゅわぁ、と口の中でハフハフしながら、出汁の効いた生地とタコ、そして即席ソースの味わいを確かめるようにモグモグと咀嚼する。
「……ッ!?」
その瞬間、アニーちゃんの身体がビクッと強張った。
そして、つぶらな瞳がみるみるうちに潤んでいったかと思うと、その可愛い頬を、大粒の涙がツーッと静かに流れ落ちたのだ。
「えっ!? ア、アニーちゃん!? どうしたの、熱すぎた!? それとも口に合わなかった!?」
僕とサリーが慌てて顔を覗き込むと、アニーちゃんは涙を袖でゴシゴシと拭いながら、震える声でこう言った。
「なんやこれ……なんやこれ……っ! 食べたことないはずなのに、めっちゃ懐かしいわー……! 口に入れた瞬間、なんか知らんけど、お母ちゃんの顔とか、生まれ故郷のカンサイの景色が頭の中にぶわぁって広がって……。うぅ、これ、完全にうちの故郷の味やわぁ……っ!」
「アニーちゃん……」
彼女は涙を流しながらも、めちゃくちゃ幸せそうな笑顔で、ハフハフと2個目のたこ焼きに手を伸ばしている。
元の世界が遥か彼方の過去になり、どれほどの年月が経ったのだろう。数百年、数万年、いや、もしかしたら数億年という果てしない時が流れているのかもしれない。
言語が暗号化して形を変え、国の境界線が変わっても――カンサイ人のアニーちゃんの身体の奥底、DNAのさらに向こう側に流れる『関西人の血』と『ソウルフードへの記憶』は、決して消え去ることはなく、確かに刻み込まれていたのだ。
「ヒロキ、凄いよ……! アニーちゃん、泣くほど感動してる!」
サリーが感動して、尻尾を優しく大きく揺らしている。
「ホンマに美味しいわ、これ。なぁ寮長さん、これなんていう料理なん?」
「これはね、『たこ焼き』って言うんだよ」
「たこ焼き……。あかん、うちこれ毎日でも食べたいわ! カンサイの親戚一同にも食べさせてやりたい!」
すっかり涙を拭いて、いつもの饒舌なギャルっぽさを取り戻したアニーちゃんを見て、僕は胸が熱くなると同時に、ある確信を抱いていた。
レミ社長と一緒に進めているお好み焼きソースの開発。それが完成し、この『たこ焼き』や『お好み焼き』が世界に放たれた時、きっと『カンサイ』の国中に凄まじい大革命が起きるに違いない。
カンサイ人の血を呼び覚ます奇跡の一皿を前に、僕の頭のパンダ耳は、未来の粉もの大ブームを予感して、ワクワクと激しく跳ねるのだった。
「それじゃあアニーちゃん、これ、持っていって」
僕はキッチンから、以前ロンじいさんにお願いして作ってもらった量産型のたこ焼き器を一台と、
僕が手書きでまとめたたこ焼きのレシピ用紙を彼女の前に差し出した。
「えっ……!? これ、さっきの『たこ焼き』が作れる魔法の鉄板やんか! うちに、こんな貴重なもん、タダで貰うわけには……っ」
アニーちゃんは丸い耳をパタパタと激しく動かし、小さな手を振って恐縮している。でも、この世界で誰よりもたこ焼きに涙してくれた彼女にこそ、これを持っていてほしかったのだ。
「いいんだよ。アニーちゃんがそこまで気に入ってくれたなら、この鉄板もレシピも、絶対にその方が喜ぶから。カンサイから上京してきて、どうしても故郷が恋しくなった時は、寮の部屋でこれを使ってよ」
僕が満面の笑顔でそう言うと、アニーちゃんはレシピと鉄板をぎゅっと胸に抱きしめ、再びつぶらな瞳を潤ませた。
「寮長さん……ホンマにおおきに! うち、一生の宝物にするわ! 部屋でジャンジャン焼いて、カンサイの魂燃え上がらせるわな!」
「あはは、期待してるよ。……あ、そうだ、アニーちゃん。最後にもう一つ、約束してほしいんだ」
「ん? 約束って、なんやの?」
僕は人指し指を立てて、少し悪戯っぽく微笑んだ。
「実はね、今、『獅子丸食品』と一緒に、このたこ焼きやお好み焼きに『最高に合うドロっとした特製ソース』を共同開発中なんだ。それが完成した時には、この特別寮で盛大な『粉もの完成パーティー』をやるから、アニーちゃんも絶対にゲストとして来てね!」
「な、なんやて……!? 今のケチャップ混ぜたソースでも気絶するほど美味かったのに、それ以上にたこ焼きに合う『本物のソース』ができるんか……!? 行く行く! 奈落の底まででもついていくわ! 誘ってくれなきゃ寮の周り100周してデモ起こすからな!」
アニーちゃんは身を乗り出して、鼻のヒゲをピコピコと興奮気味に震わせながら大はしゃぎ。
その凄まじい食い意地と熱量に、僕とサリーは思わず顔を見合わせて吹き出してしまった。
「あはは! アニーちゃん、約束だからね。私も楽しみにしてる!」
サリーも尻尾をプロペラみたいに嬉しそうにブンブンと振り回し、今からパーティーが待ちきれない様子だ。
こうして、小さなカンサイの留学生は、両手に未来のソウルフード一式をしっかりと抱え、何度も何度も頭を下げながら、スキップするような足取りで寮を後にしていった。
数億年の時を超えて、カンサイ人の血が認めたたこ焼きの味。
レミ社長とのソース開発に、また一つ最高のモチベーションが加わった。僕は頭のパンダ耳をシャキッと立たせ、まだ見ぬ最強のソースの完成へ向けて、さらに腕を磨こうと静かに闘志を燃やすのだった。
ハマダ・アニー
女性。16歳。身長150cm
優美林女子高等学校普通コース1年生。
隣国の『カンサイ』から来た留学生。
鼠族。黒の背中までのロングヘア。普段は三つ編みにしている。




