45.僕と、肉巻きおにぎりと、壮行会
優美林高校の第一体育館。
チアリーディング部の世界大会壮行会がおこなわれる今日の会場は、熱気と独特の緊張感に包まれていた。
「ヒロキ、そっちのコンテナ、重いから気をつけてね!」
「大丈夫、ありがとサリー! アオイさんも、搬入の手伝い助かります!」
僕とサリー、アオイさんも加わった3人で、大きな保温コンテナを台車に乗せて会場へと運び込む。
用意したのは、ヨーコ先輩から懇願された、贅沢な松茸入りいなり寿司をどどんと300個。そしてもう一つ、今日の壮行会のために僕が新しく開発し、この場所が完全初披露となる秘密兵器――特製肉巻きおにぎり100個だ。
体育館の隅に設置された特設のケータリングブースに、ずらりと量産型ホットプレートを並べる。
チア部の部員たちが「わあ、ヒロキさんだ!」「あのCMのアオイちゃんもいる!」と色めき立つ中、僕は手際よくホットプレートのスイッチを入れた。
「よし、肉巻きおにぎり、仕上げていくよ!」
俵型にきゅっと握ったご飯。そこに、薄切りの豚バラ肉を隙間なく、丁寧に巻きつけたもの。これを熱い鉄板の上に滑り込ませると、ジュワァァァ……と脂の弾ける素晴らしい音が体育館の片隅に響き渡った。
トングを使ってコロコロと転がしながら、肉の全面に綺麗なキツネ色の焼き目をつけ、余分な脂を飛ばしていく。お肉のカリッとした香ばしさが漂い始めたところで、僕は刷毛を手に取った。
たっぷりと浸すのは発売されたばかりの『獅子丸印の焼肉のたれ』(にんにく味)だ。
「ジューーーッッ!!!!」
熱い鉄板にタレが触れた瞬間、爆発的なエネルギーとなって沸き立ったのは、あの世界のにんにく特有の、ケタ違いに鮮烈で強烈な香り。
醤油の芳醇な焦げる匂いと、お肉の脂の旨味が混ざり合い、香ばしい煙となって体育館全体へ一瞬にして広がっていく。
「な、何この匂い……! めちゃくちゃお腹が空いてくる……っ!」
「ヤバい、緊張が全部吹き飛んでお肉の口になっちゃった!」
さっきまで世界大会を前にして硬い表情をしていたチア部の部員たちの目が、一斉にハングリーな肉食獣のそれへと変わった。
カリカリに焼けた豚バラ肉に、濃厚なにんにくタレがこれでもかと絡みつき、黄金色の照りを放っている。中のご飯にはお肉の旨味がじっくりと染み込んでいるはずだ。
「ヨーコ先輩、部員の皆さん! 焼き上がりました! 『松茸いなり』と新作の『肉巻きおにぎり』、たくさん食べて世界一を獲ってきてください!」
僕が満面の笑顔で声をかけると、主将のヨーコ先輩が198cmの身体を弾ませて一番に駆け寄ってきた。
「待ってましたー! みんな、遠慮しないでガッツリ食べて、エネルギーチャージよ!」
その合図とともに、300個のいなり寿司と100個の肉巻きおにぎりは、凄まじい勢いで部員たちの胃袋へと吸い込まれていく。
隣では、アオイさんが「美味しいですよぉ」と優しく微笑みながらお皿を配り、サリーも「ほらヒロキ、次の肉どんどん焼くよ!」と尻尾を忙しなく揺らしながら、抜群のコンビネーションでお手伝いをしてくれている。
にんにくタレの焦げる最高の香りに包まれながら、僕たちの作った料理が、世界へ羽ばたく彼女たちの最高の原動力になっていくのを、僕は確かな手応えとともに実感していた。
「どうぞ、世界大会へ向けての激励のいなり寿司です。たくさん召し上がってください!」
会場の熱気が最高潮に達する中、僕は主将のヨーコ先輩の隣に並び、壮行会に並席していた学校のお偉いさんたちへ、松茸入りいなり寿司を一つ一つ丁寧に配っていた。
そういえば校長先生に直接会うの初めてだな。今度ちゃんと向き合って話させてもらおう。
198cmのヨーコ先輩の横に並ぶと、僕のちびっ子ぶりが余計に際立つ。けれど、彼女と息を合わせ、息の合ったコンビネーションで笑顔を届ける姿は、周りから見ればとても仲睦まじい光景に映ったかもしれない。
ケータリングブースの少し離れた場所から、アオイさんはそんな僕たちの姿をじっと見つめていた。
一瞬、頭の上の大きな熊耳が不安げに「シューン……」と少しだけ垂れ下がる。本物の大スターであるヨーコ先輩と僕が親しげにしているのを見て、気弱な心がちくりと痛んだのだ。
だけど、アオイさんはすぐにそっと胸に手を当てた。
『アオイさんは、僕にとって本当に大切な人ですから』
僕が真っ直ぐに見上げて伝えたあの言葉。その温かいロジックが、彼女の胸の奥で確かな自信となって灯っていた。
「……うん。ヒロキくんの言葉、信じる」
小さく呟き、アオイさんは垂れていた耳を力強くピンと跳ね上げると、すぐに自分の役割を果たすべく、調理スペースへと視線を戻した。
ホットプレートの上では、豚バラ肉を巻いたおにぎりがジュウジュウと音を立て、焼肉のたれの鮮烈な香りがブース一帯を支配している。
チア部の部員たちが「アオイちゃん、それ次の新作!?」と目を輝かせて集まってくると、アオイさんはトングを片手に、いたずらっぽく微笑んだ。
そして、全国のお茶の間を大バズりさせている、あのCMの有名フレーズを、目の前のお肉をひっくり返しながら茶目っ気たっぷりに披露したのだ。
「お母さん、お肉焼けたよー!」
「「「キャーーーッッ!!! 本物だーーーッッ!!!(笑)」」」
アオイさんの完璧な生再現に、体育館の一角から割れんばかりの歓声と爆笑が沸き起こった。
普段の大人しい姿からは想像もつかないその最高のパフォーマンスに、部員たちだけでなく、遠くから見ていたお偉いさんたちまでもが「おお、あのCMの!」と大喜びしている。
アオイさんの無邪気な笑顔と、ホットプレートから漂うにんにくタレの暴力的なまでに美味しそうな香りが、壮行会の会場を一気に笑顔の渦で包み込んでいく。
「あはは! アオイちゃん、マジで最高!」
隣で見ていたヨーコ先輩も大笑いしながら拍手を送っている。
お偉いさんへの配り出しを終えた僕がブースに戻ると、そこには、いつの間にか劣等感をすっかり吹き飛ばし、部員たちに囲まれながら嬉しそうに耳をピコピコと揺らしているアオイさんの、誰よりも輝く姿があった。
その笑顔を眩しく見つめながら、僕は2パック目のタレを手に取り、世界一を目指す彼女たちのために、さらなる肉巻きおにぎりを焼き上げるのだった。




